04_脳内炎症の真相に迫る
多くの方が最も恐れるのは、認知症などの脳の病でしょう。日本人の認知症の将来推計に関する研究によると、2025年には65歳以上の約20%が認知症になると報告されています(認知症の人の将来推計について - mhlw.go.jp)。
認知症の原因?、アミロイドβの実体
認知症の原因は脳内にたまる異常なタンパク質と考えられてきましたが、有効な治療法はまだ見つかっていません。
ミクログリアは脳内のグリア細胞のひとつで、脳内の死んだ細胞や老廃物を処理する仕事をしています。私たちが行った実験で、ライラEVはミクログリアの自爆死を防止して、アミロイドβの取り込み量が増えることを確認しました。認知症の改善に寄与しそうですが、どうでしょうか。
アルツハイマー病は1906年に初めて報告されましたが、しばらくはあまり注目されませんでした。しかし1963年に電子顕微鏡分析によって神経線維の変化が示されて、世の中に知られるようになりました。
アルツハイマー病には多くの仮説が立てられています。1991年に提案されたアミロイド仮説が最も支持されていますが、最近ではリン酸化タウの蓄積が主要な原因とする報告もあります。
いずれにしても臨床試験はすべて失敗に終わっており、これまでの仮説に基づく治療戦略は暗礁に乗り上げています。高齢化社会を迎えて、認知症治療に対する新しい対策が緊急に必要とされています(アルツハイマー病の中心的なメカニズムとしての炎症, Kinney et al, 2018)。
以下はこの論文を中心に、アルツハイマー病の新しい対処法について解説します。
アルツハイマー病の中心的なメカニズムは慢性炎症
アルツハイマー病のメカニズムとして「慢性炎症」が提案されています。脳の急性炎症は、感染などに対する防御機能ですが、アルツハイマー病などでは慢性的な神経炎症がおこっています。
これまではこのような炎症反応は、アルツハイマー病の結果である考えられてきました。しかし、脳内の慢性炎症は神経変性を引き起こし、アルツハイマー病の病状をさらに悪化させる原因でもあることが実証されたのです。
頭に外傷を負って死亡した認知症ではない患者では、損傷後 1 ~ 3 週間で脳内のアミロイドβ の沈着が増加しており、炎症に特有のサイトカインが増加していました。このサイトカインはタウの過剰リン酸化を悪化させます。ミクログリアが起こす脳内の炎症が、アルツハイマー病で観察される二つの特徴的な現象(アミロイドβとタウの蓄積)をおこすことが示されたのです。
長期にわたって炎症が活性化すると、ミクログリアがどんどん炎症性に傾き、その結果としてアルツハイマー病の悪化をもたらすことが実証されています。その結果、アミロイドβが蓄積し、特定の炎症性サイトカインが持続的に放出されて、ニューロンに損傷を与え始めます。
また、炎症の活性化が続くと、ミクログリアのアミロイドβの貪食効率が低下し、ミクログリアのアミロイドβ分解活性が低下し、その結果、アミロイドβプラークを分解する能力の低下につながります。これは私たちが実験で示した結果と同じです。
ミクログリアが アミロイドβ を除去する能力が低下するにつれて、末梢のマクロファージが アミロイドβ を除去するために 脳内に動員される可能性があります。
末梢マクロファージの脳への動員は、炎症をさらに悪化させてアルツハイマー病の病態を悪化させる可能性があります。
アルツハイマー病は全身の炎症と関連する
多くの研究が、末梢炎症と認知障害の関係を実証しています。アルツハイマー病患者では、慢性炎症に特有のサイトカイン(TNF-α、IL-1β、IL-6)が高いことが明らかになっています。
全身の炎症によって、血液脳関門(BBB)が損傷し、全身の免疫細胞が脳に侵入することが可能になります。アルツハイマー病ではミクログリアが炎症による損傷を受けやすく、その結果、炎症反応がさらに悪化します。
この論文では、「ミクログリアの反応がどのように制御され、その反応をどのように修正するかは、重要な課題となっており、アルツハイマー病の治療における重要なトピックです」と結んでいます。
アルツハイマー病は生活習慣と関連がある
アルツハイマー病が生活習慣と関連していることは多くの研究で証明されています。生活習慣は体内の炎症に関係しており、慢性炎症はアレルギー疾患と関連があります。多くのアレルギー疾患を持つ人は認知症を発症する可能性が高いことがわかっています。
死後調査により、アルツハイマー病の患者の脳内では強力な免疫反応がおこっていることが明らかになっています。アルツハイマー病の病因は、自然免疫が中心的な役割を果たしていると考えられるようになってきました。
マクロファージとミクログリアは、病原体に対して最初に応答する自然免疫の細胞で、炎症、回復、修復、獲得免疫の調整においても主導的な役割を果たします。
このような免疫応答の方向を決定するのが、マクロファージとミクログリアの表現型です。表現型とは「観察上の特徴」です。マクロファージとミクログリアはどちらも頭文字がMなので、炎症型はM1型、抗炎症型はM2型と呼ばれています。
この呼び方は実態を表していないと批判があります。私たちは、ミクログリア(マクロファージ)が自爆死に至る前後で炎症性サイトカインを放出する状態がM1型であると考えています。M1型に対して炎症を抑制するミクログリア(マクロファージ)がM2型です(Bioscience, Biotechnology & Biochemistryに投稿中)。
自爆死を起こすのがM1型、起こさないのがM2型です。簡単のためにM1型/M2型の名称を使うと、M2型からM1型への移行を促進する生活習慣がたくさんあることがわかります。
例えば、グラム陰性菌のリポ多糖(LPS)はM1型マクロファージ(ミクログリア)を誘導することが知られています。高脂肪食を好む人の腸内では、胆汁酸の分泌が増加して、腸内細菌のうち胆汁酸への耐性の高いグラム陰性菌が優位となります。
また歯周病菌として知られるジンジバリス(P. gingivalis)や、フソバクテリウム( F. nucleatum)などもグラム陰性菌に属しており、LPSを産生して、マクロファージ(ミクログリア)をM1型に誘導します。
特にグラム陰性菌が放出する細胞外小胞(外膜小胞OMVといわれる)はLPSなどの毒素を全身の細胞に送って、炎症性疾患を引き起こすことが知られています(Chen et al, 2023)。
そのほかにも、さまざまな生活習慣がマクロファージのM1型への移行に関係しています。たとえば運動不足やワクチン接種なども含まれます。
食事パターンによるマクロファージの機能変化については、特に腸マクロファージの機能が健康に与える影響が大きいために、特に関心を集めています。高脂肪食については先に書きましたが、高塩分食はマクロファージに対する炎症誘発性刺激が、多くの研究で実証されています。高タンパク食も腸マクロファージにおけるTNFα、IL-1βの発現が高いとされています。
地中海食はマクロファージのTNFα、IL-6産生が減少し、平均寿命を延ばすことが述べられています。慢性炎症を抑える生活スタイルを送ることによって、慢性炎症を抑えることは可能なのです。
次回予定
05_遺伝子変異が炎症を引き起こす
脳内の慢性炎症は、アルツハイマー病などの認知症を引き起こす可能性があります。また全身の炎症は血液脳関門を壊して、脳内への免疫細胞などの侵入を許すようになるようです。
アルツハイマー病には散発性と家族性がありますが、家族性の場合、遺伝子変異は炎症とどのようにかかわるのでしょうか。
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