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【こはる日和にとける】#16 にんぎょひめの憂鬱
「もち、なんこ~?」
2こ~
こたえながらわたしは
けさも水色のスモックと戦っている
はんそでと、ながそでの下着
とっくりのセーター
赤いカーデガン
それらをぜんぶ
おなかでタイツにつっこんで
そのうえからスカートをはく
さらに
さいごにきてこのスモックだ
うでをとおすところで
力尽きた
「おかあさーん」
首にスモックをさげたまま
もちを焼く母のもとへいく
母は「どら」としゃがむと
カーデガンのそで口から手を差し入れ
中でこんがらがった下着とセーターのそでを
グイとひっぱった
よろけそうになるからだを
とっさに
足をひろげて、ふんばる
母はつづけてスカートをめくり
タイツを下ろすと
だんごになった四枚のすそをそろえて
びし、と
きれいにひっぱり出し
タイツに収めてくれた
雪だるまからフランス人形に変身したくらい
すっきりとした気分になる
「おかあさん~。かみ、のびた~?」
「のびた、のびた」
「どのくらい、のびた?」
母はちらとわたしを見上げ
「んー、ちーっとはのびとるよ」
笑いをこらえたいつもの顔で
そう、とぼける
「もう。やっぱりのびとらんやん」
ためいきをつきながらわたしは
そろったそで口をゆび先でつかんで
しんちょうにスモックにうでをとおした
これでとりあえずの支度がととのう
にんぎょひめになる日も
ふだんとそう変わらぬ朝だった
*
「にんぎょひめ役はちーちゃんです」
おゆうぎ会の劇の配役を
先生が次々と発表していく
年長組になって
担任はいとう先生になった
もも組のときの
こう先生より年若の先生だ
肌が透きとおるように白くて
近くに寄ると、お化粧のいいにおいがする
笑うと目がほそーくなるのと
歌うときと話すときの声が
ぜんぜんちがうところがふしぎで
わたしは気にいっている
「おうじさまは、しんくん」
あ、だいちゃんじゃないのか
工作のりのへらをかしてくれて以来
気になるあの子は
べつの劇のおうじさまにえらばれた
ちょっとだけ
あーあ
と、おもう
それから
あと、この髪の毛
いつもは伸びるまもなく
モンチッチみたいに
みじかく切ってしまうわたしの髪
役がきまった秋からは
一度も切っていないのに
ぜんっぜんのびてない
ひっぱっても
海苔をたべても
ぜんぜんだ
おかげで毎朝
母と同じやりとりをくりかえしては
ためいきをついている
ほんとうならおひめさまは
ながくてゆたかな髪を湛えているべきだろう
なのにけっきょく
わたしのときたら
すこし毛がのびたモンチッチ
にしか、ならなかった
「にあうねぇ。かわいいねぇ」
お着替え部屋にいとう先生が入ってきて
みんなにそう声をかけている
もうすぐ『にんぎょひめ』の本番だ
わたしの衣装は
襟なしの白シャツに
赤いチュールのミニスカート
白いタイツをはいたら
その上から
虹色に輝くキラキラのズボンをかさねてはく
にんぎょから人間に変わるとき
まわりを囲む姉たちから
尾びれであるズボンを脱がされて
足が現れる、というすんぽうだ
「ちーちゃんも、にあってるよ~」
声をかけにきてくれた先生が
わたしの前でひょいとしゃがむ
「先生、かみ、のびんかった」
しょんぼり、という顔をつくって
ちいさくそう言う
「なんね、のばしたかったと?」
こくん
「ちーちゃんはその髪型がいちばんにあうよ。
ほら、見て」
先生はじぶんの頭を指さすと
「せんせいも、おんなじ」
と、目を細めて笑ってみせた
あ、そっか
いとう先生もモンチッチみたいな
ショートカットだ
入園式ではじめて見た先生は
まっ白の葡萄がこまかく刺繍された
