お祭りで買った「ひよこ」
「ひよこ」を、飼ったことがある。たった1日だった。とても切ない思い出だ。そしてそれは“飼った”というより、今ではすっかり見かけないが、縁日でひよこを「買った」のであって、なんだか今でもやるせない。
今日はそんな思い出を綴ってみたい。
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どんな動物でも、赤ちゃんは可愛い。もちろん人間も可愛い。なんでかわいいのだろう?きっと生まれたての生命にしかない、純粋なエネルギーというか、まさしく“無邪気”と呼べる、宇宙そのものを体現しているパワーがあるのかもしれない。
肉食獣は草食動物の子供を狙うが、それは捕食のためとはいえ、もし赤ちゃんを見て、攻撃性を抱く人間がいるとしたら、それはもはや人間の心を失い、畜生以下の精神に堕ちているかもしれない。まあ、きっとそうなるに至る深い背景と歪んだ事情があるのだろうが…。
しかし、どんな悪党でも、例えば出産シーンとかを見たら涙を流すと聞いたことがあるが、生まれたての生命とか、生命そのものに触れたり出会ったりすると、人は深い部分が揺さぶられる。
前置きが長くなった。しかも重くなった。別に重たい話など書くつもりはなかった。だがなんだか暗い出だしとなってしまった。気を取り直して本題に入ろう。
あなたは「ひよこ」を見たり、触れたりしたことはあるだろうか?「ひよこ」とは、ニワトリのヒナのことを指すが、我々はさんざんっぱら鶏肉を食すくせに、生きている鶏はもちろん、そのヒナに出会うことは普通に街で暮らしていると遭遇率は皆無に近い。
僕は田舎暮らししてたこともあるので、平飼いの養鶏場を営む方が近所にいて、よく卵を買いに行ってたから、鶏や雛をたくさん見て来た。
しかし、冒頭に書いた通り、僕はもっと昔に「ひよこ」と出会っていた。それは小学生の頃だ。多分、1年生か2年生か、そのくらいの頃だったと思う。
僕の生まれ育った実家は神社通りにあり、毎年6月のお祭りになると、家の前が別世界になる。色とりどりの縁日の出店が立ち並び、人が往来する。神輿が通る。祭りは大好きだった。
縁日では、定番の綿あめ、たこ焼きや焼きそば、金魚掬い、フラッペと呼ばれるエゲツない色合いのシロップのかき氷はもちろん、型抜き屋、スマートボール屋、北海道ならではの揚げ芋屋、ウルトラマンやアニメのキャラのお面屋などが立ち並び、当時は暴力団への規制も少なかった頃のせいか、お店の数はすごかった。
そんな中で、今ではすっかり見かけないが、「ひよこ屋」があった(その業種の正式名称はわからないが、僕は「ひよこ屋」と呼んでいたので、そう書く)。
昭和の時代は「カラーひよこ」という、乱暴に着色されたひよこたちが縁日の定番だったそうだが、僕の記憶では、僕の街の祭りにカラーひよこはいなかった。誰もがイメージする黄色い、ふわふわしたヒヨコたちが、木で作った大きな枠の中、熱を放つ電球の下でひしめき合い、ぴよぴよと囀っていた。
ちなみに日本では世論的な問題でカラーひよこは禁止になったが(着色料で早死にするらしい)、今でも東南アジアの祭りでは売られているらしい。
僕と兄は、かわいいひよこが大好きだった。前の年も、その前の年も、毎年、店の前で買いもしないのにただただかわいいひよこを眺めるのが好きだった。
ひよこはそれなりの値段がした。お祭りの時は普段のお小遣いとは別の小遣いがもらえたが、僕の財力では買えなかった。
兄と二人で親にねだった。毎年それとなくほしいとアピールはしていたが、その年は本気でおねだりした。ちなみに僕が親に対して強くねだることはまずなかった。
「すぐ死んじゃうからダメだよ」
と両親は言った。祭りで買ったひよこが育つ可能性はなかなかないと。
しかし僕は知っていた。
