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占い案件ではない場合の対処法
久々に鑑定していて、占いをやっていて、
占いや鑑定案件ではなく、
範疇外=病院案件、がきた。
ぶっちゃけ入院案件、がきた。
まあね、最近多いので、
慣れては来ていますし、
私自身、そういう方の対処をするために、
心理カウンセラー資格や上級心理、
うつ病アドバイザ―とか夫婦カウンセラーとか
勉強したわけですよ。
(今は子供のチャイルドカウンセラーも勉強したい)
だからこそ、
鑑定のご依頼が来たときに、いくつかお話をして、聞いて、
尋常じゃない状態だというのは感じていて。
占いや占い師、
鑑定や鑑定士にできることって限界があるので、
その範疇外な時はきちんとお断りしています。
ただね、今回は、
最初の出会いなども含めて、
とてもとても良い人だったの。
最初は楽しいやりとりだったの。
だからこそ、私の方も感覚が鈍っていて。
誰しもそうだと思うのだけれど、
最初の時こうだったから~
とか
いい人だから~
とか
そう言うものに囚われてしまって、
返答に困った。
判断に困った。
とっさに動けなくなったの。
今の私は、数年前の孤独な鑑定士・占い師ではなく、
相談できる仲間(と言っては失礼な、この道の先輩)もいるし、
ちゃんとマヤ暦で相談できる師もいるので、
(最初の所の先生は、講座の中でしか回答してくれなかったので)
今回は迷いに迷って、
でも、自分なりにちゃんと伝えるべきことは相談者さんに伝えて、その上で、どう対処したらいいですか?と問うたのです。
そう言う環境があって本当にありがたかったし、
今回は、とても良い人が変わってしまった案件だったので、
私自身、もう占いは辞めようか、
鑑定も辞めようか思い悩むほどの事で、
でも、ちゃんと聞いてくれて、意見をくれた先輩方の
「でも、どうにかしてあげたかったんだよね」
「わかるよ……」
という言葉に、抉られた。
響いた、と言ってもいいのかもしれない。
正直、やられた。
心を矢で射られた感じ?
病んでいる人でそれに自分で気づける人はまだいい。
でも、病んでいてもそれを自覚できない人は多いし、
認めたくない人も多い。
そう言う人ほど、スピや占いで
自分を正当化しようとするのを何度も何度も見てきた。
そう言う人ほど、言っている事がおかしい。
でもそれに気付けないし気づこうとしない。
というかできない。
できないくらいに傷ついて、自分の心を守らなきゃいけないから保身するために誰かに聞いてほしくて、認めてほしくて、
貴方は悪くないよ、って言ってほしくて占いに来る人もいるのだ。
承認してほしい、のかもしれないね。
自分では認められないから、
誰か=占いとかができる少し達観した人?に
「あなたは悪くない、そのままでいいんだよ」
って言ってほしいのだろうね。
昔の私なら、
まだ鑑定を始めたばかりの自分だったなら、
もしかしたら、凄く良い時を過ごしてきた(鑑定で話してきた)その人の事も知っているからこそ、親身になって話を聞くこともしただろう。したかもしれない。
でも、今の私はそれが、それをすることが最善とは限らないということを身をもって知っている。
関係も悪化するし、どちらの為にもならない。
自分が損をすることはまだいい。
でも相手のためにならないのが嫌なのだ。
心の事を学んできて(まだ入り口にも満たないかもだが)
その今の私でさえも、これは占いや鑑定案件ではないと感じた。
そして、占い師・鑑定士ごときが踏み込んでいい領域ではない、
というのも感じた。
悩みを抱えている人からすると、
答えを導き出す占い師や鑑定士は凄い人という風にみえたり捉える人も多いようだけれど、占い師や鑑定士は魔法使いではない。
ただの人なわけだ。
そして霊視ができる人ですらも、人なのよね。
その人でしかない、ただの人間が、
出来る事等知れている。
時に人は無力だと言うけれど、
占い師だって無力だし、
鑑定士も同じく無力だし、
そもそも鑑定を受けていても、
何かその人の為にできるか?と言ったら、
できる事なんてほぼほぼない。
無力なのよ。
話を聞くことはできる。
学んできたこと
体験したことを伝えることはできる。
でも、その先で決断して行動するのは相談者さん。
占い師でもないし、鑑定士でもない。
言ったことも、覚悟と決意、行動が伴わなければ
何も変わらないし未来も現実も変わらない。
医者でもない、カウンセラーでもない者に
できることと言ったら、
自分の範疇外の案件は、きちんと誠意をもってお断りすることだけだ。
ほんと、占いも鑑定も、無力よ。
できる事なんて、ない。
できるとすれば、ちょっとした気づきになる話とか、
背中を押せるかどうかは分からないけれど、
共有した鑑定の時間内は耳を傾け、
寄り添うことだけなのではないかな。
(気づきになったかどうかも、鑑定時間内に起きればまだ良くて、後から気づくことは多いし、結局それをまた依頼して教えてくれる人なんて極少なので、知ることも少ない悲しい仕事かもしれない。)
誰かを変える事も、
なにかをすること、
なにかできることもほんとに無いなぁ、
と日々実感する仕事だな、と常々思うのだ。