32arts|マ・ヤンソン/MADアーキテクツ《Tunnel of Light》(新潟県十日町市・清津峡渓谷トンネル)
新潟県十日町市の清津峡渓谷トンネルに行ってきました!
清津峡渓谷は日本三大峡谷の一つとして知られ、国の名勝・天然記念物にも指定されています。1996年にトンネルが開坑し、2018年に大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレの参加作品、マ・ヤンソン/MADアーキテクツ《Tunnel of Light》としてリニューアルしました。
2009年にも、山本浩二さんによる炭の彫刻群「フロギストン」を展示する《清津峡渓谷トンネル美術館》として参加しています。
新潟県十日町市は国宝・火焔型土器(十日町市博物館蔵)が出土した笹山遺跡がある地域。暗いトンネル内に炭化した不思議なフォルムの彫刻が並ぶさまは、洞窟で石器や土器をみているようで、縄文の息吹を感じました。
大地の芸術祭とは?
大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレは、2000年より3年に1度、十日町市と津南町を合わせた越後妻有エリアで開催される、日本を代表する国際芸術祭です。
国内外のアーティストが地域の気候風土や歴史・文化を反映した作品を制作、全国から集められたボランティア集団が運営のサポートとして活動して、展示場所の提供や作品の参加者として地域の人たちを巻き込みながら行うスタイルは、アートによる地域活性事業のロールモデルとして、他の地域の芸術祭にも影響を与えています。
第8回となる今年は、2022年4月29日〜11月13日まで開催。38の国と地域から263組のアーティストが参加、常設作品210点+新作・新展開作品123点という大ボリュームで開催しています!
点数もさることながらエリアが広大なので、全制覇を目指すのであれば1週間はかかるでしょう。季節限定公開の作品やイベントもあるので、もう住まないと無理。
《Tunnel of Light》
《Tunnel of Light》は、自然の「5大要素」(木、土、金属、火、水)を利用した6つの要素から成っています。
[ペリスコープ(潜望鏡)](木)
トンネル手前の建物がエントランス施設。1 階が売店とカフェ、2 階が足湯となっています。2階の天井に空いた穴からは、外の自然を眺めることができるそう。(気付かなくて未鑑賞でした。申し訳ない。)
トンネル入口で入場料(大人800円)を支払い、検温と消毒を済ませると、紙のリストバンドを渡されます。これを確認すれば、他の作品を回るときに都度検温しなくても済みますね。
[色の表出](土)
トンネルの通路内は5つの異なる色に照らされ、ミステリアスな音が微かに響来ます。写真では全体的に赤や青の光が行き渡って明るくみえますが、実際は隣の人の表情もよくわからないほどの暗さに、ぼうっとランプが灯っています。
渓流や山の緑から一転、どこか違う次元に迷い込んでいくような気持ちに。なんとなくソワソワして、人の気配や様子、トンネル内のサインや壁の小さな凹凸など、キョロキョロと辺りを気にしながら歩いていきました。
そうして、暗く鮮烈な色のトンネルを進むうちに、鑑賞者の眼や頭は見慣れた世界から切り離され、感覚が鋭敏になっていきます。
全長750mあるトンネルの道中には、3つの見晴所があり、その終着点にパノラマステーションがあります。
第一見晴所はシンプル構造、視界一面に斜めに亀裂の走った岩壁が飛び込んできます。これは「柱状節理(ちゅうじょうせつり)」と呼ばれ、溶岩が冷える際の体積収縮によって五角形や六角形の柱状に割れたものです。
人工のトンネルから眺める自然の造形、そのダイナミックな対比に圧倒されます。
こういうジオグラフィックな造形、いいですよね。柱状節理と河岸段丘(かがんだんきゅう)、ポットホールくらいしか知らないんですけど。
[見えない泡](金属)/[Flow]
第二見晴所には、錯覚を引き起こしそうな光景が広がっていました。黒と白の壁面は[Flow]、中央のドームが[見えない泡]です。
清津川の流れを表現した黒と白のストライプは左回りに旋回して、鑑賞者の視線を奥へと引き込みます。鏡面仕上げのドームは周囲の景色を反射して、カモフラージュの如く、その輪郭を曖昧にするのです。ドームに映り込んでいるはずの鑑賞者も、鏡面にアールがあるために細くなり、その存在感は薄らぎます。
中央のドームの正体は、なんとお手洗い!
