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アーギュメントと意味のイノベーションにおけるビジョンの関係性を考える/「まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書」を読んで

今回はアカデミックライティングの発想と意味のイノベーションないしプロダクトサイクルの親和性が高い、というお話です。
兼ねてより自分のデザインにはアカデミック・ライティングの影響が強くあると感じていましたが、なかなかそれを人に伝えることができませんでした。その上でつい先日アカデミックライティングに関するとてもいい本が先日発売されたので、感化されてこの記事を書いています。
自分の中でもまだきちんと言語化できたことは言い難いですが、折に触れて整理していきたいと思っています。

まず、デザインやUXに触れる方は「まったく新しいアカデミックライティングの教科書」を読んでください。

※ 本記事はデザインとアカデミック・ライティングの両方に触れたことある人向けの誰得記事です。

アカデミックライティングとの出会い

私がアカデミックライティングと出会ったのは大学院の頃でした。
アカデミックライティングとはざっくり言ってしまえば、人文系論文の書き方-思考法みたいなものです。
私はアカデミックライティングを学んでから、論文以外のフォーマットで物事を考えることができなくなりました。それぐらい強固な考え方です。

なお、一般にアカデミック・ライティングと呼称されますが、アカデミックライティングの本質は、方法論化された論述(持論の提示)と論証(妥当性の証明)のプロセスです。
つまり、学会や論文で要求されるものに限らず、論によって構成される文章であれば全てアカデミックライティングのテクニックが使えます。
例えばプレゼンや資料作りなども。

ざっくり:論述と論証とはなんなのか

まず、アカデミックライティングとは論文を書くための技術です。
そして論文とは論述と論証のプロセスです。

阿部さんの言葉を借りれば、
論文とは、ある主張を提示し、その主張正しいことを論証する文章である」
とのことです。

この主張を英語でArgumentといい、論文はアーギュメントがないと始まりません。

そして論文の価値は、
①主張がいかに現在一般に言われる論から飛躍しているか
②その飛躍の妥当性が、読者にわかる形できちんと論証されているか
で決まります。

本書は、いかに強固で本質的なアーギュメントを作るか、そしてそれを一般論から地続きで記述するかを解説した本になります。

当然ながら②は大事なのですが、この①のアーギュメントの強さ自体が、論文の強さを決定づけます。

意味のイノベーションではVisionを掲げる

さて、デザインの話です。
デザインの世界では、旧来的なただユーザーの話を聞いて改善する方法や、競合・市場調査だけでは革新的なイノベーションが生まれないとされており、イノベーションを起こす方法として、ロベルト・ベルガンティの「意味のイノベーション」が注目されています。

意味のイノベーションは、製品やサービスの機能的な改善を超えて、ユーザーにとっての意味や価値を根本的に変える発想で、ざっくりと説明しますが、ヘンリー・フォードの例がわかりやすいです。

「もし人々に何が欲しいか聞いていたら、彼らは『より速い馬』と答えただろう。」

しかし、人々が本当に求めていたのは「速さ」そのものでした。
この潜在的なニーズを理解し、馬車ではなく自動車を開発したことが、移動手段の意味を根本的に変えました。
これこそが意味のイノベーションの本質であり、ユーザーの未表現のニーズを掘り起こし、まったく新しい解決策を提供することで、製品やサービスの意味を再定義したのです。

おそらくに「人々が本当に求めているものは早さであり、早さを体現する製品を作る」という起点から車が生まれたのだと思っているのですが、この起点のことを意味のイノベーションではVisionと言います。

Vision as Argument

意味のイノベーションにおけるVisionは、論文におけるアーギュメントとみなせます。アーギュメントとみなすことでVisionをどう捉え直すことができるのでしょうか?

  1. 論証に値する説かどうか
    Visionが現在の説からほとんど変わらなければ、そこにインパクトは生まれません。
    既存の概念を覆す斬新な提案であることは、それ自体が証明に値します。

  2. 批判に耐えうる強度を持ったVision作り
    しかしながらVisionを突飛な発想として作るのはなく、深い文化的洞察や未来予測に基づいており、潜在的なニーズを示す事実を積み上げて考えることができます。

  3. 目指すものと手段を切り分けて考えることができる
    時として良いVisionを掲げてもサービスに失敗することがありますが、それは必ずしもVisionの目指す方向が悪いのではなく、それの実現(論証)に失敗しただけと捉えることができます。

論文とサービスの違いあるとすれば、サービスは最初からPDCAが仕組みに組み込まれており、論証の筋が良くないものはどんどんサイクルを回して改善していくことが一般的なことでしょうか(論文ではこれは執筆中に行われる作業です)

また、このように捉えることで、一時的なトレンドや表面的なニーズに惑わされることなく、長期的な視点で何を達成したいかを実現し、より本質的で持続可能な価値提案を追求することができるのではないでしょうか。

プロダクトサイクルとは論証のプロセスである

このようなアプローチを取ることで、デザインは自らの目指すべきVisionの提示と、それらを検証するプロセス(サービスローンチとPDCA)と捉えることができます。

UXデザインの世界でプロダクトを作る過程を「論文を書く」ことに例えると、面白い共通点が見えてきます。

1.アイデアを考える = 論文のテーマを決める
例えば、スマートフォンの開発を考えてみましょう。従来の携帯電話の概念を超えて、「常時持ち歩けるパーソナルコンピュータ」というVisionを掲げることは、それ自体が強力なアーギュメントとなります。このVisionは、人々の生活様式や情報アクセスの在り方を根本的に変える可能性を秘めており、それゆえに論証に値します。

2.市場調査をする = 先行研究を調べる
このVisionを実現するプロセスは、まさに論文を書くプロセスに似ています。まず、既存の携帯電話やPDAの市場調査を行い、ユーザーの潜在的なニーズを探ります。これは先行研究のレビューに相当します。

3.プロダクトのコンセプトを決める = 仮説を立てる
次に、具体的な製品コンセプトを決定しますが、これは仮説の設定に似ています。「タッチスクリーンとアプリケーションエコシステムを組み合わせることで、より直感的で拡張性の高いデバイスを実現できる」といった具合です。サービス/プロダクトデザインでは、アイディエーションを経てこれを導出します。

4.プロトタイプを作ってテストする = 実験をして結果を分析する
プロトタイプの作成とユーザーテストは、実験とデータ収集のプロセスそのものです。
ここでは、実際のユーザーの反応を観察し、仮説の妥当性を検証します。得られた結果を基に製品を改善していく過程は、論文の考察と推敲に相当します。

5.製品をリリースする = 論文を発表する
最終的に製品をリリースすることは、論文を発表し、その主張を世に問うことと同じです。
強いていうなら、現代のサービス/プロダクトは永遠にプロトタイプかもしれませんが(ローンチ後もPDCAを回してくので)

まとめ

アカデミックライティングの発想をUXデザインに取り入れることは、この分野に新たな地平を開くものだと思っています。
このアプローチを採用することで、UXデザインは単なる問題解決の技術から、新しい知識と価値を創造する革新的な営みへと進化することができる…かもしれません。

というわけで、みんなもぜひアカデミックライティングを読んでください。

その他

ちなみに、自分が書いたアカデミックライティングの考えを根底にした記事はいくつかあります。

昔書いたものもあるので拙いかもしれませんが…


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