古い友人との再会に。
「いやぁ、久しぶりだなぁ」
4、5年ぶりに会った友人は、とても嬉しそうに言った。
都内で、この人混みの新宿で、顔見知りに会う確率はかなり低い。そもそも僕は都心に出ることはたまにしかないし、その友人の家は横浜だ。だからなおさらこの出会いの確率はもはや天文学的数値に近い。
「なあ、今時間あるか?せっかくだから、どっかで少し話そうぜ」
僕はその時用事を済ませた後だったので時間はあった。
少し迷った。昔は確かにそれなりに親しかったが、今はさほど親交を深めたい相手でもないのだ。損得勘定とかではなく、僕は親しくしたい人とだけ親しくするタイプなのだ。
しかし、他に断る理由もなく、その誘いに乗り、駅ビルの中にあるチェーン店のカフェへ入った。たまにこういうのもいいだろう。
「噂は聞いてるよ。色々と頑張ってるみたいだな」
と、彼は言った。噂と言ったが、単にSNSを覗いたのだろうと推測できた。今の時代は、インターネットでかなりの情報が集められるから、テレビに出るような有名人にならなくても、僕のような仕事をしていると、自然と露出した情報は転がっている。
とにかく、よくある「近況報告」的な話題を僕らは会話をした。残念ながら、僕は彼が最近何をやって、どんなことをやっているのかはまるで知らなかった。調べるつもりもないし、思い出したこともない。
しかし、いざ話を聞いてみると、4、5年前に最後に会った時と、彼はほとんど何も変わっていなかった。
強いて言えば、その年月の分だけ、当時は生まれたばかりの彼の娘は保育園に通い、彼は年数の分だけ白髪が少し目立った。
僕はソイ・ラテを飲み干して、時間を気にしている素振りを見せた。これ以上話していても、さほど面白いことはないということは、考えるまでもなかった。
何度も言うが、損得感情で人間付き合いするわけではない。ただそれでも、彼と話していても、僕は損得を超えた「喪失」のようなものが、内面で積もると感じたのだ。そして電車の中でKindleで読みかけの小説を読みたかった。電車で音楽を聴いたり、本を読むと、なぜかいつもより集中ができる。
しかし、彼は僕が発散させるその辺の空気をいささかも察してくれることはなかった。そしてこちらが尋ねてもいない、当時の人間関係の「田中は今は〇〇してる」とか「佐々木は最近はパッとしない」と話し出した。
嫌な予感はしていたが、だんだんと「いかに今の自分の仕事や立場が大変か」を力説し始め、それからすぐに愚痴っぽい話に移り変わった。昔から、彼はこういうタイプの男だった。
この手の人は、まるで誘導尋問する捜査員のように、自然な形で、こちらが嫌な気持ちになる話に誘導していくから見事だ。
僕は彼や彼らとの関係を持たなくなった4、5年前に決めたことがある。人のグチを「聞いてあげる」ことをするのはやめる。せめて向こうのストレス発散になると思って聞いてあげていたが、彼らは次から次へと愚痴の材料をこしらえてくるし、何度でも蒸し返してくるから、まるでキリがない作業だった。双方にとって、何一つ良いことが起きない典型的な“無駄な時間”だ。
だから今回も、
「ふーん。そうか。さて、会えて嬉しかったよ。じゃあ、俺はそろそろ行くよ」
僕は愚痴を1分ほど上の空で聞いてから、すっぱりとそう言って、すでに空になっていたカップに口をつけて、ぐいっと飲み干す素振りをする。
とにかく、こういう時はシャッターを下ろすように、自分の窓口を閉ざす。クレームが来ても、一切受け付けない。
「え?ああ」彼は一瞬驚いたようだが、「そうだな。俺もそろそろ帰らねえとな…」と納得し、最後にこう付け加えた。
「俺も今忙しいからよ」
彼と並んで店を出て、駅の新宿駅の改札近くで別れたのだが、去り際にこんなことを言われた。
「でも、こうして会ってみると、お前も全然変わってねえじゃん」
僕はそれに対して何も答えなかった。
一瞬、不快な感触を覚えた。なぜなら今の言い方は聞こえようによると、「お前は成長してないなぁ」とも受け取れるからだ。確かに、ちょっとだけ、毒を含んだような言い方だった。その辺は僕は敏感だ。
しかし、それはこちらの考えすぎだろうと判断する。そんなつもりはない。
たがそれでもやはり違和感が強かった。
なぜなら、この4年感で、僕は目まぐるしく変化したからだ。仕事も、人間関係も、収入も、住む場所も、ライフスタイルも、すべて変わった。ヘアスタイルや体型は変わってないが、ファッションもかなり数年前とは違う。
それは、彼もよく知っているはずだ。
違和感を抱えたまま、
「じゃあ、またな」
と、彼は手を振る。
「ああ。じゃあな」
と、僕もさっと手を上げて、改札を通る。また、まないだろうと思いながら。
改札を通ってから、ほんの少しだけ続きを考えた。
僕はあれこれ変わったつもりでいるけど、実は変わっていないのか?
しかし、これ以上考えるまでもなかった。
変わっていないのは、彼なのだ。
変わらない人は、自分が変わらないから、目に見えるすべてが、変わらないのだ。そして、そもそも知ってる人が変わってしまっては不安なのだ。変わってないと思うことで、安心するのだ。
変化しない人は、変化する人を、変化させまいとすることが多い。
しかしそこに良いも悪いも、正解も間違いもない。ただ、常にこの世界は変化している。宇宙は常に動いているのは事実だし、時代は、めまぐるしく変わっている。
そんな世界において、もちろん変わらない素晴らしさもこの世界にあるのだろう。僕自身、内的な感覚だが、変わらないものや、変えられないものもたくさんある。
しかし、僕は変化を好む。そういう生き方をしている。
これは、半分は自分で選んだものだが、半分はそうせざるえない、ただの“性分”なのだと、諦めている。だから、変化より安定を選択したのか、選択せざるえなかったのかはわからないが、そんな彼を責める気は微塵もない。
僕はバッグからBluetoothのイヤホンを取り出し、耳に装着した。今は小説を読むよりも、音楽を聴きたい気分だった。
セットされていた曲は、アップテンポで、比較的新しめの曲が、一時停止されたままだった。そうだ、彼に会うまで聴いていた。
しかし僕はスマートフォンをサブスクのアプリを操作して、古いソウルミュージックを選択した。昔の、古い曲を聴きたい気分だった。ここには確かに、変わらない良さがある。
終わり
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