内側からは外の景色が透けてみえるのですが(マジックミラーになっていて外からはみえません)、半球部分には小さな斑点がいくつも浮かんでいて、シャボン玉の中から泡越しに周囲を眺めている気持ちになります。
[しずく] (火)
第三見晴所には、赤いバックライトに照らされた円形の鏡が、湾曲した壁面に設置されています。景色を反射する円形の鏡は、タイトル通り「しずく」のようでもあり、「穴」のようでもあります。
「風の谷のナウシカ」の王蟲にも似ていますね。赤いから怒ってますね、大変。
第二見晴所では鑑賞者の存在は外界に飲み込まれていましたが、ここでは鏡が鑑賞者の姿をさまざまな角度から映し出します。まるで複数の目にみられているようです。
「人間が景色をみる」というベクトルが逆転して、「景色に人間がみられている」とも言えます。
[ライトケーブ(光の洞窟)](水)
そして、終着地点のパノラマステーションに到着。清津峡渓谷の荒々しくも整然と並ぶ柱状節理の岩肌とV字に抜けた空は、水面に反転して映り込み、円の奥へと消失していきます。
トンネルは半鏡面のステンレス板で覆われ、水は風に揺らぎ、半円の開口部からは日の光が差し込みます。鑑賞者はシルエットとなり、壁面も水面もぼんやりとした人影を映すのみ。
第二見晴所で自身の存在感を極限まで消しながら外界を眺め、第三見晴所では外界から眺められる。「人間⇄自然」という双方向からの視線を体感した鑑賞者は、パノラマステーションにて清津峡の景色と溶け合い、自然と一体となるのです。
マ・ヤンソンが設立した建築事務所、MADアーキテクツは「東洋的自然観を基に現代社会における新しい建築と都市の在り方の発展に取組み、人々の感情を中心に据えた未来都市「山水都市」のコンセプトを核とし、人と都市と環境との新たな関係性の創出に専心している」(大地の芸術祭HPより)とのこと。
彼らの作品群は、大きなうねりや丸みを帯びた造形によって壮大な景色を生み出しています。この清津峡では、大規模に手を入れることなくスケール感を出すことに成功しています。
この作品を通して眺めるものには、「風景」ではなく「景色」という言葉がぴったりのように思います。「景色」には、ただあるがままの自然ではなく、そこに何かしらの趣や雰囲気を見出す美意識が感じられます。
やきものの表面にあらわれた色や模様も「景色」といい、風景や自然物に見立てて、それを元に銘(ニックネーム)を付けるなど、愛でるポイントのひとつです。
本作はそうした「東洋的自然観」を反映した見方を促す装置なのではないでしょうか。
実際に体験してみよう!
新潟県屈指の映えスポットとして有名な《Tunnel of Light》。立て看板には写真撮影の注意点などが記されています。
前述の通り、逆光なので加工なしでもプライバシーの配慮ができて便利。
水槽の外周は水たまりくらいの深さなので、ギリギリ靴に水が染み込まずに済みました。うっかり内側に行きすぎないように注意が必要です。
6月後半だったので人は少なかったのですが、夏休み期間中で混雑が予想される7月30日(土)~8月21日(日)は事前予約が必要とのこと。訪問の際はお気をつけください。
トンネルの前半には、清津峡の地形や植生を紹介するパネルやジオラマがあります。マグマが冷えて固まった柱状節理に加え、ブナやミズナラが多いことから、火山と豊かな水資源が、雄大かつ清涼な清津峡の眺めをつくり出していることがわかりました。
こうして地形や植物に表れる地域性を知っていくと、アートだけでなく清津峡そのものにも興味が湧いてきますね。
私と大地の芸術祭
最初に働いていた事務所にて、大地の芸術祭のガイドブックや記録集、拠点のひとつ「越後妻有里山現代美術館[キナーレ]」(現・越後妻有里山現代美術館 MonET)の紹介冊子の編集・校正をしていました。記名のない本もあって、何をやったのか覚えてないものもありますが、何かしらやった記憶があります。
2015年にはプレスツアーにも参加し、バスから深い緑や豪雪に対応したとんがり屋根の家々やかまぼこ倉庫を眺めながら、いくつか作品をみてまわりました。
大地の芸術祭の作品たちは、美術館や資料館、宿泊施設のほか、民家や神社、田んぼといった地域の人たちの土地をお借りして作品を展示しています。プレスツアーで宿泊した民宿の女将さんが「外国の方も来るからお風呂の入り方を説明したり対応が大変なのよ」とおっしゃっていましたが、地域の人たちの住んでいる土地に作家や鑑賞者といった来訪者(悪い言い方をすれば他所者)がやってくるのですから、地元の負担も大きいのです。
そのため、大地の芸術祭や瀬戸内国際芸術祭などでは、住民の方向けに説明会を行うなど、コミュニケーションを取りながら運営をしています。
先日、越後妻有里山現代美術館にて作品が壊される事件がありました。大地の芸術祭やその作品には、作家や関係者だけでなく地元の人たちの想いも詰まっているので、しばらくショックでした。
私は監視員時代、学校の宿題で訪れた学生さんや親御さんの興味のなさそうな様子、反対に親御さんが熱心すぎて鑑賞の幅を狭めてしまっている様子などをみています。鑑賞の妨げにならないよう、結界(作品前の棒やロープ、テープなど)や順路のサインを目立たせたくない学芸員さんの声も聞いています。これには現代美術では展示空間も表現の要素となるため、警備が物々しくなることで鑑賞者を萎縮させないためなど、さまざまな理由があるようです。
それぞれ思うところはたくさんありますが、アートに不慣れな方や積極的に鑑賞するマインドのない方に、アート好きの思想や振る舞いを押し付けることで、苦手意識や嫌悪感を持ってほしくないと思っています。
大地の芸術祭には、田んぼを絵本の1ページのように見せるイリヤ&エミリア・カバコフの《棚田》、遺跡のような《胞衣―みしゃぐち》(古郡弘)、派手なかかしが田んぼのアクセントになっている《中里かかしの庭》(クリス・マシューズ)など、異質なようで地域に馴染んだ作品群がたくさんあり、常設の作品は芸術祭開催期間外でも鑑賞することができます。
また芸術祭以外にも、 十日町市には国宝の火炎型土器や温泉もありますし、津南にはひまわり畑や日本一の河岸段丘、百名山のひとつ苗場山があります。新潟はお米やへぎそばだけでなく、キュウリやアスパラも美味しいです。
ぜひ、アートだけでなく、越後妻有の地域の魅力を存分に味わってほしいです!