母家の裏は、アパートがあった。我が家はアパート管理もしていたのだ。6畳8畳くらいの部屋と、キッチンとトイレ。風呂なしの古いアパートで、日の当たらない路地にあり、僕が高校生の頃で家賃が3万だったと思う。
そこに下に「猫屋敷」と呼ばれる家があった。常時猫が10匹くらいいて、飼い猫と野良猫の区別がなくなり、家の周りには野良猫がたくさんいたのはそのアパートの10人のせいだった。
一人暮らしの当時30代くらいの気味の悪い女の人だった。誰ともコミュニケーションを取らず、何回か見かけたことがあるが、見た目もザンバラ頭でいつも茶色とか灰色の服を着ていたのを覚えている。
母の話では、その人はどこかに病気があり生活保護者だったと、それとなく聞いたことがあるが、はっきり覚えていない。ただただ「怪しい猫屋敷の猫ババア」と記憶している。
その猫ババアは、猫の他に、犬を飼ってた時期もあり、そして一時期「ニワトリ」を飼っていたそうだ。それは縁日のひよこを育てた鳥だったという。僕は赤ちゃんの頃で、僕は記憶にないが…。
あまりに朝の鳴き声がうるさいので、大家としての父から、そして近所からもクレームや揉め事があり、そのニワトリはいなくなったが(ババアが殺して食ってしまったと、兄は言ってたけど、その情報ソースはいかに?)、目と鼻の先に、縁日のひよこを育てた実績がある人がいるということを、僕も兄も知っていた。
「ちゃんと面倒見るから!」
「絶対大きくするから!」
気性の激しい兄の駄々こねの尽力もあってか、両親は珍しく折れ、僕らは小遣いを減らされたが、めでたくひよこを買ってもらった。ただ、僕も子供だったので、そのひよこが大きくなってからのことはあまり考えなかった。想像つかなかった。
祭りは3日間続くが、最終日にようやく買ってもらった。
ひよこは手に乗せると、軽く、弱々しく、でもふわふわして、やわらかかった。僕は動物が大好きだったので(今でも好きだ)、ひよこが可愛くてたまらなかった。
幼かった僕の手よりも小さい命。母性本能とでもいうべきか男なのでわからないが、とにかくその可愛さにメロメロだったし、守ってやりたいと思った。
だが、ひよこは寒さに弱かった。6月。北海道の深夜と朝方はそれなりに冷える日もある。
「ずっとあったかくしてやってね、じゃないとすぐ死んじゃうから」
ヒヨコ屋のおじさんはそう言っていたので、以前金魚を飼っていたガラスの水槽の上に電球を垂らし、常時温めていないとならなかったのが、その日の夜だ。僕と兄が眠りにつく時、
“電気代もったないから、電球は消す”と母が言い出したのだ。
「ダメだよ、温めてないと死んじゃうよ!」
もちろん兄も僕も反論。大反対だ。
「大丈夫よ、1日くらい」
母は取り合ってくれない。兄もあれこれ説明するが、まったく聞く耳をもたない。なので父に相談すると、
「電気代もったないだろ」
同じ意見だった。今思うと、父と母は当時夫婦喧嘩ばかりしていたが、要するに似た者夫婦だったのかもしれない。
「要するに、あったかくしておけばいいんだろ?大丈夫だよ」
父はひよこのいる水槽の中にタオルを入れ、そして中心部にはガーゼやらふわふわの綿でひよこを取り囲んだ。
「ほら、これであったかい。大丈夫」
確かに、見た目は暖かそうだった。ふわふわのひよこが、さらにふわふわの白い綿の中にくるまり、顔を出している。見た目はなんだか滑稽だし、身動き取れないのだが、確かに、温かいかもしれない。自分がそこにいたら、温かいとは思う。
「でも、大丈夫かな?ねえ、電気つけてあげようよ」
2階の寝室で布団に入ってから、僕はやはり不安でそう母に言うと、
「しつこい!」と母は怒鳴る。「一晩中電気つけてたら、いくらになると思ってるの!」
多分、今考えたら一晩の電球の電気代なんてたかが知れているだろうし、母も実際の金額なんて知らないだろう。イメージとして「高い」「もったいない」が優先されていた。
