【地域ブランディング】 その都市のファンになってもらうこと 前編
アートアンドサイエンスのブランディングスタイリングディレクターの岩本です。ブランドエクスペリエンスデザインを掲げるアートアンドサイエンスで、CI/VIなどブランドのスタイリングデザインに関わるメソッドやフレームワーク、具体的なソリューションを開発しています。
今回は、アートアンドサイエンスのオフサイトミーティングで発表した「『シビックプライド』レビュー」をシェアします。
「選ばれる」都市
都市のブランディングの必要性は、人口の減少やグローバリゼーションによる都市間競争の激化が要因となって、都市が「選ばれる」ものとなったことにともなって増してきています。
効果的な都市のブランディングのためには、都市と人々を結びつける方法や接点そのものをデザインすることが重要ですが、そのコミュニケーションデザインの参考として読んだ『シビックプライド』という本をご紹介したいと思います。
シビックプライドって?
書名にもなっているこの「シビックプライド」とは何でしょうか。本によれば、「市民が都市に対してもつ誇りや愛着」といった意味をもち、単なる郷土愛ではなく、自分はこの都市を構成する一員で、ここをより良い場所にするために関わっているという意識を伴うもの、と説明がされています。
「市民」は必ずしもその都市に住んでいなくてもよいし、「都市」は必ずしも行政区画と一致していなくてもよい、というのも大事なポイントです。東京や大阪などでは、鉄道の沿線にシビックプライドを持つことは想像しやすいかと思います。
たとえ欠点があったとしても
選ばれる都市となるために都市の機能的な価値をあげることはもちろん重要ですが、機能での差別化がある程度飽和してしまうと、「たとえ欠点があったとしても、ここがいい」と、都市と人々が感情的につながる、「愛される」都市を目指すことがより重要となってきます。
シビックプライドを醸成することを、広くその都市のファンになってもらうことと捉えれば、まさにそれはその都市のブランディングを行うこと。
そのコミュニケーションデザインの具体例として、『シビックプライド』から、ひとつ事例を取り上げたいと思います。
I amsterdam
オランダのアムステルダム市のキャンペーン「I amsterdam」です。2004年にスタートし、現在も継続しています。有名なキャンペーンですので、ご存じの方も多いかもしれません。
当時、世界的文脈でのポジショニングの低下を問題としていたアムステルダム市は、新たな戦略を必要としていました。
都市のブランドを構築するのに、たとえば建築物をよりどころとする方法がありますが、アムステルダム市には世界的に著名な建築物はなく、その方法をとれません。世界的に抜きんでた産業があるわけでもありません。
アムステルダム市は自己分析の結果、「クリエイティビティ」「イノベーション」「商業精神」を自己の価値と位置付けました。そして、そのブランド戦略を実施するための指名コンペを行い、アムステルダム在住のデザイン事務所、ケッセルスクラマーの案を採用しました。
ケッセルスクラマーの提案は、「アムステルダムの資産は人」というコンセプトのもと、都市と人々をつなぎ、まきこむキャンペーンのメッセージとして「I amsterdam」を設定し、写真を軸としたコミュニケーションをデザインしたものです。
写真をメディアとして
キャンペーン発足当初、クリエイティブとして発表されたものには、ロゴと写真集、その写真の展覧会があります。
20人の写真家が参加し、それぞれの視点で撮影されたアムステルダムの人々や風景は、多様さ、自由さ、寛容さを、まさに具体的に映し出したものです。写真集はアムステルダム市長が他都市を訪問する際に名刺代わりとなり、同時に写真展を開催できるように計画されたそうです。
ロゴは、どんな写真でもこのロゴを入れさえすればポスターになるよう、シンプルに明快にデザインされ、また、オブジェとして街なかに設置されることで、フォトスポットとなっています。
SNS上でのコミュニケーション
本には掲載されていませんが、写真を軸とした都市と人々のコミュニケーションは、SNS上でもひきつづき実現されています。
Instagramに公式アカウントが開設され、写真が投稿されつづけていますし、またハッシュタグ「#iamsterdam」をつけて人々が自由に写真を投稿し、共有・検索が可能となっています。
また、公式Facebookでは写真のほかにも、アムステルダムに関連した記事がアップされています。
対話のためのデザイン
「I amsterdam」の事例から学べることはたくさんありますが、重要なのは、ケッセルスクラマーがデザインしたのは単なるロゴや写真集なのではなく、人々をまきこむコンセプトとそれを実現する多様な方法であること、かなと感じました。
一方的に話すのではなく、あらゆる方法を使って対話を目指すこと。まさにコミュニケーションデザインです。
ご紹介した「I amsterdam」キャンペーンのほかにも、『シビックプライド』には示唆に富む豊富な事例が掲載されています。少し前の本ではありますが、都市のブランディングにおけるコミュニケーションデザインを考える上で、根幹となるポイントは変わらないのだなと感じました。
後編では、『シビックプライド2』から、日本の事例をご紹介したいと思います。