あと3日
夜は明けている。
しかし鈍色の雲が低く垂れ込めており、太陽の位置は分からない。窓のない部屋にいた人間が突然外に放り出されて今は夕方だと言われれば信じてしまいそうだ。
数時間ほど前まで雨が降っていたらしく、生温く湿った風が肌を撫でていく。
アスファルトが濡れた匂いを雨の匂いだと認識するようになったのはいつのことだったか?雨の匂いだと思っていたものはアスファルトが濡れた匂いだと気づいたのは?
CLOSED、の看板がぶら下がった、真鍮製のドアノブに手を掛ける。鍵が掛かっていることを知っていてなおドアノブを回すこの行為を愛していて、これが愛の行為だと思っていた。
この看板が裏返っているのは月曜日と木曜日の夕方4時から7時半まで。
果たしてどうやって生計を立てているのか凡人には計りかねる店の経営者はそう言った。彼女がくゆらせる甘い紫煙で霞んでいる店内には秒針だけが逆に回る置き時計だとか右側しかつるのない丸眼鏡、つるつると黒く光る革製のサドルなんていう、この世で必要とする人がゼロかイチかの品物ばかりがパズルのように並べられている。正体が分からないものの方が多いが、人の頭ほどのものから小指の爪より小さいものまで、大小様々の歯車が集められた一画は中々気に入っていた。
今日は金曜日だ。
彼女はまだ眠っているだろうか。そもそも彼女は眠るんだろうか。
今この瞬間、磨き込まれた重苦しい木製のドアの向こう側で彼女はアークロイヤルを咥えながら、開かないドアノブを回す愚かな人間を笑っているのかもしれない。
思い出せないことばかりが増えていくのに、水たまりから水たまりに飛び移れたらひとつ明日の嫌な出来事が消える、なんて子どもの頃に作ったどうでもいいルールは覚えていたりするんです。
と話したかっただけなのに、話したいのは貴女だけなのに、今日は金曜日だ。
踵を返した先には水たまりがあって、足首まで泥水に浸かった私は息が出来なくなった。
水たまりが道路に沢山残されていた朝、ジャンクショップの店先で不意におぼれそうになったときの話をしてください。
#さみしいなにかをかく
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