とにかく、母がこうなってはもうどうにもならないことは理解できた。何を言っても無駄だった。
だから僕は父が施した処置を信じて、眠ることにした。
そして翌朝、いつもより早めに目を覚まし、まっしぐらに一階に降りてひよこの様子を見た。声をかけて、手で温めてあげたいと思った。
机の上に置いていた。僕はまだ小さかったので、椅子に乗ってひよこのいる水槽を見下ろす。
しかし、水槽の中にヒヨコはいなかった。
中の綿やガーゼやタオルをひっくり返したが、中にはいない。そしてその時、ガーゼやふわふわの綿は、びっくりするくらい冷たくて、僕はその冷たさにゾッとした。なんて恐ろしいことをしてしまったのだろうと思った。
僕は慌てて周りを見渡した。すると、机から少し離れた床の上に、ふわふわの黄色い毛の塊が転がっているのが見えた。
手に乗せると、それは昨日とはまったく別のものだった。すっかりと冷たくなり、動かなくなり、可愛さとか、ぬくもりとかはなく、昨日はあれだけ僕の心は躍ったはずなのに、今は冷え切った水の中の下半身を入れて、徐々に体温を奪われていくような不気味さの中に沈んでいった。
ひよこは、一体どうやって水槽をよじ登り、机から降りて、そこまで歩いたのかはわからないが、とにかくひとりさびしく、真っ暗で、冷たい床の上で息絶えた。いや、それ以前に、冷たい夜の中でいてもたってもいられなかったのだろう。
「ケースにフタをしなかったのが悪かった」
と、父は言ったが、僕は違うと思った。
(電気をつけなかったからだ)
しかし、それを言えなかった。
「言ったでしょ?お祭りのひよこはすぐに死ぬのよ」
母はなぜか得意げにそう言ったが、僕はそれも違うと思う。ひよこの命より電気代が大事だった母と、その母に完全に屈服した僕が殺したのだ。
涙は出なかった。自分がどんな感情を抱いているのかわからないくらい、混乱して、茫然自失としたのをよく覚えている。
家の前には花壇があった。花壇と言っても、深さ30センチくらいで、幅は2メートルもない、コンクリートの花壇。
土を掘って、僕と兄は、何かお気に入りのおもちゃの箱にひよこを入れて埋めて、お墓を作った。悲しかったし、とても悪いことをしたと感じたし、親を憎んだし、自分自身を憎んだ。そして、もう2度と祭りでひよこは買わないと思ったし、きっと多くの家庭で同じようなことが起きているのでは?と想像すると、ヒヨコを売る店自体が間違っていると糾弾したくなった。
実際に、後からわかったことだが、縁日のひよこはみんな「雄」だ。つまり、卵を産まない。そして、肉食としても適さない種類で、業者は持て余すのだ。だから何か“使い道”、つまり“儲け口”であり、“損をしない方法”のために、カラーひよことかを生み出し、子供心をくすぐって売り捌く。
ちなみに、通常はオスメスを選別された後は、雄のヒナはあろうことにガス室に送り込んで殺すか、そのままミンチにする場合もあるという。ひき肉にすれば食えるということだが、ナチスドイツもびっくりの大量虐殺が、我々の知らないところで、日常に行われているのだ。
このように、生き物を完全に「道具」としてしまった現代の「進歩的生活」と、その実態と雄のヒナの処分方法を知らず、マクドナルドに行きチキンナゲットを食べるファミリーや、ふわふわ卵のオムライスの店にランチを食べにいく善良な人たち…。
美味しければ、なんでもいいのだろうか?
ひよこはかわいい。生まれたての命は愛おしい。しかし、そんな実態があり、僕もまんまとその一角を担ってしまった。動物と人間が、良い関係で、一緒に暮らせる世界を望みます。
ちなみにこの話には「後日談」もあるのだが、それはまた次の機会に譲ろうと思う…。ぴよぴよ。
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