【こはる日和にとける】#7 まぶしい日傘
てのひらにすくったプールのみずが
水飴のようにまあるくひかる
とろり、とろりと
手のなかでゆらすと
じっさいには
バシャッ、バシャとはねて
弾けながら
プールにもどっていった
はあ、と
あからさまにためいきをつく
なんど顔をつけても
手と足をのばしても
ちっとも浮きやしない
このみずに水飴のような弾力があれば
きっとわたしをかるがるのせて
プールのはしからはしまで運んでくれるだろうに
まったくもう
とりつくしまもない
「1年生でおよげないひとは
なつやすみ中におよげるように」
という
とんでもないしゅくだいがでた
おかげでまいにちのように
市民プールに通っている
ひるはあついから
ゆうがた近くになってから
水着のうえにワンピースかぶって
浮き輪をかかえて家をでる
プールの入り口
消毒槽がさいしょのなんかん
はだしの足のうらに伝わるヌルヌル
あつくもつめたくもないみずの温度
くわえて
消毒液のあおっぽいニオイ!
おえー
と、首をちぢめてへんな顔をする
ともだちのなおこちゃんが
よこでクックッ、とわらった
ふたりできょうは
あかちゃんプールの方にいく
みずがひざまでしかないから
れんしゅうには不向きだけれど
あんしんのプールだ
ちゃぷちゃぷと寝そべって
ワニさん歩きをしたり
ぞうさんのすべりだいをすべったりして
れんしゅうはそっちのけで
わたしはのらり、とあそびほうけた
きづくと
浮き輪をおいたあたりに
なおこちゃんのおかあさんがきていた
まっしろいワンピースに
まっしろの日傘をさしている
西日が日傘を透かして
オレンジ色にそまっているのに
なおこちゃんのおかあさんは
すずしげな顔をしていた
「おばちゃーん!」
手をふってこえをかける
日傘のなかで
ちいさく
手をふりかえしてくれた
うちのおかあさんみたいに
大声で笑ったり、
オーバーな手振りをしているところを
いちども見たことがない
近所のおばちゃんたちとも全然ちがって
おひめさまみたいなおかあさんだ
おもむろに
わたしはワニさんの体勢をやめて
しっとりと座りなおす
そして
かた足をゆびのさきまで
ピンとのばして
水面から高くかかげてみた
イメージはしんたいそう
ふんふんと
鼻歌まじりに足をくるくるうごかす
すると
どこからかトンボがとんできた
「とまれ!」
こころの中でささやく
もっと、もっと
たかく
ぐいと足をさしだすようにしてのばす
「きた!」
と、そのとき
くるり
からだが一回転した
なおこちゃんのおかあさんの日傘が
スローモーションの中で
まぶしくひかる
すわ、
ぷかり
と
浮いた
からだがみずに抱かれるように
はっきりと、
しずかに、浮いたのだ
ザバン!
と顔をだし
「浮いた!浮いた!」
とおおはしゃぎでほうこくする
なおこちゃんも、
なおこちゃんのおかあさんも
「浮いてたよ!」と
手をたたいてよろこんでくれた
すっかり楽しくなったわたしは
くりかえし
ぷかーぷかー
と浮いてみせては
やったーやったーと
声をあげてよろこんだ
なおこちゃんのおかあさんも
ずっと笑っていた
おおきく口をあけて
日傘をゆらしながら
手をたたいて
笑っていた
けれど
そんな笑顔を見れたのは
たぶんそれが
さいしょで、さいご
それから2年後
なおこちゃんのおかあさんは
病気でそらに旅立ってしまった
あつい、あつい
夏の日だった
さいごの写真は白黒で
すずしげでおひめさまみたいな顔は
もちろん
知ってるけど
よそよそしくて
知らないひとみたいだった
その後も
なおこちゃんちに遊びにいくと
いつもその写真が目に入ったけれど
わたしは、つど
「ちがう」
と、かたく思っていた
わたしのきおくの中の
なおこちゃんのおかあさんは
まぶしい日傘の中で
おおきく笑っているのだ
わたしがみずに浮いて
キャッキャとおおさわぎした夏
西日を纏った
なおこちゃんのおかあさんは
それはそれは
あざやかで
すこぶる美しかった
こんにちは
haruです
最後まで読んで下さり
ありがとうございます
三連休の真ん中で
皆さんお忙しいかなぁと思い
今回もショートエッセイを選びました
なおこちゃんは
小学校低学年の頃に
よく一緒に遊んでいた女の子
今後のエッセイにも度々登場します
母同士も仲が良く
この日家まで送ってくれたおばちゃんは
母に
「ちーちゃん、泳げたよ!」
と興奮気味に報告してくれました
※ちーちゃんは私のことです
表紙は
白い百日紅
写真担当のサクラさんが
夕焼けに染まる百日紅を
何日もかけて納得いくまで
撮影してくれました
あの日の
なおこちゃんのおかあさん
そのもののような
そんな美しい一枚
読んで下さった方の記憶と
つながれたらうれしいです
それでは
また
来週の日曜日に
haru