まっ白いスーツを着ていた
耳たぶにも
白い葡萄のイヤリングが揺れ
そのぜんぶが先生によく似合って
わたしはほけっと見惚れてしまったのだ
おひめさまみたい…
なんの違和感もなく
そうおもった先生の髪型は
そのころから
有無をいわさぬショートカットだった
たちまち
胸の奥がくねくねと小躍りし
ぷちぷちと弾ける
いとう先生とわたしは
ウッシッシ、の顔をして
本番の幕が上がるのを
今かと心待ちにした
舞台では
にんぎょひめ(わたし)が
魔女(あやこちゃん)からもらった薬をのんで
バタン、と倒れた瞬間
「おねいちゃん!!!」
客席にいた妹が叫んで泣き出すほどの
迫真の演技を披露することもできた
そして
恋にやぶれたにんぎょひめは
泡となり
天国への道(出演者全員で作る花道)を
ゆっくりと歩きながら終幕となる
最後のあいさつで
モンチッチみたいなわたしのとなりに
おうじさまとおうじょさまが並んだ
おうじょさま(ふみちゃん)は
しっかりと長い髪をたたえて
ピンク色のロングドレスを着ている
そういえば
にんぎょひめは
おひめさまにはなれないのだ
そっか
と、おもう
そして
ま、いっかと
弾けたぷちぷちをしずかに回収した
かえりの会を終え
わたしはまた
もこもこにふくれたスモック姿に戻り
いつもの道をあるいて家に帰る
すいとうと園バッグが
きちきちに胸の前で交差していて
いつにもまして、居心地がわるい
あしたは
もち、なんこにしようかなぁ
とってつけたように
空いたこころでかんがえる
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明けましておめでとうございます
haruです
本年も
毎週日曜日に
『こはる日和にとける』を
投稿していきます
初夏か
梅雨の初め頃には
最終話をお届け予定です
さいごまで
読んで頂けたら
うれしいです
どうぞ宜しくお願いします
さて
新年最初のエッセイは
〝にんぎょひめの憂鬱〟
子供のわたしの真剣な憂鬱を書きました
特別な日も、普通の日も
悲しい日も、楽しい日も
時間が平等に過ぎることに
救われることがあります
朝が来て、ごはんを食べて
昼になんやかんやと心を使う
そのうちにまた日が暮れて
ごはんを食べて
お布団に入れば眠くなる
順繰りぐるぐる、
ちょっとずつ場所や人が変わって
そうやってだんだんと歳を重ねてきました
わたしたちの営みの根底は
案外とてもしずかで
決して大仰ではないと思うのです
たとえ
どんなに音をたてて崩れてしまうような
辛い悲しみに襲われたとしても
ずたずたになるまで傷つけられたとしても
明日はしずかにやってきて
しずかに去っていく
心をぎちぎちにしたり
空っぽにしたりしながら
ごはんを食べて
服を着替えて
お風呂に入って、寝て、起きて
すこしずつすこしずつ癒えていく
昔を振り返ると
そんなしずかで清い時間に出会います
エッセイという形にすることで
忘れかけていたそんな時間を思い出し
ふたたび
我が身に染み込ませているのかもしれません
生きづらくて絡み合った世界も
清い心で見れば
しずかで
シンプルなもの
なのかもしれませんね
どうぞ
佳き一年となりますように
haru
《追記》
遅れての御礼となってしまい
申し訳ございません
前回のエッセイ
「ばあちゃんの千代紙」
をだんけひつじさんの
〝ひだまりマガジン〟
そして
くりすたるるさんの
〝好きだなぁ!〟マガジンに
追加頂きました
だんけひつじさんには
今回のエッセイも先程追加頂き
くりすたるるさんにも
再び取り上げて頂き
ほんとうにうれしいです
ありがとうございました!
こはるの本も
そばに置いて頂けたら
うれしいです