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錦鯉の先生 (エッセイ)

錦鯉、と聞いても、中年男性二人組の漫才師を想像する方は多いと思うし、僕だってもちろんその二人は知っている。なんせ2年前のM1グランプリで優勝したのだ。

僕はお笑いは大好きなので、M1も見る、けど、リアルタイムで見れないことも多い。たしかその年のM1グランプリは、イベントがあり、ネタを見たのは後日Youtubeで見た。

そこで「錦鯉」なる最年長コンビが優勝したのだが、僕は錦鯉と聞くと、思い出す人がいる。

その後も、ネットニュースとかYoutubeなどの「おすすめ」で見かけるたび、「鯉のおじさん」を思い出す。

その人は昔僕が働いていた職場にいた人だ。当時で60歳を過ぎていたと思う。

体は筋肉質でごつく、顎の四角い、凛々しい顔立ちだった。頭髪は少し禿げ上がっていたが、頭頂部から横や後ろは、パーマをかけていて、往年の「和田勉」のようなヘアスタイルだった(若い人は知らんかも…)。

その人は職安から紹介されてやって来た人で、雇用としてはアルバイト形態。明るく、おしゃべりなおじさんだった。

その人は、今では古いアパートで、奥さんと二人暮らしをしているそうだが、以前は大金持ちだったという。

かつては豪邸に住み、高級車を乗り回し、海外を飛び回り、世界中の珍味を食べ、カジノに行き、遊び呆けていたと。

嘘ではなく、海外の大物スターとのツーショット写真なんかも持ち歩いていて、見せてもらったことはあるし、多少盛っている部分はあったかもしれないが、本当のことだと思った。ちなみに若い頃はかなりの「イケメン」だったので、それで大金持ちとくればさぞかし女性にもモテただろうし、自分でも「そっちの方はやり尽くした」と豪語していた。

彼がそんな贅沢三昧な生活をどうやって築いたのか?

それが「錦鯉ビジネス」だった。

彼はバブル時代の長者だった。実は当時、日本の「錦鯉」は、かなり高値で取引されていたらしく、なんと一匹数百万万円、中には2000万円の高値がつくものがあり、それは大きな庭園を持つような社長さんのお庭の池とか、海外の大富豪の庭で飼われていたそうな。

鯉のおじさん(と呼ばせてもらう)は、そんな錦鯉の養殖業で大当たりしたという。

しかし、盛者必衰の如し。彼は僕が会った時は、何も持っていなかった。

奥さんはいたが、2人目だか3人目の奥さんで、最初の奥さんとの間に娘がいるが、離婚してから一度も会ってないと言っていた。稼いでいた時代は「飲む、打つ、買う」で、世界中飛び回り、ロクに家族に会ってもいなかったそうなので、当時の妻も娘も、彼に対してもう未練はないのだろう。

鯉のおじさんは明るい性格だったが、愚痴っぽく、文句は多いし、人の噂話が好きで、こう言ってはなんだが「品のない」人だった。

いろんな「金持ち」と呼ばれる人種に出会ったけど、ちゃんと「金持ちが続いてる」人の特徴として「品」があった。だからこの鯉のおじさんは、僕の中の「成金=品がない」というデータの一人になってしまったわけだが、とにかく教養や品がなく、多分商売も天性の勘だけで当たったのだろうと思う。

商売を立ち上げて、軌道に乗せるには「勘」や「動物的」な直感や行動力が試されるが「維持、継続」となると、そこにはさまざまな要素が絡む。彼にはその変が欠如していたのは明らかだった。

