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小説「日和見さんと境界線」(後編) *無料記事
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小説「日和見さんと境界線」(後編)
「ここはちょうど、いろんな境目がある。もちろんこの神社ってだけじゃない。世界のあちこちにいろんな次元の扉がある。坊やはたまたま、事故の後に意識がここの境界線に紛れ込んで、そこで生きることを選んでしまった。無意識かもしれないけどね。ここはそっくりの世界。ただ、すべては坊やの心の中の世界。そうね、寝てる時の夢みたいなもの」
「僕は、死んだんだ…」
自分で言ってから、一瞬だけ、言ってしまったと後悔のような気持ちがあったけど、すぐに心がふっと軽くなったような気がした。
「じゃあ、ここは、現実だと思っていたここは、僕の夢の中?」
「そう。人は意識の力で世界を作る。もちろん、ここは坊やの生きていた時の記憶をベースに作られているから、坊やの記憶のまんま、細部にわたってね。でも、坊やの記憶してたものや、坊やが想像できるものだけ構成されていて、それ以上のものはここにはない。坊やはここで、ずっと過去を生きている。過去を、今だと思って生きている」
言われてみると、確かに僕は何年もここにいて、家に帰り、ご飯を食べて、近所を歩いて、顔見知りに挨拶して…。だけど、毎日同じことの繰り返しだった。神社のケヤキの木も、ずっと同じ姿だった。紅葉もしないし、葉を落とすこともない。そして、祭りも開かれていない。
どうして気づかなかったんだろう?自分が死んだことを、認めたくなかったからなのだろうか?
「それもある」
何も訊いていないのに、日和見さんは僕の頭の中の会話に答える。
「ただ、それは普通のことなんだ。人はみんな、肉体を捨てるとこういう世界にやってくる。心の世界で、やり残したことを終わらせたり、学ぶべきことを学んだりする。ただ、坊やの場合はこの神社と、このちょっと特別な磁場の影響が強かった。だからがっちりと、坊やの過去が固定された状態になっている。事故死のような突然の死に多いんだ」
そうだ。交通事故だった。一瞬だった。僕は自転車に乗っていた。暗くなっていた。突然車がやってきて、跳ね飛ばされて、僕は角のブロック塀に頭を打ち付けた…。
「この辺は境界線が多いから、本来は見えないはずなのに、坊やのことを見る人が多いんだ。坊やの作った世界と、肉体の世界が重なり過ぎてね。あちこちで目撃例がある」
「え?僕の夢の中なのに?」
「坊やの夢の中、つまりこの場所と、坊やが今までいた世界は重なり合っているんだ。この神社の付近は、それがちょっと曖昧なんだ。だからちょっと敏感な人はその境目を見てしまう」
「それはつまり、そっちの世界では、僕が幽霊になってウロウロしているのを、いろんな人が見て驚いていたってこと?」
「そういうことだ」
そんな…。僕が心霊スポットとかのお化けになっていたなんて。
「普通はありえない。私のような体質で、さらに特殊な訓練を積んだものにしか本来は関われないはずなんだ。だけど、稀に境界線が曖昧で不規則な磁場がある土地がある。この神社は数千年前に、そのエネルギーを安定させるために建てられた。そういう場所が日本にはけっこうあるんだ。でもここ数年のこの近辺、いや、世界全体に言えることなんだけど、磁場が不安定なんだ。太陽フレアの影響もある」
「ねえ…、じゃあ僕は今、いわゆる『魂』というやつなの?」
会話しながら、僕は死んだということをはっきりと認めると、自分が急に幼くなったような気がした。そうだ。僕は14歳のままだった。なんだか、ここで成長した気になっていただけだったんだ…。日和見さんが僕を坊やと呼ぶ理由がよくわかる。
「魂?そうだな…。魂、というのは、今の坊やや、もちろん、坊やと話している私も、含まれている存在。魂って、肉体と、心と思考、そしてもっと高いレベルの思考、それらが全部統合されたもの。今の坊やは“心”と、それに付随する思考だ。肉体は離れて、心だけの坊やなの。それを霊と表現されたりもする」
日和見さんはそう言ってから一息ついて、
「私の言ってることわかるか?」
と、こちらを向いて確認を求めた。
正直なところ、肉体はわかるけど、心と思考と、また霊と魂の違いがよくわからない。そもそも、自分から尋ねておいてなんだけど、それらが何を意味するのか、それが存在するのかもわからなかった。
「ごめん。よくわからない。でもさ、じゃあ日和見さんは一体どうして僕の世界に?どうやって僕と話しているの?日和見さんも死んだ人なの?」
