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東海道五十三次 歌川広重が描いた江戸の旅路

江戸時代後期、日本は思いがけない文化的革命を経験していました。それは「旅」の大衆化です。特に、江戸と京都を結ぶ東海道は、多くの人々が行き交う日本の大動脈となっていました。この時代の雰囲気を見事に捉え、後世に伝えたのが歌川広重の代表作「東海道五十三次」です。

こちらの記事は、Podcast番組「アート秘話〜名画に隠された世界〜」で放送した内容をもとに作成しています。こちらの放送もぜひよろしくお願いします!

旅のブームと「東海道五十三次」の誕生

1830年代、日本では旅行ブームが到来していました。道路の整備が進み、女性二人での旅行も可能になるほど安全になっていたのです。こうした社会の変化を背景に、広重は「東海道五十三次」シリーズを制作しました。

このシリーズは、単なる風景画ではありません。各宿場町の様子を、広重独特の色彩感覚と斬新な構図で描き出しています。まるで、現代のポストカードのように、旅の思い出や憧れを形にした作品だったのです。

「ベロ藍」が織りなす魅惑の世界

広重の作品の魅力の一つは、その色使いにあります。特に注目すべきは「ベロ藍」と呼ばれる青色です。

「ベロ藍」は、ドイツのベルリンで偶然発見された化学染料です。従来の植物性の藍色と比べ、より深みのある青色を表現できました。この新しい青色は、広重の手によって風景画に革命をもたらしました。

空の青さ、海の深さ、遠くにかすむ山々。広重は「ベロ藍」を巧みに使い分け、日本の自然の美しさを鮮やかに表現しました。この色使いは、後に「広重ブルー」と呼ばれ、世界中の画家たちを魅了することになります。

日本画ならではの遠近法

広重の作品を見ていると、不思議な違和感を覚えることがあります。それは、西洋画とは全く異なる遠近法が用いられているからです。

西洋画では、影を使って立体感を出し、一点透視図法で奥行きを表現します。しかし、日本画にはそのような手法がありません。代わりに、広重は独特の構図を用いて空間を表現しました。

例えば、鳥瞰図のように上から見下ろす視点や、橋の欄干の隙間から覗き見るような構図など、従来の絵画にはない斬新な視点で風景を切り取っています。この独特の表現方法が、西洋の画家たちに新鮮な衝撃を与えたのです。

印象派への影響

広重の作品が西洋に伝わると、多くの画家たちがその斬新さに魅了されました。特に大きな影響を受けたのが、印象派の画家たちです。

例えば、ゴッホは広重の作品を熱心に模写しました。「亀戸梅屋敷」や「大橋あたけの夕立」などの作品を油彩で再現しているのです。ゴッホは広重から、色彩の鮮やかさだけでなく、日本画特有の平面的な表現方法も学びました。

また、広重の作品に見られる「影のない明るさ」は、印象派の画家たちに新たな表現の可能性を示しました。彼らは光と色彩の関係を追求する中で、広重の作品から多くのインスピレーションを得たのです。

現代に生きる「東海道五十三次」

「東海道五十三次」が描かれてから約200年。しかし、この作品の魅力は今も色褪せることがありません。

現代の私たちがこの作品を見るとき、そこに描かれた風景や人々の姿は、まるでタイムカプセルのように江戸時代の空気を伝えてくれます。同時に、広重の斬新な構図や色使いは、現代アートにも通じる新鮮さを感じさせます。

さらに、この作品は単なる芸術作品としてだけでなく、当時の社会や文化を知る貴重な資料としても価値があります。旅の様子、宿場町の賑わい、人々の服装など、江戸時代後期の日本の姿が生き生きと描かれているのです。

まとめ 広重が描いた「旅」の魅力

歌川広重の「東海道五十三次」は、単なる風景画の域を超えた、多層的な魅力を持つ作品です。鮮やかな色彩、斬新な構図、そして時代の空気を捉えた描写。これらが見事に調和し、見る者を魅了し続けています。

次に美術館でこの作品を目にしたとき、ぜひ以下の点に注目してみてください:

  1. 「ベロ藍」の使い方:空や水面の表現に注目し、その深みのある青色を味わってみましょう。

  2. 独特の構図:鳥瞰図や斜めからの視点など、普通ではない角度から描かれた風景を探してみてください。

  3. 人々の様子:旅人や宿場町の人々の表情や動作から、当時の雰囲気を感じ取ってみましょう。

  4. 西洋画との違い:影の有無や遠近法の違いを意識しながら鑑賞すると、新たな発見があるかもしれません。

広重の「東海道五十三次」は、江戸時代の旅への憧れを形にした作品です。しかし同時に、それは芸術表現の可能性を広げ、世界の美術史に大きな影響を与えた革新的な作品でもあります。

この作品を通じて、私たちは江戸時代の空気を感じると同時に、芸術表現の無限の可能性を垣間見ることができます。

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