平屋の研究室と秋のコガネザクラ#17
その後、涼治さんが研究室に出勤してきた。
僕はさっき祐樹さんと話したことを、今日のうちに涼時さんと話し合いたかったので、機を伺いながら、それでも普段通りに涼時さんと接した。
「あ、今日月曜だから、しいたけ占い更新されてる時間だよな?」
祐樹さんが言う。
「あ、そうだねっ、更新チェックしようよ」
僕は提案する。
「半期占いは僕も見てました、週刊もあるんですね」
涼時さんが言う。
僕たちはノートパソコンでしいたけ占いのページをブラウザのブックマークから開いた。
「まずは蜜季の天秤座から」
祐樹さんは毎週僕の星座を一番にクリックしてくれる。
「よし、読めよっ、蜜季」
「うーん!」
僕は謝意を込めて返事をする。
黙々と今週のアドバイスを僕は読みこんだ。
「読んだ!」
僕は読み終わったことを二人に知らせた。
「よし、じゃあ次は涼時くん!涼時くん何座?」
「うお座です」
「よし、開いた。うお座の動向を読んでみてくれ」
「はいっ」
涼時さんはページをゆっくりとスクロールしている。
「読みましたっ」
「じゃあ最後俺!牡羊座!」
祐樹さんが自分の星座の動向を読んでいる。
「ふう、読んだ」
祐樹さんも今週のしいたけ占いを読み終えた。
「12星座占いって、こういう心がけのアドバイスをしてくれるのはいいですけど、性格診断はあまりあてにならないですよね」
涼時さんが言う。
「あ、僕もそう思うかも」
僕は言った。
「なんで二人はそう思うんだろうか」
祐樹さんが掘り下げようとする。
「だって、僕の通ってた小学校、名簿が誕生日順だったけど、そうすると星座順に並ぶことになるじゃない?」
僕は自分の考えを話し始めた。
「ふんふん」
「そうですね」
祐樹さんと涼時さんが続きを促してくれる。
「でも、名簿順で座席に座った時に、性格に統一感の流れのようなものは、特に無かったと思うんだ」
僕は自分の考えを示した。
「ふむ、科学的な反証だ」
「僕もそう思います」
祐樹さんと涼時さんが僕の考えに理解を示してくれた。
「確かに、蜜季の反証はもっともだ。ただな、12星座占いはある一つの観点を加味することで、一気に立体的になるんだ」
祐樹さんが言った。
「へえ…どんな観点?」
僕は問う。
「聞きたいです」
涼時さんも興味を示す。
「その観点ってのは、普段俺らが目にする12星座占いが、太陽星座の12星座であるって観点だ」
祐樹さんが言う。
「太陽星座?」
僕は聞き返す。
「太陽星座だと何なんですか?」
涼時さんが太陽星座を掘り下げようとする。
「太陽星座は、個人の内部に、存在する能力を認めるものだ」
祐樹さんが言う。
「存在する能力を認めるもの…それってどういうこと?」
僕は尋ねる。
「うん。対極に、欠損する能力を指し示す、月星座というものもあるんだ。確かに太陽星座だけで考えると、人が誕生日順に並んだ時の性格の統一感の無さを説明できない。ただし、月星座の欠損する能力を加味すると、太陽星座12×月星座12、プラス太陽星座と月星座が同じ人がいることを含めてさらに12、合わせて156通りの性格のタイプが発生する、ということになる」
祐樹さんはそう言った。
「なるほど、表面的に太陽星座だけで考えるから、156通りの性格がたった12通りに見えてしまうわけですね?それなら誕生日順に並んだ時の性格のばらつきも頷けます」
涼時さんが言う。
「月星座はどうやって算出するの?」
僕は月星座に興味が湧いたので聞いてみた。
「西暦からの誕生日と、厳密には出生時間も必要だ。わからない場合は正午で算出する。二人の月星座、調べてみるか?」
祐樹さんがそう提案してくれた。
「うん!知りたいっ」
僕は声を弾ませる。