僕は子供みたいに矢継ぎ早に質問する。疑問が止まらない。
「私は世界中を回りながら、こういう不安定な磁場を調える龍脈調整士だ。心の世界と自在に行き来できるので、坊やみたいに、こうして境目に迷い込んだ人と関わることができるんだ」
「龍脈、調整?」
初めて聞く言葉だ。
「さっきも言ったが、地球上にはそういう場所がたくさんあるんだ。龍脈というのは、大地に流れる地球の血管の流れと、重要なツボのようなものだ。そこを調えないと、人間が病気するように、地球も病気になる」
「病気になると、どうなるの?」
「坊やは、風邪をひくとどうなる?」
「え?風邪?」言われてから気づいたが、もうずっと風邪というものを引いてない。そうか、死んでいるからか…。
「まあ、一般的には、熱が出て、寒気がして、鼻水とか咳とか…。お腹壊すこともあるし」
「そうだ」日和見さんは淡々と話す。「地球は今すでに病気だ。人間が地球を汚しているからだ。地球は今、タチの悪いウイルスが増殖し、蔓延して、それが吐き出すさまざまな毒素にやられている。
「それって、人間のこと?」
僕が尋ねたが、日和見さんは僕の質問には答えず、
「地球は熱を出している。だから、寒気を感じている。温暖化とか、寒冷化とか言われてるけど、つまりは体温調整ができてないってことだ」
と、淡々と話した。
確かに、地球温暖化の話はよく聞くし、実は寒冷化しているって、物知りのクラスメイトが話してたのも思い出す。
「熱が出ると体が震える。くしゃみをしたり、嘔吐や下痢をするかもしれない。だから、そうならないように我々が地球が回復する手伝いをしている」
「我々ってことは、仲間がいるの?」
「ああ、詳しくは話せないが、私は一人じゃないよ。世界中に、組織のメンバーはいる。元々、そういう資質があって、さらに訓練を受けた人間だけがメンバーになる」
なんだか、あまりにスケールの大きな話で、僕にはだんだんついていけなくなった。
「でも、なんでそんなすごい人が僕のところへ?」
「ここは、私が生まれ育った町だ。そして、ここの地場が不安定だったから、ここにしばらく滞在している。そこで坊やに会ったんだ」
「なるほど」
「坊やは、ここの磁場を調える上で、とても重要なんだ」
「は?」
日和見さんは思いもよらないことを言った。
「実際の物質世界。そして、その下に流れる龍脈の世界。坊やの心は今、その世界をつなげている。実は坊やがこの世界を繋ぎ止めなければ、ここから数百キロメートル先で、大地震が起きる可能性が高かった。だから坊やが…」
「ちょ、ちょっと待って」
一体、何を言ってるんだ?
「大地震?それを僕が、止めている?」
「そうだ。たまたま、とも言えるし、もっともっと大きな采配が動いていると思うんだけど、とにかく坊やがいてくれるおかげで、大地に吹き溜まったエネルギーがこの世界に流れ出して、いわばアースの役割をしてガス抜きしている。ほら、あそこの空」
日和見さんが指を差す。先ほど、雨雲のような暗い雲が立ち込めてた場所だ。いや、そういえばずっとあの暗い雲は、あの辺りの空を覆っていたと思う。
「でも、先ほども言った通り、坊やはもう十分癒やされているし、もうここから離れてもいいんだ。それを伝えに来た」
「でも、どうやって、この世界を出るの?そして、出た後は、ここは?この心の世界も消えちゃうの?そもそも僕はどうなるの?」
そうだ。僕はどこに行くのだろう?そうなったらこの神社や町は?そして今話したガス抜きとやらは問題ないのだろうか?
「この世界はここに残しておく。坊やのおかげで、この近辺は守られた。坊やがこの場所を愛してくれたおかげで、ここは愛のエネルギーが強い。だから、いろんな悪想念はこの世界で浄化される。坊やのおかげだ。本来なら、このレベルの龍脈の滞りだと、私は死ぬかもしれなかった」
「死ぬって…」
「あまりに強い想念や、ネガティブなエネルギーがあると、肉体がもたないんだ。まあ、肉体を離れたら離れたで、私のような調整師は、別の世界での役割があるからどうでもいいんだけど、まだこの肉体から離れたくはなかったんでな」
僕が日和見さんの話を聞いて考えていると、彼女は気をとりなおすように、
「さあ、坊やは次の段階だ。もっと自由な世界が待っている。そこではすべてがある」
「どうやって、行くの?」
「力を抜いてごらん。ただ、立つんだ。何もしないでいい。何もしなければ、本来行くべきところに行き着くんだ」
「何もしない?」
彼女に対して先ほど、僕は「ただ立っている」、という印象を持った。僕は日和見さんの完璧な立ち方を意識した。よく考えると、ただ立つ、それだけに特化したことって、今まで一度でもあっただろうか?
