小説「婚活」
婚活
(……、う~ん…ない…!)
そう。わかっていた。
こうなると思っていたし、わかっていた。
今回で何回目?てゆーか何人目?えーと、12人…。
わかってる。私だってもう38歳。うん、美人じゃないってことはわかってるわよ。いや、部類で言ったら、ひょっとしたら、軽くブスい方かもしれないってこともいい加減自覚してるわよ。でも、多分平均値だと思う。うん、並よ。並盛りだけど、見ようによっては、トッピング次第で大盛りや上カルビとも勝負できるわ。これまでにきちんと付き合った人だって何人かいるんだからさ。
今の時代、女一人でも楽しくやっていけるし、『石田ゆりこ』みたいに、独身でも謳歌している綺麗な人とかいっぱいいるじゃない?だから、昔から全然結婚願望とか、そんなに強いほうじゃなかったのよ。
でも、やっぱさ、結婚…、一度はしたいじゃん?
だからこうして婚活だのお見合いだのやってて、条件とか、ハードルとか、下げるしかないのよね。
初めの3人まではね…。まあ、ぶっちゃけ高望みしてたわ。
今思うとよく会ってくれたと思うわ。写真でかなり盛ってたからね。
ただ、リアルで会った瞬間に男の人からガッカリされるの見ると、余計にそれイタタタタ!ってなるから、写真の加工はやめて、条件も諸々下げたんだけど、そっからずっと微妙な人とばかり…。
分かってるわよ。私と同じレベルだってことよ。ただ、私はレベルうんぬんの前に、清潔感とかさ、いきなり子供は3人欲しいとか、親の面倒を見て欲しいとか、実家で両親と一緒に暮らして欲しいとか、時代錯誤の男に妥協してでも結婚という制度にしがみつきたいほど落ちていないわ。
だから今回は、マジで、今回こそは、ラストにするつもり。
担当者の清美さんは確かにいい人なんだけど、私の出会いが不毛なのは、この婚活の会社とか、担当者とかの問題じゃなくて、もはや運命だと思っている。私は一生独り身で今世を終える宿命なのよ。
ただ、清美さんが、
「最後!最後にがんばろう?ね?ね?」
と、あまりにもしつこいので、やってみることにしたのだ。
ただ、とにかくもう高い金払って婚活してらんない。婚活パーティーも疲れる果てた。パーティーで一人ずつ話す時間をもらっても、結局はアプローチがないとどうにもならないのだ。
で、最後のお見合いに来たわけよ。
たださ、今回のお見合い。写真の時点で「“あり”か“なし”かで言うと、
「ぶっちゃけ“なし”だよね」
って思ったけど、ひょっとしたら会ってみたら、印象違うかもって、ちょっぴり期待はしてた…。清美さんは「すごくいい人」って言うし(毎回言うんだけどね…)
しかし、実際に会ってみたら、
(写真の方がまだ好印象じゃん)
少し小太りで、髪は坊主がちょっと伸びたような、でも左右と後ろを刈り上げた、何が狙いなのかわからないヘアスタイル。
年齢は42歳の本厄ど真ん中ときたもんだ。
そして明らかに、スーツを着慣れていない。体の形がスーツに合ってないし、ズボンに皺が寄ってるのをさっき見ちゃったし。
職業はサービス業って書いてたけど、年収も残念ながらよくそれを正直にプロフィールに書いたなと思える収入だ。
「えーと、ヨシエさんの、ご趣味はなんですか?」
男が、ぼんやりした顔でそう尋ねてきた。
(うわ~、最悪!定番の質問すぎるわ!もうちょいひねってこいよ!)
と思いつつ、それは顔に出さず、
「はい、お茶を習っています」
と答える。12回のお見合いだのなんだのやってると、その辺の演技力だけは磨かれる。
ちなみに茶道の教室なんて2回しか行ったことないし、もうやる気ないけど、とりあえず私の趣味はお茶かお花と、答えるようにしている。
「へぇ~、そうですか」
男はぼんやりとそう言った。
(…ってそれだけかい!もっとリアクションないんかい!話題膨らませよ!)
