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言葉を綴ることは救い

夜23:00。
息子は夕方からひどい咳。
親としてやれることはやって、あとは彼の免疫力に頑張ってもらうだけ。

外は雨。台風一過で蒸し暑くなったと思ったらまた豪雨。
夕方のこと。テラスで雨を見ながら、今日はたくさんメールで会話をしすぎて脳が疲れているなと感じる。
しかしぼんやりすれど、あれをやらなければ、これをやらなければと焦ってくる。
タイマー15分セットして、ぐるぐる回る思念を切っていく。雨に集中すると、絵画のイメージが湧いてくる。しかしまた邪魔される。イタチごっこだ。

再び夜23:00。
布団に横になる。秋の故郷での個展が気になってくる。息子も心配だ。ザワザワしてくる。心模様がまたもや豪雨になりそうだ。
そんな想いをこうして何気なく書き留める。誰に見せるわけでもなく、ただ、言葉を重ねる。
昔から、絵を描くこと以上に文字を描くことは「救い」であった。癒しではなく、救い。絵画制作はやはりエゴが出る。経験による精査が入る。しかし言葉にはそれがない。昔から詩が好きだった。なんせ名前の由来は詩人だからだ。自身のなんとも言えないこのモヤモヤを、言葉に昇華できれば楽になった。色でしか表現できない心があるように、言葉でしか表現できないものがある。漂う心は報われる。

この夜は「切なさ」だ。
何がどうというわけではない。息子も雨も締め切りも関係のないところで、根源的な切なさ、悲しさ、というものが、ゆらゆらと揺れていた。なぜだろう。

目が痛くならないうちに描き終えよう。心は晴れても、目が痛ければ話にならない。(と、話にならないことが話になっているのだが・・)。

さぁ、寝よう。明日も早い。

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画家・ペーの日記
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