「僕もお願いします!」
涼時さんも乗っかってくれた。
「よし、蜜季、西暦から誕生日おさらいさせてくれ」
「2011年!9月23日!」
僕は自分の生まれた日を祐樹さんに思い出させる。
「そうだ、B'zのデビューの日の2日後だったな」
祐樹さんはラインと思しきページでなにかぽちぽちやっている。
「出生時間わかるか?」
「お昼頃だったって聞いたことあるかな?」
「まあ、そんなんで十分だ。蜜季は…月しし座だな」
「月しし座!月しし座はどんな能力が欠損してるの!?」
「あ、それ、俺暗記できないんだ。スクショしたの見るから待ってくれ…。えーと。我、志す、の、アイウィルが無い、だな」
「アイウィルって?」
「あー!学校行ってない弊害がここで!」
祐樹さんは困ったような、でも少し楽しそうな声を上げる。
「ウィル、っていうのは、自分が未来に何かすることを英語で言う時に使う助動詞です」
涼時さんが説明してくれた。
「アイウィルが無い、か…。うん、合ってる。僕、未来のこと考えるのが人より苦手だと思う」
僕はもしかして、月星座が結構役立つのかもしれないと思い始めた。
「その代わり蜜季は太陽星座が天秤座で、天秤座のキーワードは我、測る。アイバランス、の能力に長けてるってことになる。これはほんとにそうだと俺は思うよ」
祐樹さんはそう言ってくれた。
「僕の月星座も調べてもらっていいですか?」
涼時さんが期待した口調で要望した。
「よし、西暦からの誕生日教えてくれ」
「2005年、3月12日です。出生時間はわかりません」
「なら正午で算出だ。涼時くんは…月牡羊座だ。…我、在り、のアイアムが無い、になる」
「あー。合ってるかもしれません…」
涼時さんは感慨深そうに言った。
「涼時さんうお座だよね?太陽うお座のキーワードは?」
僕は祐樹さんに聞いた。
「我、信ずる。アイビリーブがある、ということになる。どうだ?」
「すごい合ってます。自分が希薄な気はするんですが、それでも自分に自信はあるんです僕」
涼時さんが言った。
「祐樹さんの月星座は?」
最後に僕は祐樹さんの月星座を尋ねた。
「俺は月かに座。我、感ず、のアイフィールが無い、だ」
祐樹さんが言う。
「へえ、意外だなあ」
僕は言う。
「言葉に関する感性がすごいと思いますけどね」
涼時さんが言う。
「うん。俺も感受性が強い、って言われて育ったよ。ところで、月星座の欠損してる能力ってのは、全く無い訳じゃない。具体的には7歳以降全く成長しない能力でありながら、7歳までの無防備な世界においては自分の一番特化した能力でもある。人は、7歳までに一番特化した自分の能力を自分の一番のアイデンティティだと思って、でも、その後は全く成長しないアイデンティティを自分の本質であると認識して生きていくんだ。これに思い至ってから俺の人間観はずいぶん変容したよ」
祐樹さんが言った。
「アイデンティティってわかりますか?蜜季くん」
「わからない!」
僕は元気よく、悪びれもせずに言う。僕は二人を信頼していた。
「アイデンティティは日本語だと自我同一性ですが、それでもわかりにくい言葉です」
涼時さんが言う。
「簡単に言えば根拠なく自分は自分と思える感覚かな」
祐樹さんが簡単に言ってくれた。
「楽しい!!」
僕は言い放った。
『はははっ』
祐樹さんと涼時さんが笑う。
「それにしても…」
僕は言いかけて少し黙った。
「どうした?」
祐樹さんが僕の顔を覗き込む。
「僕、友彦がガンガン未来設計をしていくのを、いつも切ない気持ちで応援してたんだ。だけど、僕の7歳以降全く成長しない能力がアイウィルの志すことなら、僕は、少し、諦めがついた気がするんだ…」
「そうか…」
祐樹さんが共感してくれるようにつぶやいた。
