平屋の研究室と秋のコガネザクラ#6

それから5日後。

待ちに待った祐樹さんの引っ越しの日、月曜日がやってきた。

この日ばかりは、と、僕はこまめに祐樹さんとラインで状況を報告し合った。

僕が平屋の研究室の庭で祐樹さんの到着を待機しててもいいか尋ねたら、祐樹さんは全然構わないぜ、と快諾してくれた。

僕は平屋の庭に向かった。

家のドアを開けた瞬間から僕は走り出していた。

木曜から金曜にかけて雨が降ったけど、今日は晴天、雲ひとつないとまではいかなかったけど心地いい天気だ。

あっという間に平屋の庭に着く。

僕は肩で息を吐き、ついに今日が来た、と微笑んで庭に踏み込んだ。

僕は三つ葉たちの小さな小さなドームの方に向かった。

(おはよう!みんな!)

おはよー!と植物たちの歓声が僕の心の中に響き渡る。

(ついに今日が来たんだね!祐樹さんはもうグループホームの人たちに別れを告げて弟さんの軽トラックでここに向かってるって!)

わあー!!!

歓喜の声の嵐に僕は満面の笑みを浮かべた。

僕は立ち上がり、庭の中を歩き回った。

今日からは、祐樹さんと、出会った日のように!二人でだって!フィールドワークができるんだ!

黄色い小さな花に小さな羽虫が停まってる。

蜜蜂かな?

同じ種のように思えるとなりの花に蜜蜂は飛び移った。

こうやって花は受粉するんだなあ。

ドアを開ける音がした。

平屋の向かいの木の枝の指揮者さんだ。

おや?今日は僕の方を凝視してる。

どうしたんだろう?

僕は木の枝の指揮者さんに背を向けた。

ちょっと振り返ってみると、いつものように木の枝の指揮者さんは見えないオーケストラの指揮をして、家の中に戻って行った。

(どうしたのかな?なんだと思う?エンブレム?)

わからない!ただ!敵意を抱いてる様子ではなかったと思う!

(なら安心)

僕はスマホをチェックした。

最後のやりとりから5分と言ったところ。

祐樹さんに住んでいたグループホームの名前をラインで尋ねた。

すぐに返信が来る。

僕は地図アプリで祐樹さんの住んでたグループホームの場所を調べて現在地までの経路を表示した。

車で45分。

あと40分後に祐樹さんがここにやってくる!

僕は平屋の建物の方に向かった。

ドアの前に立ち、初めて中に入った時のことを思い出す。

木の肌の壁がやわらかく、陽光に照らされていたんだ…。

毎日ここに通えるようになったら…。

僕はドアの脇の蛇口と排水溝の方を見た。

フィールドワーク中に手が汚れたりした時に便利そうだと僕は思っていた。

僕は少し、蛇口を捻ってみた。

水が出て、下に落ち、排水溝へと流れる。

祐樹さんの草刈りした草を地面に残すことは循環しない遺物を自然の中に残す行為じゃないかという考えを思い出す。

人間と自然。

共存。

そしてこの研究室の研究テーマ。

いかに意識は発生するか。

アスファルトに入ったひびの話を祐樹さんにしたい。

蜜季!メモして!今の!

(うん!)

エンブレムに促され、アスファルトのひび、と僕はスマホのメモ帳にメモした。

僕は立ち上がって一人でのフィールドワークを続けた。

エンブレムの本拠地の前にしゃがんでしばしぼんやりした。

立ち上がって歩いたり、しゃがんてぼんやりしたり、何度それを続けただろうか。

だけど、ぼんやりをやめた時にスマホの時刻を見るたびに時間は確かに進んでいる。

最後に祐樹さんにグループホームの名前を答えてもらった時から40分が経った。

やがて車のエンジン音がして、僕は「来たか!?」と振り返って、立ち上がった。

道の方に向かって小走りになる僕。

アスファルトの上を軽トラックがこちらに向かってやってくる。

軽トラックが平屋の庭の前に到着すると、開いていた助手席の窓から祐樹さんが「よおー!お待たせー!」と笑顔で言ってくれた。

運転席にいる祐樹さんの弟さんと目が合う。

会釈をし合った。

僕たちは軽トラの荷台にある荷物を平屋の中に運び込む作業に入った。

荷物はそんなに多くなかった。

「なんか必要なものあったら教えて」

と、祐樹さんの弟さんが祐樹さんに声をかける。

「ありがとうな。助かる」

仲は悪くなさそうだった。

祐樹さんの弟さんは軽トラに乗り、エンジンをかけて、祐樹さんに合図をして軽トラを発進させた。

曲がり角で見えなくなるまで祐樹さんと僕は荷台が空になった軽トラを見送った。

「お父さんとお母さんが、話を聞きにここに来るって話、どうなってる?」

祐樹さんは遠くを見たまま僕に尋ねた。

「今週中に、都合の合う日が確認できたら、その日に僕と父さん母さんとでここに来るってことになってます」

「うん。君が研究員やることを許可してもらえるように、誠意を尽くすよ」

「うん…」

「研究員やれなくても、ここに来ることはいつでも歓迎するから安心しろよ」

「いい結果になってほしい…」

「うん。俺もだ」

あんなに楽しみにしてた祐樹さんの到着だというのに、なんだか暗い雰囲気にしてしまった。

「スーパーに買い出しに行こう。昼メシ一緒に食うならお母さんに連絡しときな?」

「今日のところは一旦家に帰ってお昼ご飯食べる。でも、買い出しは一緒に行く!」

「そう来なくっちゃ。今何時だ?」

二人でポケットに手を入れてスマホを取り出す。

「10時15分。昼飯時までまだあるな。行こうか。エコバッグ持ってくる」

祐樹さんは裏口の鍵を開け、エコバッグを持ってやってきた。

「鍵閉めた?」

「おっと忘れてた」

「気をつけて〜」

僕は笑った。

「グループホームでは部屋の鍵しか持ってなかったからな。気づかせてくれてありがとう」

「歩きながら話そ!」

僕は祐樹さんとスーパーに向かって歩き出した。

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