探求文庫 12〜15
2021年の8月から始めたnoteサークル(現在はメンバーシップという名称に変更されたけど、サークル(輪)という言葉が気に入っている)、「探求クラブ」内での「探求文庫」。
探求クラブ内でも、「過去記事が全部掲示板をスクロールしてさかのぼるので読みづらいとご指摘をいただき、マガジンにまとめることにしました。(こんかいは12
〜15の4つです)
過去のもので、途中まではメンバーでない方も読めるようになっています。もしご興味ある方は、掲示板を読める「探求読書コース」もあります。
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探求文庫 12 グラウディング
今日は「グラウディング」についてお話します。
グラウディングを一言で言うと「地に足ついた状態」です。といってもピンと来ないかもしれないので、反対の状態、つまりグラウディングできていない状態も説明します。
色んな表現がありますが、
浮き足立っている、
地に足ついてない、
気が昂っている、
頭に血が上っている、
肩で息をしている、
心ここにあらず、
マインドレスネス(マインドフルの反対)などなど。なんとなくおわかりいただけたでしょうか?
しかし我々は生きていると、上記のように、どうしても浮き足立ち、集中力を欠き、心ここにあらずの状態に陥ります。
心理の世界、精神世界の分野を意識する上で、グラウディングはとても重要なことですが、これはあらゆるジャンルにも通じます。なぜなら、例え肉体的な分野でも、精神面や心理面との関わりは重要だからです。
アスリートやアーティストの世界でも、グラウディングできているといないとでは、雲泥の差が出るでしょうし、そんな大袈裟なものでなくても、例えば主婦業の家事や、DIYなどの趣味的な大工仕事でも、浮き足立っている状態ではミスも多く、やっていても本人も楽しくないだろうし、そこで表現されたり、創作されるものは、やはりそれ相応のものになります。
なので、わずかな違いで大きな結果を作用するアスリートの世界や、繊細なアートの世界においては、このグラウディングの如何で、現実世界における成果の良し悪しになることもあります。
ましてこれがもしも精神世界を超えた、超意識の世界や霊的世界にまで及ぶと、文字通り命取りになりかねないのです。アスリートしかり、なんらかの探求者は、自身を繊細に深めるほどに、グラウディングがより重要になります。
何度もイベントでグラウディングの話はしたことがあるので、知っている方には重複しますが、説明させていただきます。
多くのスピリチュアル系の方が「イメージ」を使ってグラウディングをします。もちろんそれも大事なことです。しかし、もっとも重要なのが「肉体」だと思っています。
だから僕は「体の重心」や「体の中心軸」などを意識してもらったり、「足の裏」に集中する、「お尻の穴をしめる」などの運動をしてもらって、グラウディングします。
どうしてかと言うと、この肉体自身が「大地」であり「地球」であり、チャクラで言うと会陰部の第一チャクラだからです。身体を意識するだけで、この世界にぐっと、足がついた状態になるのです。
イメージや想念を使ったグラウディングは、その後です。そのうちワークしたいと思いますが、まずは肉体ありきであり、ルートチャクラ(会陰)の活性化です。
しかし、そうは言ってもグラウディングはこれはこれで探求すると奥が深いです。シンプルですが、いくらでも深めれます。かなり一流の人でも、大勢が浮き足立った「場」で、意識を向けられたり、全体意識に同調すると、どうしてもグラウディングが弱まります。もちろん僕もです。イベントなどで人前に立ち、意識を向けられるとどうしても気が昂り、頭の方に上がってきます。
悪いことではないですし、登ってくるエネルギーがあるからこその動きが発生しますが、やはりそれは心身に疲労を起こさせたり、冷静さを失くさせたりします。だから、常に意識はしています。
立禅でも触れましたが「力を抜けば抜くほど委ねられる」というのが真理です。何に委ねるのか?それは「神」であり「愛」であり「宇宙」です。グラウディングできていないのは、宇宙の真理から遠ざかり、人為的、エゴ的になることでもあります。
だから、グラウディングができている状態だからこそ、自分のポテンシャルを活かし、さらに『自分を超えた自分』をパフォーマンスすることにつながります。
日々、肉体を意識して、グラウディングしましょう。これは朝やるとか、1日何分、とかではなく、「常」です。気づいたらグラウディングです。力を抜いて、重力を感じて、肉体が在ることをしっかり感じて、自分が大地の上にいることを感じてください。
探求文庫 13 体が在る
数年前、あるスピリチュアル系の有名な方と初めてお会いした時に、
「あら~、あなたは体が在(あ)るわね。珍しい」
と、会って一言目に、そう言われたことがあります。
その方の提唱するスピリチュアルの在り方やビジネスには共感や賛同できませんが、それでもやはりその観点とか、感受性はなかなか大したものだなと、素直に思いました。いきなりそこを見抜かれるとは、正直驚きました。
実際その人は、経歴や実績として、何千人もの人に会って、悩みを聞いたりしてきた方ですからね。やはりひとかどの人物であるのだと思います。
しかし、その方の云う「体が在る」とはどういうことでしょうか?
こういう話はこのサークル内では通用しますが、普通は意味がわからないと思います。
「体がある?え?みんな、あるじゃん?ないのは、幽霊?」
と思うかもしれません。
体が在る、というのは、体への意識であり、体の存在感です。
もちろん体は、確かにあります。みんな、体という物質を持ち、蠢き合っています。
しかし、その中で体に意識を持ち、存在感を持っている人はどれくらいいるのか?となると、確かに多くの方が「透明人間」のようなものですし、身体を使えていません。
ただ、もちろんそんなものがなくても生きていけます。肉体への意識なんてなくても、存在感がなくても、なんら問題はありません。
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