「友彦の誕生日、覚えてたりするか?」
祐樹さんは僕に尋ねる。
「うん、覚えてるよ?2011年の8月5日」
「友彦の月星座、調べてみよう」
「え、うん…」
僕は何が起きるのかわからないまま頷いた。
「8月5日は普通の12星座占いで言うと何座だっけ?」
祐樹さんは僕と涼時さんに尋ねる。
「しし座じゃないですか?」
涼時さんが答える。
「友彦は月天秤座、ってことは、まるっきり蜜季とあべこべだな」
「え?ほんとに?それだとどうなるの?」
僕は祐樹さんのスマホを覗き込む。
「友彦は、我、測る、のアイバランスが無い。かつ、太陽星座はしし座でアイウィルの我、志すがある、ってことになる。多分、友彦の方もなんで蜜季がそんなにバランスの取れた思考を構築できるのか、いつも不思議だったんじゃないかな?」
祐樹さんが言った。
「そうだった!いっつもそうだった!お前よくそう考えれるよなあ…って!今思えば自分にゲンナリしたような顔で友彦いつも僕に言ってた!僕!嫌味なのかな?って思ってたけど!そうじゃなかったんだ!友彦は友彦で自分の7歳で止まった能力と格闘してたんだ!!」
僕は友彦へいつも抱いていたさみしさが氷解するのを感じた。
「カタルシスだな」
祐樹さんはぼそっと言う。
「カタルシスって何!?」
僕は少し涙ぐんだ笑顔で尋ねた。
「浄化、解放と言った意味ですよ。僕も何だか泣けます」
涼時さんが声を少し詰まらせた。
「もし友彦に再会したら、今日のこと話してやれよ、蜜季」
「うん!いつか会える気がする!」
僕は歓喜の声を上げる。
「どれ!映画でも見るか!」
祐樹さんが鶴の一声をあげる。
「見よう!」
僕は賛同する。
「何の映画があるんですか?」
涼時さんも賛同のようだ。
「このパソコンに入ってるのは、ショーシャンクの空に、と、デッドポエットソサイティ、だな」
「ああー!いいですねえ!今日はショーシャンクの空ににしませんか?」
「ラストシーンを、今の蜜季に見せたいよな」
「ですね!」
祐樹さんと涼時さんが盛り上がってる。
僕たちはパソコンデスクを移動して、丸椅子を並べて、僕を真ん中にして映画鑑賞を始めた。
約2時間後。
二人が見せたかったラストシーンを見て僕は、涙を流さなかった。微笑んで、祐樹さんと涼時さんの気持ちを、そして、友彦への気持ち、何より浄化された自分の気持ちを抱きしめるような心地でいた。
祐樹さんが明かりをつける。
「やっぱりいい映画だよな」
祐樹さんがいたずらっぽく笑う。
「最高!二人とも!」
僕は少し間をためた。
二人が僕を見る。
「大好き!」
僕は祐樹さんと涼時さんに最大限の好意を伝えると、涼時さんは困ったように笑い、祐樹さんは…。
「今日は解散にするか」
やはり少し困った様子で提案した。
「解散前に!フィールドワークか散歩しよ!」
僕は言う。
「なら、俺は庭を歩き回りたい気分だ」
祐樹さんはそう言った。
僕らは平屋の庭に出る。
「みんなでエンブレムのところに行きたい!」
僕の要望を満たすために、僕らはエンブレムの目印のセフティーの刺してあるところまで歩いた。
「どれ、しゃがむか」
祐樹さんが腰をかがめる。
僕もしゃがむ。
涼時さんもしゃがみ込んだ。
「…そろそろ蜜季の担任が家庭訪問しに蜜季の家に来る頃だよな…」
「え?」
祐樹さんがつぶやいたのを、僕は何かの聞き違いかと思った。
「ああ、3年間で30日以上の欠席があると高校受験の審議対象になるんでしたっけ…」
「僕、もうとっくに30日以上休んでるよ?」
僕は、少しだけ不安になった。
「そのことは蜜季の両親に説明してある。不登校でも受け皿はあるんだ。夜間の定時制のある高校に入ることを目指すんなら、別にこの研究室で遊びながら研究を続けたって大丈夫さ。蜜季の父さん母さんは、何より蜜季に、今を楽しんでほしいと思ってるそうだ」
