“龍”を飼っていたおじさんの話。
「呼んだらすぐに来るよ」
“龍”を飼っていると自称するおじさんは僕にそんなことをさらりと言った。
先にそのおじさんの名誉のために言っておくが、怪しい人ではない。当時、50代後半の男性で、いつもスーツ姿で、清潔そうで、とても礼儀正しい方だ。髪はロマンスグレーと呼ぶにはまだ黒髪も多いという感じで、口髭をたくわえ、ダンディなビジュアルをしていた。
仕事も、それなりに大きな会社で、それなりのポジションなのだと、それはそのおじさんではなく、別の人から聞いた。要するに、龍を飼ってるとか一見おかしなことを言ってるけど、社会的に逸脱したところはなく、真っ当な人だといういうことを強調したい。
龍のおじさんに出会ったのは、僕が20代半ばの頃だった。場所は当時僕が通っていたヒーリングなどを行うサロンであった。僕自身は、自身の健康問題をきっかけから、「気」や「エネルギー」などの分野に興味を持ち(元から好きだったけど)、そこでさまざまなエネルギー的な療法などを勉強したりしていた。
龍のおじさんはそこの受講生でも講師でもなく、たまにふらっと遊びに来るだけという、よくわからない人だったけど、定期的に顔を合わせるので、自然と親しくなった。彼自身は、社会的な部分とは外れた「お忍び」な活動で、時々ヒーリングや、除霊なども行っていた。
そして「実は龍を飼っているんだよ」という話になった。
「龍が、見えるんですか?」
と聞いたのは、僕ではなくて、ヒーリングを受けにきていた女性。
「肉眼には見えないよ。肉体でも触れることはできない。でも、エネルギーとして感じることはできるよ。どれ、呼んでみるか…」
龍のおじさんは目を閉じて、何か念じているようだった。
風が吹いていないのに、空気が大きく動いたのを感じた。それは物理的な風ではない、でも激しい流れ…。龍とは、流なのだと後になって知ることになるが、この時はただただ驚いた。
もちろん、全員が同じようにそれを察知したわけではない。その場にはおじさんと僕の他に4名いたけど、僕と同じように感じた人は一人で、あとは「なんとなっく」とか「まったくわからない」という感じだったので、そんなの妄想だ!と言われれば、それを否定することはできない。そもそも、龍のおじさんにしたって、龍を物理的にとか、科学的に証明などできない。
(へぇ、龍って本当にいるんだ)
その時は、そう思った。ただ、この龍が何ができるとか、何をしてほしいとか、あまりそういうことは考えなかった。この頃にしてすでに、そういう存在にエゴイズムな願望を乗せるのは何か違うと感じていたのもあるし、おじさんの龍は確かにすごい迫力だったけど、僕はあまり深入りしたくないと思った。
周りに人たちは、見える見えない、感じる、感じないに関係なく「すごいすごい!」と騒いで、「病気が治せるんですか?」とか「金運アップはどうすればいいですか?」と、おじさんに聞きまくる。
「まだ、この子は成龍、つまり完全な大人じゃないんだよ。だから器用なことはそこまでできないけど、この子の気に触れるだけで、健康になるし、邪気を払ってくれるから、結果として運気は上がる」
と、そんなことを龍おじさんは言っていた。
「いつから飼ってるんですか?」
まだ子供、と言ってたので、僕は気になって尋ねた。
「2年前だよ。その頃はまだ手のひらに乗るくらいでね。生まれたばっかりだった。それからずっと育てているんだ。犬小屋のようなものはいらないからね。空に自由にさせておけるし、たまに自宅の屋根で休んでいるのを感じるよ」
とのこと。
その時はそれくらいの会話で終わったが、会うたびに聞いてもいないのに龍の成長状況を話してくるようになった。出雲大社でさらにパワーアップしたとか、色々とコミュニケーションをとって、知恵を与えてくれるとか、自身のヒーリングを手伝ってくれるようになったとか。
一部の人が持て囃すので、人が集まると、よく龍を呼んで、みんなを喜ばせた。龍がいるかいないかはともかく、「なんか知らんけどすごそうなおじさんのすごい龍」っていことで、みんなありがたがっていたのだ。
でもその頃から僕はなんだかそのおじさんが苦手というか、ちょっとうざくなっていたので、進んで交流はしていなかったし、そのサロン自体にも、だんだんと足が遠のき始めていた。
しばらく、おじさんとは合わなかった。僕自身も頻繁に行かなくなったのもあるし、彼も毎日いるわけではないのだから、確率的には合わなくてもおかしくない。
多分、3、4ヶ月くらいした頃に、久々に龍のおじさんに会った。彼は少し痩せて、ひとまわり小さくなったような気がしたので、ちょっと心配だった。
「ところで、あの龍はどうなりました?」
なんとなく気になって尋ねてみたら、彼はため息混じりに、悲しそうな顔をして、
「浄化、したよ」
と答えた。
「浄化?」
「ああ…。あの龍は、僕はずっと光の存在だと思っていたけど、実は闇の存在だったんだ。ルシファーの手先だったんだ。あやうく、乗っ取られるところだったし、すごく疲れたよ…。でも、早い段階で気づいてよかった」
