死ぬかと思った甲斐駒ヶ岳 ー山と瞑想の日々 ー
山や海は生命を育み、我々に滋養と英気を与えてくれる。そしてそこには様々な美が織りなし、インスピレーションの宝庫となって、古来から人はその大自然に魅入られてきた。
しかし、凪いだ穏やかな波もあれば、荒れ狂う波もあるし、自然には常に「危険」があり、海でも山でも川でも、油断はできない。
奥深いところへ進むほど、手付かずの自然の美があるが、それと比例する以上に、リスクも高まる。
僕は海育ちで、何度か海で怖い思いをしたことがある。しかしそのおかげかは知らないが、自然というのは“付き合い方”があり、畏敬の念を持つことの大切さは、なんとなく染みついた。
さて、山と瞑想の日々、ってテーマなので当然山の話なのだけど、僕は基本的には慎重派だ。生来ビビりで臆病だけど、自然相手にはそれくらいでちょうど良いと思っている。まして常に単独登山なので、例えば滑落や怪我などが起きても、あまりに人のいない山奥では、救助を頼めないのだ。
もちろん、今は携帯があるが、山奥では携帯電話の電波も届かない場所なんてたくさんある。
そんな慎重派の僕でも、今のところ怪我や事故はないとはいえ、やはり山でも何度も「怖い」という思いはしたこはある。
今までで一番恐怖を感じたのはどこか…。長野の戸隠山、愛媛の石鎚山など、単純に「危険箇所」としての恐怖はあったし、奈良県の大峰山での荒行の恐怖などもあるが、今回はそれとは違う質の山の怖さ。
後から思うと、そんな大したことじゃないと思わなくもないけど、未経験だったし、体力の限界を超えていたので、その時は本当に怖かった。
登った山は名峰「甲斐駒ヶ岳」。標高2967m。
ルートは二つ。長野県の伊那側からのの北沢峠か、山梨県の黒部尾根ルート。
黒部ルートが江戸時代より伝統的な修験道のルートであり、北沢峠は車でかなりの標高を稼げるので、初心者向けだ。
で、当然「伝統的」とか「修験道」とか言われると、黒部尾根に挑みたくなるわけである。
しかし、ここは日本三大急登と呼ばれるルートであり、とにかく長いし、スタート地点が600mなので、標高差2300mだ。案内図にも片道7、8時間とある。
七丈小屋という山小屋が、7合目付近にあり。そこに一泊するのが一般的だし、僕もその予定で登った。
甲斐駒ヶ岳は、八ヶ岳南西麓に住む僕には、とても目立つ山だった。南アルプスの山脈で、頭ひとつ突き出し、その姿も威風堂々として、凛として、中途半端なものを「受付ない」ような厳しさを感じていた。
しかし、それは僕の憧れにもなった。ただ、黒部尾根ルートの険しさは調べて知っていたし、登った人のリアルな話でも、過酷な道のりであることはわかった。
だからいざ甲斐駒に登る時は興奮しつつも、登る前からいささか緊張はしていた。八ヶ岳をいくつか周ったし、険しいルートも登ったりした。金峰山などの奥秩父の山も登った。経験を積み、ある程度体力などにも自信をつけてはいたけど、ここまで長いルートは初めてだった。
2015年10月21日。山梨県北杜市。尾白川渓谷の駐車場に着いたのが朝6時半。そこから駒ヶ岳神社を経て、登山道へ。
しかし、いきなり予想外のことがあった。登山道の立て看板に、
今期の食事提供は終了、とある。10月末は確かに登山シーズンも終わり頃で、客足は少ないだろう。だから用意できないのも頷ける。
ちなみに僕は登山の時は朝食を食べないのが基本だった。その方が体が軽いし、何かとキレッキレだ。
昼食におにぎりを持っていくことが多いが、その日に限って昼食は用意しておらず、持っていたのはスニッカーズのようなナッツとドライフルーツを固めた携帯食のバーと、梅干しだけ。昼食は山小屋で何か食べようと思っていたのだ。
しかし、ここまで来た以上仕方ない。山小屋でレトルトカレーかカップ麺の買い食いぐらいはできるだろう。
そして、とにかく登り始めた。
