Acceleration Error: ARCA Out of Memory おまけストーリーC
「な、なんですか、このCDは……。」
宇沢レイサは、ここ数ヶ月の思い出を逡巡“させられた”。
一度も聴いたことがないはずなのに、強烈なデジャヴを感じる。一つ一つのメロディが「自分についての旋律」のように感じる一方、どうしようもなく遠く離れたところから何かがにじり寄って来る感覚も訪れる。それなのにどうしようもなく踊り出したくなるような……。
「と、とにかく調査の必要があります!」
宇沢レイサは急かされるようにリュックにCDを押し込み、帰路についた。今日のパトロールの予定ルートを一つ残し忘れたまま。
ーー数日後。
「レイサが行方不明?」
シャーレにスズミが訪れた。曰く、ここ2日間レイサと連絡が取れず、しかしわずかな手掛かりはあるようで……?
「これが……見つかったそうなのです。」
それはレイサがいつもたくさん身につけている星形の髪飾りの一つだった。また、見つかった場所はミレニアム自治区とも距離の近いトリニティ自治区の辺境で、正義実現委員会などもあまり巡回せず、そのニッチを埋める自警団もそこまで多くは巡回しない地域とのことだった。
「それに加えて押収品のCDが持ち去られたようなのです。聴かないように言っておいたのに……。」
そのCDはミレニアムサイエンススクール・セミナーの要請によって関係自治区にて押収されているという。
「そのCDが怪しいんだね?とにかく、行ってみようか。」
「ああ、あの子のことだね。それなら、この12時間、大体40分を『1ループ』として、夢中であそこで曲をかけ踊り続けてるよ。同じ動きで。疲れたり、といった様子もないし……。」
レイサについて尋ねると、ヘルメットをかぶった生徒は、たくさんの人が群がる中心、DJブースを指さし話した。ここは、カフェ・サイベリー。自治区の主権が届きにくい辺境にあり、普段は自治区の中心部で鳴らすことが憚られるような大音量の音楽と共に音楽と紅茶やコーヒーを楽しむ場所のようだ。
「いや、ちょっと待ってください。『ループ』ってなんなのですか?」とスズミ。
「小説とかノベルゲームとかで読んだことない?アレだよアレ。」
「わかりますが、ループしている証拠はなんなのですか?ループって外側から見れるものなんですか?」
「でも少なくとも長い周期ではあるけど同じ動きを繰り返しているようにしか見えないんだよ。私はかかってる音楽とそれを聴く音量がトリガーに違いないと思ったのだけど、どうも違うのかもしれない」
「……どうすればアレが止まると?」
「あのCDに入ってる曲でやたらテンションが上がるのは知っていたのだけど、こんなことになるなんて思いもよらなくて……。近づいてみたのだけど、私には単に楽しくなっただけで『時間が巻き戻った』みたいな感覚はなかったんだよね。しかもDJブースは私が触っても何も起こらないみたいなんだ。だから今のところ皆目検討がつかないんだよ」
高速の音楽が流れる中、三人は沈黙した。
そこでスズミが思わぬことを言い出した。
「レイサさんだけずるいです!ずっと曲をかけ続けて……私だって大音量で好きな曲をかけてみなさんを踊らせたいですよ!!!」
そう言うとスズミはポケットからUSBメモリを取り出してDJブースに駆け出し、CDJに挿入した。
「か、介入できた……?」とヘルメットを被った少女がこぼす。スズミが曲を繋いでかけ始めた瞬間、何故だか、鮮烈に思い出した。
赤く染まる空の中、私たちの方舟がアトラ・ハシースの方舟に突入したあの瞬間を。
ただし、逆再生で。
「ここまでわけがわからないと、もうさすがに先生を頼るしかないか……」
そう言うとヘルメットを脱いで現わになったのは、やはりよく見知る顔だった。マキだ。通信の声も聞こえてきた。
「眉目秀麗の天才病弱美少女も流石に先生の意見を聞かねばならないようです。」
ヒマリはそのCDが回収されている理由を話してくれた。エリドゥに残っていたデータからヒマリがサルベージした音声ファイル。解析の結果、害はないが単にすごくテンションが上がる音楽だと判断しヒマリはヴェリタスがアクセス可能なファイルサーバーのディレクトリにわざとそれをおいていた模様。それを見つけて聴いてみたマキが学内ネットワークに流出させた。その結果ミレニアムは3日3晩お祭り騒ぎに。セミナーはこの事態を重く見て、またヒマリ自身もさすがに判断の誤りを認めたため、セミナーからの要請で特異現象捜査部と珍しくヴェリタスの前向きの協力のもと、学内ネットワークからの削除や物理盤となって流出したものの回収を急いでいるという。今のところやはり単なる音声ファイルだとしか思えないのであるが、このような作用を引き起こすものは軽度ではあるが特異現象と呼べるかもしれない、程度の認識だったそうだ。しかし、この状態になったレイサを発見し、さらに事態は深刻に。状況を分析していたという。
…………それからとくに何も進展せず2時間が経ってしまった。
レイサB2Bスズミはひたすらに曲をDROPし続けていた。
「ループはしてるけど、何かおかしくない?」
「先生もそう思うよね?」
同じ動きと選曲は繰り返しているように見えるものの、周期は、明らかに短くなったり長くなったりし、不安定化していた。
「ここまでの話を整理しますね。スズミさんはレイサさんの同僚で、それなりに深い関わりがあった。スズミさんがCDJにUSBメモリを挿すとそれまで私たちが変化させられなかった状況が変化し、ループの構造が不安定になった。」
「先生、他になにか思い当たることはない?」
そこで、さっき思い出した赤い空のことを話す。ヒマリは一寸考え込んだあと、口を開いた。
「おそらく先生があの状況を、しかも逆再生で思い出したのは、スズミさんがレイサさんの選曲に介入できた結果、収束していた可能性がなにかの逆過程に沿って状態が重なり合った状態に戻ったからです。ちょうど方舟に突入したときと真逆の現象です。そしておそらくループに介入できる条件は、『レイサさんと精神的に深く繋がりがある生徒が、レイサさんの選曲への介入の意思を持ってDJに参加しようとすること』でしょうか。選曲への介入の意思は、おそらく可能な文脈への介入の意思と位相同型です。これによって今二人のB2Bはなんらかの重ね合わせ状態にあるように思えます。ただの音声ファイルにそのような状況が作れるとはにわかに信じがたいですが、目の前で起こっている以上、そうとしか考えられません。」
「おそらく、もう一人、介入できればデコヒーレンスを発生させて正常な側に状況を収束させることができるはずです。確証はないのですが……。」
そこで不意に脳裏に浮かんだ一人の生徒がいた。彼女に電話をかけるーー
「それで、宇沢を助けるために急遽DJ機材の使い方を覚える羽目になったんだよね」とカズサ。
「にひ、音楽でそんなすごい状況になるなんてまさにロマン…ロック?」
「結局そのときは何とかなったんだけど、宇沢、性懲りも無くCDを集めてDJ続けてるらしいよ、まあ普通のやつだけどね。」