僕はただ、立つ。何の目的もなく。何かの途中動作ではなく、ただ、そこに立った。そして、力を抜いた。すると自分の周りに、目には見えないけど、いろんな気配があることに気づいた。なんだか少し、怖くなった。
「だ、誰か、いるの?」
思わず、それで力が入る。
「そうだ。坊やの友達だ。怖がらなくていい。そのまま力を抜いてごらん」
怖かったけど、僕は力を抜いた。再び、ただそこに立ってみる。すると不思議なことに、力を抜くと、怖さどころか、安心感が僕を包み、優しい気持ちになる。
突然、見えている景色が変わった。
夜になっていて、神社の境内にはたくさんの人がいた。鳥居の外で、神輿を担ぐ男たちがいる。父親の姿も見えた。父は祭りが好きだった。
境内には縁日の出店が並び、明かりがたくさん灯り、家族連れや、中高生のような若い人がたくさんいて、食べ歩きしたり、笑い合っている。
見たことのある顔ぶれがあった。クラスメイトや、好きだったあの子だ。でも、僕の知っている姿ではなく、大人になった彼らの姿。彼らは、僕の話をしている。会話の内容までは聞き取れないけど、それがわかる。
「祭りは、毎年行われているんだな」
日和見さんが言った。しかし彼女の姿は見えなかった。声だけが聞こえた。
「はい。毎年、賑やかなんです。友達も、祭りに参加しているんです」
母のことを思い出すと、近くの商店街でお祭りの後の食事会の準備をしている母の姿も見えた。そう、神輿を担いだ男たちが、神社の神輿を奉納したあと、夜通し酒を飲んでどんちゃん騒ぎをする。そこに子供の頃こっそり混ざって、ジュースを飲んだり、お菓子やお酒のおつまみを食べながら、夜遅くまでその雰囲気を味わうのが好きだった。
「坊や。元気でな」
日和見さんの声が聞こえた。すると、縁日で賑やか神社と、静かな、いつも通りの神社の姿が、両方重なってみた。日和見さんは、本殿の前に立って、こちらをまっすぐ、相変わらずの表情で見ていた。
「ありがとう。あなたに会えたよかった」
自分の体がどんどん軽くなって、景色はどんどん明るくなった。昼の神社も、日和見さんも、夜の神社も、お祭りも、霞んでいった。
僕の周りには、光に包まれた人々が数人いて、僕を空へ運んでいった。彼らは優しくて、愛に溢れた存在だった。
******
神社の鳥居から、一人の若い女性が出てきた。彼女は背が高く、長い黒髪をしていたが、どこか日本人離れした雰囲気だった。
近くを掃除していた初老の女性は、長い間その女性が境内の真ん中に立っていたのを見ていた。あまりにもじっと動かないので、そろそろ心配になってきた頃に、彼女には歩き出し、神社から出ていった。
女性が出てきた時に、顔を見て女性は何か思い出した。
「ねえ、あなた」
老人は、その女性に話しかけた。女性は返事をせずに、無表情に老人の顔を見た。
「あなた、子供の頃、この辺りに住んでいたかい?ほら、苗字は忘れたけど、確かアメリカに…」
女性の言葉を遮るように、その若い女性はほんの微かに微笑みを返した。初老の女性は、その表情を見て何も言えなくなった。
そしてそのまま、黒髪の若い女性は、日本舞踊や能の動きのように、ゆっくりと、けれど無駄のない動作で向きを変えて、国道の方向へ歩き出した。彼女が颯爽と歩くと、微かに線香のような香りが漂った。
神社の前で、箒を持ったまま取り残された初老の女性は悪い気はしなかった。若い女性の動きは、相手に無視されたと感じさせない、完璧な立ち振る舞いと、美しい立ち去り方だったのだ。
彼女は思い出す。彼女は長年地域のことをあれこれ手を焼くタイプであり、記憶力が良い。
美しい少女がいた。父親は朝早くに出て、夜に帰ってくる勤め人で何をしていたかは知らないが、祖父はこの地域の一番大きなお寺の住職だった。母親は美しく、気立もよくて、彼女も何度も話した。
しかし、娘はある時交通事故にあった。確か、ヒヨリちゃんという名前だった。
幸い死ぬことなかったが、ヒヨリちゃんは首を骨折して、全身麻痺となった。ヒヨリちゃんはとても笑顔を振りまいて走り回るような明るい少女だったが、さすがに心を閉ざした。一度、近所のものと集まって見舞いに行ったが、ニコリともせず、人形のように天井を見上げていた。
以来、病院のベッドに寝たきりになった。
最先端の治療のため、たしかアメリカへ行ったということは知っている。それがもう20年以上前だけど、先ほど神社の真ん中で長い間突っ立っていた女の人は、あの少女の面影がしっかり残っていたし、何より母親にそっくりだったのだ。
しかし、あの事故の後遺症…。まず治る見込みはないと聞いたけど、治ったのだろうか…?
女性はふと、6年前も、近くで事故が遭って若い命が絶たれたことを思い出した。あれもひどい事故だった。
ずっとここに住んでいて、知っている事故はその2件だけだが、どちらも若い人が被害者だったので、胸が痛む。
彼女は神社に向かって手を合わせ、事故のない、安全な地域と、安心して暮らせることを祈った。
終わり
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