「…」
増田和幸という男は、手持ち無沙汰そうにお茶を啜り、そして窓の外を見た。
毎度のことだが、会話の弾まないお見合いほど苦痛の時間はない。ランチしている時は担当者がいたからいいけど、どうしていきなり私たちを二人きりにしたんだ?もうちょっと空気読めよ…。
ふうっ。やっぱり、今回もダメだ。
私はもう一生独身でいい。そうだ!私も『石田ゆりこ』みたいにやっぱり猫を買おう。一人暮らしの女が猫を飼ったらおしまいだ、と思ってずっと我慢していたけど、こうなったらイケメンの猫を飼って、楽しく暮らすんだ。いや、それだけじゃなくて『サンシャイン池崎』みたいに保護猫とか面倒みれば社会貢献でもでき……。
「今日は暑いっすね…」
唐突に、増田和幸が言う。天気の話をするなんて、なんて無粋でつまらん男だと思いながら、私は一旦妄想の中の猫を頭から追い払う。
「そ、そうですね…」
確かに、ちょっと蒸し暑い。
「えっと、そうだ、増田さんの、ご趣味は…?」
今度は私の方から話題を振る。あと45分、この和室で過ごさねばならないのだ。せめて、苦痛を和らげたい。
「趣味はですね…」増田は顎に手を当てて考え込んだ。顎が髭剃った後で青々としている。それを見てまた(ないなぁ)と思う。
「フットサルです」
「フット、サル?」
一瞬、サル=猿で、目の前の男が類人猿に見えてしまった。ゴリラとオランウータンのハーフだ。
「えっと、フットサルって、あの、サッカー、みたいなやつですか?」
フットサルを思い出し、膝を打つ。
「ええ、そうです。サッカーみたいなやつです」
「……」
(その体型でぜってぇ嘘だろ!スポーツしてる体型じゃないから!)
私はにこやかな表情が崩れるのを誤魔化すように、そこでお茶を飲む。湯呑みと両手で、ひきつりそうな顔の半分を隠す。
しかし、私が湯呑みを掲げた時に、私は見逃さなかった。目の前の男は、今、あくびを噛み殺した…!
(え?今、あくびしそうになって…。てか、もう涙目じゃん!)
お茶を置いて、考える。
ひょっとして、この男も私に、退屈してるってこと?
「えーと、お仕事は、サービス業ってなってましたが…」
プライド、なのかわからないけど、退屈されると何だか腹が立つ。だからこちらから話題を振る。
「飲食店です」
「はぁ…」
会話、終わり。
飲食店って、立ち食いそばから三つ星のフレンチ・レストランまですべて入るのに、一言で終わらせるって、ぜってぇこいつ、やる気ない!
(はぁ~、なんか、私もどうでもよくなってきた…)
「あの、差し支えなければ、なんですが…」
増田が、遠慮がちに言葉を発した。
「はい?」
私の言い方も、面倒臭そうな雰囲気が出てしまった。もう、隠す気力もなくなっていた。
「いや、あの、失礼かと思うんですが、えっとー」
何か、言いづらそうな、言葉を選びながら言う。
「いえ、気になさらずに」
なんだなんだ?
「あの…。これ、…ないっすよね?」
「は?」
は?
「いや、あのですね、なんか、今日のお見合い、えっと、なんかお互い……ね?ほら、もうなんか、あの、違うなぁって感じ~、じゃないっすか?」
ちょ…。まじで、何言ってんのこいつ?
「なんか、すいません。もう、ヨシエさん、絶対僕のこと、違うよなぁって思ってるような気がして…。だったらこう、これ以上、気を遣わせるのもなんだか申し訳ないなぁって」
(げぇ!心の声、漏れてた?)
「えっと、いや、あの、その……」
私が口籠ると、彼はさらに続ける。
「もう、ハッキリしたほうが楽になると思うんすよ。お互い。だから、今回のお見合い、てゆーか僕のことっすよ。“あり”か“なし”で、答えてもらっていいっすか?」
「え…、ええ??」
「ありっすか?なしっすか?僕のことは気にしないで大丈夫です」
「……」
「……」
「な、なし、です…」
数秒間の静寂の後、私がそう答えると、彼は何も言わずに私の目をじっと見つめた。
「いや、あの、すいません」
その視線に耐えかねて正直に謝る。
聞かれたとはいえ、さすがにこれは…。私が悪い…。
ん?私、何も悪くないような気がするんだけど…。
「あざっす!」
彼は体育会系なノリで頭を下げる。
私が戸惑っていると、
「大丈夫ですから、気にしないでください。慣れてますんで」
えっと…。何、この人?