「闇の存在…。そんな気はしなかったんですけどね…」
僕はそう言った。僕もまったくそんな感覚を受けなかったからだ。
「そうだよ。大きな神社の中にも入れたんだ。普通は、闇の存在たちは鳥居の結界の中をくぐれない。しかし、僕も勉強になったよ、あのくらいのレベルになると、ちょっとやそっとの結界はものともしないし、むしろ善なる光と愛そっくりに振る舞えるんだ。僕もすっかり騙された。僕を使って、どんどんエネルギーを集めて成長していったんだ」
「よく浄化なんてできましたね」
「太陽、かな。まさかと思ったんだ。太陽のパワーを集めた、大きなクリスタルをいただいてね。龍がそれに強く反応したんだ。その反応の仕方がおかしかったんだ。だから真っ昼間に、龍を太陽に下に召喚した。もちろん逃げようとしたけど、僕はオーラを張り巡らせて捕まえてね…。そして、彼は浄化された。もしも光の存在ならば、浄化なんてされるわけない。あの龍は、闇の存在であり、成長してから、僕や僕の周りの人間に意識を使って、じっくりとマイナス思念を引き出し、それを撒き散らそうとしていたことがわかった。危なかったよ」
龍との戦いのせいなのかわからないが、とにかく龍のおじさんは疲れた様子だった。可愛がっていた自慢の龍が、悪魔の存在だったとのこと。飼い犬に手を噛まれるどころではなかったのかもしれない。
もちろん、すべてが彼の誇大妄想だった可能性もある。龍自体が妄想であり、仮に龍がいても、それが光だの闇だのと、彼の中で勝手に作り上げたドラマ。そもそも、闇ってなんだ?光ってなんだ?と、突っ込んだらキリがない。
その後、完全にその辺の人間関係は切れた。僕自身が、彼らの言ってることや、上っ面の綺麗な言葉や理想論に飽き飽きしてしまったし、依存傾向のある人たちが多すぎたからだ。
しかし、この10数年後に、また同じような人々とたくさん出会い、僕もまた、さまざまな目に見えない存在を認識するようになるとは、当時は思ってもいなかった。
ただ、あの龍のおじさんの言っていた「闇の存在」については、よくわかる。チンケな影じゃなくて、もっと深い闇の存在だ。彼らは、光そっくりに振る舞うことができる。そして、多くの人が、本物の光と、偽物の光の区別はつかないのだ。いや、どちらとは言わないが、むしろ巧妙狡猾で、派手に演出して、人の気持ちを惹きつけることに卓越した光に、人は惹きつけられる。
「龍はいるんですか?」
何度もそんな質問されたことはある。
仮に今、そんなことを尋ねられても、何も答えることはない。
「信じるか信じないかは、あなた次第です!」
と某都市伝説のキメ台詞でも言っておきます。
しかし、どういうことなのかってもう少し深く突っ込みたい方は、探求文庫でこんなことを書いています。
探求文庫 #96 龍や天使、鳳凰、妖精などの「エネルギー存在」たちの、天然と養殖の話。
(探求クラブは「読書コース」もあり、オンラインなどに参加せずに、ただ文章を読むだけのコースもあり、また参加していることを公表したくない人は「非公開設定」もできます)
僕は自称グルメで、お魚料理が好きです。だから色んなお魚を食べるけど、やはり「天然」が美味しいと思います。
でも脂の乗った「養殖」の魚の方が好きだと言う人もいる。これは好みの問題です。
そしてどっちが本物か?と言われてもわかりません。養殖でも、薬漬けで、人工的でも、「この地球に存在しているの」だから、それも自然であり、本物だ。
そう考えると、世の中には偽物なんてないし、本物なんてもののないのかもしれない。ルイビトンのバッグと、ビトンのレプリカのバッグ。どっちも本物の『バッグ』であることは間違いない。
しかし、本物をわかる人にとっては、一度上質な本物を知って、それを体験してしまうと、レプリカでは喜べないし、レプリカはレプリカだとわかってしまうことが多いですね。
龍を飼っていたおじさんのその後は知りませんが、「今度は間違えない!気をつけるぞ!」的なことを言ってたので、足を洗う気はなかったようです。
でも次はちゃんとした天然、もしくは伝統的な龍を飼えたのか、もしくはもっと狡猾で強い闇(それは強い光を出せる)の存在に魅入られていなけれいいけど…。
僕自身もこんな唄を歌うくらい、
「龍」ってものには縁があると思ってますが、今は基本的にはそれらの存在たちの話はしません。なんらかの「特別」なものを作ると、自分の思考や感情のレベルを下げてしまうからです。
でもあなたが「目の前のご縁」を繋いでいけば、その縁が「流れ」となって「流=龍」という存在につながってくるかもしません。
しかし、別に出会っても出会わなくても、あなたの世界にいてもいなくても、どっちでもいい話です。そこに特別性を見つけて、依存的なメンタルを持つ方がよっぽど危険だし、この龍を飼っていたおじさんのように、素晴らしい神の使いだと思っていたら、実は…。
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