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【こはる日和にとける】#10 音痴はうたう
かつてわたしの音痴は、ぺらぺらのベールに覆われて危うくも巧みに存在していた。
それは両親でさえ気づかない。
なんなら小学校の音楽会でソロパートを任せる先生なんかもいて、音楽の時間はいつバレるかとひやひやしたものだった。
慎重にまわりを見て、歌えるふうに背伸びして。
それはまるでつま先立ちでよろよろしながら歌っているようで、ほんとはずっと居心地悪かった。
けれどよほど巧く立ち回れていたのか
そのベールは剥がれることなく無難に大人になり、しかしそれはある時あっけなく露見することとなる。
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その日の朝、何気なく鼻歌でついて出たのは『やぎさんゆうびん』の歌。
♪しろやぎさんからおてがみついた
くろやぎさんたらよまずにたべた
の、いわずと知れた誰もが歌えるあの童謡。
♪し~かたがないのでお~てがみかーいた
さっきのてがみのごよおじなあに
と、ここで、バレた。
完全に気を抜いて、さらに結構な音量で歌ってしまったのがいけなかった。
「さっきのてがみの」が行ってはいけない領域に飛んでしまい。
すると自然、「ごよおじなあに」の着地はあらぬ方向でドシン、と尻餅をついた。
視線を感じ振り返ると、困ったようにしずかに笑っている顔がある。
当時付き合っていた未来の夫である。
ほお。
なかなか好ましい顔で笑う、とくすぐられた。
えーと。
たまたまね、おかしくなっちゃった。
と、再び歌う。
しかし見事なる尻餅、ドシン。
おかしいなぁ。
今日はちょーし悪いわぁ。
悪いんだけど、一応歌ってみてくれる?
「いいよ」と笑いながら、正確な音程で華麗なる着地をビシッときめられた。
そこから「さっきのてがみの」の「き」の飛び方と、「ごよおじ」の「お」の場所、「なあに」の「な」の置き方のレクチャーが始まった。
「これが決まればうまくいくと思うよ」
と、的確でていねいな指導のもと朝から童謡を繰り返し学ぶ大人、当時24才。
内心では楽しんでいるというあざとさが、インスタントコーヒーの香りにまぎれてゆく。
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あれから20年。
夫のDNAか、高校生の息子はK-POPもなんのその。
AメロBメロサビからラップまで、アカペラで涼しげにサラッと歌う。
夕飯を作るわたしの横にきて「ふふん♪」という気軽さで、あらゆる音を自由自在に乗りこなしてみせるのだ。
さぞかし気持ちよかろう。
それって、合ってるの?
悔しくて一応聞いてみると、「まあね」という顔をする。
加えてしゃくにさわるのは、彼がハモり魔なところ。
音楽番組を見ながらは勿論、CMソングも、ドラマの何気ないBGMでさえ、耳に入る音を気に入るとスマホをいじりながら無意識にハモっている。
それって、ハモれてるの?
一応聞くと、また「まあね」という顔で頷く。
ぴりりと癪にはさわるが、自信満々のその顔を実はなかなか好ましいと思っている自分もいる。
そう、わたしだって。
下手は下手なりに歌や音楽は好きなのだ。
だから歌がうまい人をうらやましくも好ましく思い、楽器ができたり、音楽に誠実な人を尊敬もしている。
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生活に音楽は欠かせないし、気に入った歌は口ずさみたくもなるというもので
ゆえに時々、試しに『やぎさんゆうびん』も歌ってみることなんかもある。
すると時を経てもなお、安定のとっちらかり方で尻餅をついてしまうのだ。
恐るべし、童謡。
そんな時は咄嗟に、近くにいるあの顔を探す。
見つけられれば、ほお、と眺め。
そちらも変わりませんねぇ、とあの朝のコーヒーをニヤリと思い出す。
このワンセットを実は最初から気に入っているということは、内緒の話だ。
言えばあまのじゃくな夫は簡単には困ったように笑うあの顔を見せてくれなくなるだろう。
ならば、と素知らぬ顔して喉をならし。
仁王立ちでわたしは歌う。
ベールを剥いだ世界はクリアで清々しく、せいせいしたいい気分だ。
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こんにちは
haruです
ここまで読んで下さり
ありがとうございます
今回は
いつもの幼少期とは視点を変えて
現在のエピソードでした
『こはる日和にとける』という
エッセイ集を書き始めた
初期の頃のもので
まだ
幼少期のことを書こうとは
全く考えもしていなかった頃
有名人でもなんでもない
市井のわたしの
何を書いたとて
興味を持って頂けるとは
今も思っていませんが
それでも
純粋に読み物として
それに足る文章を書きたいと
一生懸命書きました
当時高1だった息子は
大学2年となり
安定のハモり魔
わたしの鼻歌はというと
相変わらず散々で
それに慣れた家族は
困った顔はおろか
呆れ顔すら
滅多にしてくれません
つらまんのぉ
と思いつつ
さらに高らかに
ガタガタの鼻歌を鳴らす日々です
高い空がまぶしい
秋晴れの日曜日
どうぞ
短い秋を愉しんでくださいね
そしてよければ
また
来週の日曜日も
ここで
haru