「ふー。ですよね~。だと思ったんですよ。これは違うなぁって」
彼は笑いながら襟元に指を入れて、ネクタイを緩めて首を回した。仕草は完全におっさんそのものだ。
しかし、私はそんな彼の態度に呆気に取られながらも、すごく楽になった。もう気取る必要もないし、気を遣う必要がないと理解した。
「ちなみに僕、今回で8回目で、もうこういうのやめよかなって思うくらい、慣れてますんで」
「8!」
「ははは、多すぎっすよね!」
増田は笑いながら言う。自虐的な感じはなく、本当に面白がっているようだ。
「いやいやいや!私は12回よ!」
つい私も安心したのか、正直に言ってしまう。
「俺より多っ!マジで!」
「そうよ、8なんてまだまし序の口よ!」
「うーん、上には上がいるか」
そう言って増田は正座していた足を崩した。それを見て私も足を崩す。一気に力が抜ける。
「なんか、婚活ってなんなの?って感じだよ。お見合いとか、もうなんだか疲れるわぁ」
くだけた口調で増田がいう。
「ホント!私ももう疲れた!カッコつけて、気取って、気使って…」
私は残っていたお茶を飲み干す。ビールでも飲みたい気分になっていた。
「ねえ」
私は気になってたことを尋ねる。
「なに?」
増田は完全にタメ語だ。そもそも向こうのほうが年上だし、なんか見た目も貫禄あるからいにならなかった。夫とか彼氏なんてまるで思えないが、会社の上司のような雰囲気がある人だ。
「さっき、趣味はフットサルって言ったじゃない?」
「ああ、俺、そう言ったね」
「……それさ…。ほんと?」
「……」
「……」
「………ぶぶっ!」
沈黙を切り裂いて豪快に吹き出した増田だった。
「やっぱり!」
私も続いて笑いながらツッコむ。
「いやいやいやいや、たまにはやる!」
「うそうそ!その体型、サッカー向きじゃなさすぎだから!」
「やっぱり!そう思った?ぶぶぶっ!でもさ!見るのは好き。うん、サッカーとか、フットサル。見てるのは好きなんだよ」
「それは趣味って言わないでしょ!」
「だってスポーツが趣味は、お見合いで好印象じゃん?」
「確かに!」
「じゃあさ、じゃあさ」今度は増田の方から嬉しそうに言ってくる。「そっちもさ、お茶が趣味って言ったじゃん?」
「……」
「……」
「……」
沈黙…。
「ぶっ!」
「ぶっ!」
今度は二人同時に吹き出した。
「やっぱり!ないわ~って思ったもん!ぜってぇこの人お茶とかやってないわぁって」
「やったことくらいはあるのよ!」
「ええ?まじで~?」
「まじで!」
「何回くらい?」
「…2回」
「ぶっ!2回って!それ趣味って!俺よりひでえよ!」
「あんた笑すぎ!でも、これって詐欺?」
「詐欺詐欺!いや~、やっぱ今回の見合い、ガチでないわ~」
増田は大笑いする。体格に見合った豪快な笑い方だ。
「てゆーかさ」私も笑いながらさらにツッコむ。「私は、申し訳ないけど、“なし”だったんだけど、そっちもじゃない?だって、アクビ我慢してたでしょう?」
「ええ?」
「見てたよ!私がお茶飲んだ時、噛み殺してたもん。で、どうなのよ?私も正直に言ったんだからね!あり?なし?」
「……」
「……」
「……ぶぶぶっ!!」
「やっぱり!!」
「ごめんごめん、もうね、会う前からないわぁって思ってたわ」
「ええ?写真から?」
「写真から!でも、女の人ってさ、写真写りと実物かなり違う人多いからさ、実物見て決めようと思ったんだけど…」
「で?会ってみたら?」
「……ぶっ!!ないわぁって思った!」
あまりに正直すぎる告白に、私はちっとも腹を立てず、ゲラゲラと笑い転げる。こんなに笑ったのは久しぶりで、腹筋崩壊しそうになってる。
「もうさ、清美さんたちがいなくなる前からさ、こりゃ消化試合だわぁって思ってたんだけど、とりあえず形式的にね、その場にいないとまずいっしょ?」
「そうそう、形式的にね。私も大人しく座ってさ」
「お茶が趣味って!」
「それまだ言うか!」
そしてまた二人で大爆笑。膝を崩すどころか、畳の上に倒れ込んで笑っていた。
「ひ、ひぃ~、にしても、今日はあっちいな、しっかし!」
「そうね、笑いすぎて汗かくわ」
