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sin.#2


1月10日(金) 16:13

「そう言えば神社で何お願いしたの?」「お参りってね、喋ったらダメなんよ。喋ったら叶わないんだよ〜」「迷信てやつ?」「????頭悪いな。いいんだよ柚がそう思ってるからそれでいいの!ママが教えてくれたんだから」「あんたもママって言うよね。私も言うけど…」「人のこと言えないでしょ。ちっちゃい時は小6くらいなればお母さん呼びに勝手に変わるって思ってたけど、もう高校生だし。ママはママだよね」「それ前も聞いたしなんならずっと聞いてる。ママの方が(響き)可愛いもんな」「そーゆーこと…」「意味わかんな」「因みに今日は柚ママの誕生日でーす」昨日買ったチュッパチャップスを柚はほっぺに入れてコロコロと回している。

今日は天気が良くて、お日様が出ていて、また同じ雪の道を歩いて、2人のザクザク鳴る足音だけが駅前の道路沿いに響く。本当に何も聞こえない。たまに流れてくる駅前の小さな小さな音量のアナウンスと昔の演歌かなんかの歌。

「そう言ってる祥子は何お願いしたの」「私はね、国際の専門行くのに両親が良いよって言ってくれますようにって言った」「偉いなあああ〜〜、、柚は何にも決めてないし大学でやりたい事も無いよー…駄菓子屋ちゃんのおばあちゃんが死なないで駄菓子屋無くなりませんようにってしかお願いしてない。」「ゆっちゃってるよ〜」「………おばあちゃん死んじゃうかな…」「殺さないでね。柚は絵も小説も描いてるし、ピアノも弾けるじゃん。芸大とか行けばいいのに」「全部仕事にならないでしょ。ほんとはピアノもっと頑張りたいけど音大なんてって思っちゃってるしね」「田舎に17年もいればそうゆう思考になるわな」「おじいちゃんは公務員公務員ってうるさいし、パパも仕事した方がいいから此処さ居ろって言うし。」「よーく考えて。2年後の柚は音大に行くことはもう決まってんのよ」「何じゃそれ、でもママに言ってみようかなあ。」「んじゃラーメン行こ、今日はあそこがいいな!」「そこ油そばじゃん…お腹痛くなるんだよね美味しいのに。しかも今月分最後の大事な野口さん…」「じゃ行こ」「祥子あんた鬼かよ」


1月24日(金) 16:37

「"柚今日電車?"」「"んん、そのままピアノ行くから乗らない"」「"おけ"」毎週金曜日は柚のピアノ教室で、毎週金曜日は祥子が1人で電車に乗る日。「"知ってるよ、聞いただけ"」「"へへへ"」柚はとにかくピアノが好きで、とにかくどこでも指が動いている。祥子ですら、最近は指の動きでなんの曲を弾いているのか分かるようになってきた。因みに今は、コンクールで弾く課題曲、ブラームスのラプソディー第2番らしい。すごいだろ柚は、柚の手は魔法みたいに動く。料理は下手くそだし、包丁も危なくて握れない手だけど、ピアノに手を置けば柚の手は魔法みたいに動く。練習してるんだろうけど。魔法みたいに動かすために今日も教室行ってんだろうけど。私も早く帰ってオンライン授業受けなきゃ〜。祥子も部活に入部しない代わりに親にお願いして英語のオンライン授業に参加している。

「再来年は音大の試験課題でコンクール出られないかな、来年までに最優秀取らないといけないのか…賞取るためにピアノしてるわけじゃないんだけど」


1月25日(土) 11:57

今日は真冬にも関わらず朝から太陽が出ていて天気がいい。田んぼ一面真っ白い雪も太陽に照らされてキラキラ光って申し訳程度に溶けている。午前9時から窓を全開にして、集落中に柚のピアノが響き渡る。遠くで犬の散歩をしている近所のお姉さんも、家の前で車を洗っているお父さんも、家の中の窓から日向ぼっこしている隣の家のおばあちゃん達も、みんな柚のピアノを聞いている。とゆうか、聞こえてきている。ママにどれだけ窓を閉めて練習しろと言われても、柚は締め切った部屋でピアノを弾く事を拒んだ。「開放感あって気持ちも楽なるんだよママ、怒った顔して弾きたくないでしょ〜」大体のピアノを弾く人は締め切った防音の部屋で誰にも聴かれる事なく練習するもの。柚は、弾いた音が外に飛び出していく感覚がとっても好き。聴いてほしい訳ではなく、ただそれが好きなのだ。防音の部屋にしたり、グランドピアノを買える裕福な家では決してなく、せめて電子じゃないものがいいと、小学生の頃からお年玉を貯めて、半分自分で払うという約束でやっと手に入れたアップライトピアノを毎日毎日飽きずに楽しそうに弾いている。「ママ、もう半分は出世払いにしといて!」


1月31日(金) 18:45

柚は学校終わり、いつも以上にキラキラした顔で教室に走って向かう。2週間前に先生から貰った自由曲候補の楽譜をあらかた目を通して、どれにしようか悩みに悩んでいたのだ。「先生ー!!柚、自由曲これにする!もう決めた!」5曲ほどあった中から柚が悩みに悩んで選曲したもの、「柚ドビュッシーの喜びの島にしようかな。弾いてみたかったの。絶対柚のものにするんだあ、コンクールであんまりドビュッシー弾きたくなかったけど、柚のドビュッシー聴いてくれる審査員と他の人がいるなら、それもアリかなって思った」


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