鯉のおじさんの「鯉ビジネス」が頓挫したのは、まず「鯉ヘルペス」が流行し、養殖魚が全滅したことだという。すでにバブルも弾け、次の資金繰りは困難を極めた。

韓国で養殖業を再開するも、やはり高級な錦鯉を買う需要は少なく、さらにおじさん曰く「韓国の取引先に騙された」とのことで、撤退したという。

そこからは何をやってもうまくいかず、家も何もかもなくして、小さな市営住宅で奥さんと二人暮らし。

その奥さんは、かろうじて鯉のおじさんのウハウハ時代を知ってる方で、今の極貧生活に不満らしく、

「いつも文句を言ってる。昔はよく笑う人だったんだけどなぁ」

と、鯉のおじさんはよく奥さんのことをボヤいていた。

彼に同情こそすれど、まさしく「自業自得」を絵に描いたような人だった。

いや、人間は必ず失敗する。それは仕方ない。しかし、彼が致命的に人生を踏み外している理由は、教訓を全く生かそうとせず、何も学んだりしなかったことだ。

それと、それらの不遇を「自分」に落とし込まずに、すべて「時代のせい」「取引先のせい」「病気のせい」「政治のせい」にしていたことだ。

さらに彼の趣味、というか、常に頑張っていたが「ロト6」。要するに宝くじなわけだが、鯉のおじさん曰く、

「知ってるか?あの数字は全部仕組まれているんだ。昔、韓国の宝くじの仕掛け人と出会ってな、色々と話を聞いたんだよ。全部八百長なんだ!」

なんでも、数字には規則性があり、その規則性に則った当たりを出しているので、その規則性を読み解くと、必ず大当たりが出るとのことで、もう何年も数字を計算している。

一度見せてもらったが、大きな紙数枚に、数年分の数字の結果や、予想などがびっしりと書き込まれてた。彼は仕事では適当だし物覚えが悪かったけど、そういうことは一生懸命やるんだなと驚いた。

「だいぶ正解に近づいて来た。この前惜しかったんだ!ほら?一桁違うだけだろ?もう少しで大当たりだ。そうすればこんな仕事もやめるよ」

彼がその職場にいた期間は2年もなかったが、その2年間でそんな言葉を4、5回は聞いた気がする。

ただ、彼曰く「昔はよく当たった」とのことだ。その予想方法で、何度も100万円単位が当選したと。

だからまた宝くじさえ当たれば、また昔のような生活に戻れると信じていた。その目は子供のように無邪気だった。本気でそう信じ込んでいるのだ。

鯉のおじさんは、ある意味僕の教師だった。教師には2パターンあって、

・知識や技術を教えてくれる、こうなりたいと、思わせてくれる教師。

・こうなってはいけない、これをやってはいけないと、身をもって教えてくれる教師。

言わずもがな、彼は後者だ。反面教師という名の教師。

まず「過去に生きている」という哀れさ。

彼は常に「以前の生活を取り戻す」ことしか考えてなかったし、以前の贅沢な暮らしが「幸福」だと信じていた。

新しい生活に、新しい希望、新しい世界に飛び出すビジョンは持てなかったらしい。

それとすごく感じたのが、「宝くじ」、つまり「ギャンブル依存」の怖さだ。ギャンブルは人の思考を停止させてしまうのだ。

ギャンブルって、まさしく「労せず得する」の一番わかりやすい例であり、彼はとにかく労力や時間はかけたくない。でも大金は欲しい。

忘れられないのが、あの子供みたいな無邪気な目。真っ直ぐに、朗らかに、宝くじの予想をして、夢を膨らませていたか。

信じれば夢は叶う? いや、彼を見てる限り、彼の夢はまず叶うことはないだろう。でも、あの無邪気な目を見てると、彼の言動を否定することはできなくて、「はぁ、よかったですね」と、話を聞き流すしかなかった。

最後は、あっけなくやめてしまった。原因は僕だった、らしい。

彼が仕事の合間に職場の仲間の彼女(その彼女もバイトの女の子)のあらぬ噂話をしてて、僕は見かねて上の社員やその仲間に伝え、みんなの空気を悪くしているので、それを厳重に注意したら、僕に対して、

「信頼してあの女のことを教えてやったのに!」

と怒り出して、その場で辞めてしまった。

「お前のせいだ!」

と罵られたが、正直僕も、周りの人間も、彼が一体なんで僕に対して腹を立てているのか理解できなかったし、いまだに理解できない。

その後、彼がどうなったのかは知らない。もう15、6年前のことだ。多分、宝くじは当選していないと思う。

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