さわやかな五月晴れの陽気に、汗だくの中年二人。冷房入れるには早すぎる季節だ。
「だよな?俺も脇汗びっしょりだよ」
「脇とか!普通初対面のレディーに言う?てゆーか臭そうだから近寄らないでね」
「そっちこそ初対面にそこまで言う!」
で、また抱腹絶倒。
「はぁ、はぁ、くるしぃ…。ねえ?お茶のおかわりもらう?喉かわかない?」
「あ?ああ、そうだな。でもあっついお茶より、こうアッついとキンキンに冷えたビールが欲しいわ」
「だよね。私もビールがいいわ。生で。ジョッキで」
「お?あんたも飲むんか?」
「飲むよ。独り身だもん。他にすることないっての!」
「お茶の趣味はどうした!」
「しつこっ!」
私たちは汗だくになって笑い転げる。
ここは料亭なのでビールくらいあるだろうけど、なんか二人で仲良くお酒なんて飲んでたら、お見合い成功とか清美さんたちから思われそうだ。
それ増田に伝えると、
「あー!だな!思われそう!でも…」
「…」
「…」
「ない!」
「やっぱり!」
「それはないない!」
増田は膝を叩きながら大笑いする。
「うん!ないわぁ!」
私も同じように手を叩いてお腹を抱える。そう、ない!それは、ない!
「ああ。ないな。こんなに盛り上がってるけど、絶対無理だと思うもん!」
「でしょ!今までこんなにお見合いで盛り上がったことないんだけど…」そしてじっと増田の顔、髪型、服装、全部を上から眺めまわして、「ないわぁ~」
「えげつな!そこまでないか?」
「うん、なしなし!てゆうかあんたは?」
「俺?」増田もさっきの私と同じように、上から下まで舐めるように眺めて後に、
「ん…ない!」
満面の笑顔で言う。
「ないないない!絶対結婚相手に相応しくないわ!こんな嫁は嫌だわ~、一人でいい!」
「やっぱり!なにこれ!」
私たちはゲラゲラ笑いながら、とにかくその店を出ることにした。もう、口は完全にビールを求めてやまないのだ。清美さんには後で、今回は残念でしたとでもチャットでメッセージしておこう。
こんなに二人で盛り上がってるけど、ありかなしかで言うと、なしなのだ。
「てかさ、こんな早い時間じゃ、なかなかお店やってないよね?」
外の涼しい風を感じながら尋ねると、
「おお、それは大丈夫だ!南口の裏に24時間飲める店があるんだよ。俺もよく行くんだけど、もつ煮込みが美味いんだよ!」
「なに、あんた24時間飲んでんの?」
「んなわけあるかーい!」
「だよね。私もランチからしか飲まないわよ」
「って、昼から飲んでんのかい!」
交互にボケとツッコミを入れながら、下品な笑い声をあげて盛り上がる。
「でな、なんとその店よ」男が急に神妙な顔つきで、声をひそめて言う。
「ジョッキを冷凍庫でカッチコチに冷やしてるんだよ」
「わお…」私も思わず唾を飲み込む。「それ…やばいじゃん…」
その姿を想像しただけで、身震いしそうだった。
私も真剣な眼差しで、
「いこっ!」
と言って、歩く速度を上げたのであった。こんなお見合いも、悪くはない。でも、この人と結婚?それは“なし”、だと思うけどね
終わり
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今回の記事の「目醒めの言葉」のシリーズや、精神世界、心理、社会情勢についての考察などの文章は、探求クラブ内の「探求文庫」中心となります。
探求クラブでは、月額1500円の「探求者コース」とは別に、探求文庫や掲示板を自由に読める「探求読書コース」を月額880円で設けますので、ぜひそちらをご検討ください。(7月から受付開始します)
蛇足文「ちょいとネタバレを踏まえ…」
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言葉を紡ぐ、心を繋ぐ
アーティスト、作家・大島ケンスケによる独自の視点からのエッセイや、スピリチュアルなメッセージを含むコラムを、週に3回以上更新していきます。…
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