延々と続く樹林体。落ち葉の降り積もる中を、黙々と歩く。誰にも会わなかった。
秋の南アルプスはツキノワグマが出るという。特に秋は一番食べ物が多い時期で、冬に備えて熊たちも必死だから、気性が荒いという話も聞いていた。
しかし僕はどうも「熊よけ鈴」が苦手だ。うるさいのだ。こちとら一人で山の静寂を味わい来ているので、ずっとカランコロンなってたら気になって仕方ない。だから鈴はつけなかった。もちろん時々、思い出したら大きな声を出したり、手を叩くことはしていたが、それがどれほどの効果があるのかはわからない。熊は僕が最も大好きな動物だけど、実際に山でガチに対面するとなると、ぶっちゃけ怖いに決まっている。
道のりは長い。とにかく長い。景色が変わらない。ずっと、登り続ける。
あまりに単調で景色が同じだと、正直飽きるので、それが疲労感を増す。景色が変わったり、雰囲気が変わるとそれが刺激になるのだけど、同じような道をずっと歩くって、今の僕なら楽しめるだろうけど、当時の僕にはなかなかつまらないことだった。
ただ、どんどん人里離れたところへ入っているという実感はあり、自分が俗世間から切り離されたエリアにいることが理解できる。
人間の社会や生活の領域ではなく、そこは植物、鉱物、動物の世界。
遠くから、時々何の声かわからないけど、何かの動物の鳴き声が遠くから聞こえる。クマの他にも、キツネ、たぬき、カモシカ、色々いるので、鳴き声くらい聞こえて当然だけど、クマ鈴を持ってこなかったことを少し後悔した。
樹林体を2時間ほど歩いたら、どんどん岩場が増えてきた。かなり標高も上がっているのだろう。
油断をしていたら、いきなり目の前の道に、大きな茶色の毛の塊の動物が現れた。
(クマ!)
さすが心臓が飛び跳ねた。しかし、それはカモシカで、カモシカはすぐに茂みの奥に走っていった。
カモシカは結構大きい動物なので、クマと見間違える人が多いという。その気持ちはわからなくはない。
ルートは段々と険しくなり、ハシゴがあったり、鎖場があったりして、その辺りから楽しくなってきた。
ここで僕の悪い癖だが、楽しいとガシガシ行ってしまうことだ。本当は体力の配分やペースを考えるべきなんだろうけど、ジャンジャンバリバリと猛スピードで、まるでアスレチックで遊ぶようにペースを上げてしまう。
あっという間に七丈小屋についた。
ちょうど昼くらいだったので、インスタント麺でも買おうかと思ったが、目を疑う張り紙があった。
「急用ができたので下山しています。夕方以降、夜までには戻ります」
おいおいおいおい!!聞いてないよ!てか、それは下の看板に貼れよ!
ってことで、カップ麺は買えず…。
梅干しを齧る。まずは塩分とクエン酸補給。これが大事だ。そして湧水を飲みまくる。ちなみにこの水は本当に美味かった。
さすがに腹が減ったのでナッツバーを半分だけ食べる。まだ道のりはある。7分目だ。
山小屋に宿泊予定だったので、とにかく空腹に関しては夕方までは仕方ない。ひとまず山頂へ行こうと、気合を入れ直す。そう、まだまだ気合が必要だ。しかし、ここまでで十分に手応えを感じていたし、今までのトレーニングの効果が出てると思った。
「おし!イケる!俺は行ける!」
テンション爆上がりで、山頂を目指す。しかしまさかこの後、あんな目に遭うとはこの時はまだ知らず…。
続く
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☆ イベント予定。
9月25日(日) 歩く瞑想の会 in 鎌倉 満席
10月10日(月・祝)歩く瞑想の会 京都周辺 満席
10月23日(日)『声』女性性をひらく、めぐる音楽、音体験 東京(募集まもなく)
11月上旬 探求クラブメンバー限定 リトリート
11月中旬 『声』女性性をひらく、めぐる音楽、音体験 大阪(予定)
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