「…うん…」
せっかく最高の気分だったのに、どうして大人は水を差すんだろう。と言う思いが湧いて、僕は複雑な気持ちになる。祐樹さんと涼時さんへの感謝とか、父さん母さんが今を楽しんでほしいと思ってるなら、最高の気分でいさせてくれればよかったのに、とか、でも、僕のためのことを思ってくれてのことだ、とか…。
「ここに通うことで、学校に行ってるのとおんなじ扱いにしてもらえるなら、俺もこんなこと言わなくていいんだけどさ」
祐樹さんが申し訳なさそうに言ったのを見て、今度は涙が溢れてくる。
祐樹さんの存在を、『大人』の一言で括って考えてしまった自分が悲しくて、僕は泣いて泣いて、泣き抜いた。
「蜜季、中入ろうか」
祐樹さんが背中をさすってくれる。
「僕は今日は帰ります」
涼時さんはそれだけ言って、祐樹さんに挨拶をして帰っていた。
自転車を構える音が聞こえた。涼時さんは帰ったようだ。
「さ、蜜季、中入るぞ?」
僕は祐樹さんに誘導されるまま、平屋の中に入った。
丸椅子に腰掛ける僕と祐樹さん。
「何がそんなに悲しいんだよ…?」
祐樹さんは困惑するでもなく、そっと尋ねてくれた。
「言えない…」
僕は、自分のずるさをまのあたりにしたんだ。
「そっか…」
祐樹さんが、祐樹さんの人生を賭けて僕に接してくれてること。
そのことに勘づいていながら、僕は…。
不都合な話題を振りかけられた途端に、祐樹さんを、『大人』と識別した。
それを許せなかったんじゃない。僕にはそれがただ、悲しかった。自分のずるさが悲しかった。
「あ、涼時くんにスパイダーを介した遊びのこと相談するの忘れてたな」
祐樹さんは話題を振ってくれた。
「今は、あんな無邪気に遊べない」
僕は正直に告白した。
「蜜季。モンコレしないか?」
「なんで今?」
僕は、祐樹さんに尋ねる。
「今日、残り2個のデック、倒しちゃおうぜ?クラウスとベルンハルト、倒しちゃおうぜ。そんで、俺を呼び捨てにすればいい。お前に必要なのは…」
「必要なのは…?」
「自分の欠落の、尊重だ」
「…祐樹さんはどこまでも、祐樹さんだ」
「牡羊座だから、我、在り、なんだよっ」
僕は、少し笑った。
「じゃあ僕は、天秤座だから、バランスを取るよ…」
「モンコレしてくれるか…?」
「うん…。しよう」
僕は、2時間余りの対戦を経て、祐樹さんの五つのデックの残り二人の召喚術師を倒した。
「蜜季、スマホ貸してくれないか。ボイスメモに敗北宣言を吹き込む。俺はお前が帰った後で酒を買ってきて飲む。酔って今日のこと忘れても、大丈夫なように、録音させてくれ」
僕は、素直に言う通りにした。
「えー、本日2024年6月3日。たった今わたくし三浦祐樹は、蜜季に全てのデックで倒されたことになりました。この敗北宣言を、蜜季のモンコレセンスの賞賛を持って締めくくろうと思います。蜜季!おめでとう!!」
僕は黙って祐樹がボイスメモを吹き込んだのを見つめていた。
「もう、祐樹って呼んでいいの?」
「ああ、約束を果たしたんだ。堂々と祐樹と呼べばいい」
「祐樹、ありがとう。言葉で済ませたくないくらい、感謝してる」
「ああ。コンビニ行くけど一緒にくるか?」
「うん。祐樹がお酒買うの見届けて、僕も帰るよ」
僕は祐樹とコンビニまで歩いた。
無言の時間、でも、祐樹との無言が苦じゃないのは変わらなかった。
「じゃあ、またね、祐樹」
「明日も待ってるぞ?おやすみ」
「おやすみ」
僕は5分の家路を歩く。
見慣れない車が家の前に停まっていた。
学校の担任の先生が、僕が自転車で通学することに許可が下りたことを、知らせに来ていた。
僕はお風呂に入ることも忘れたまま、ベッドに横になって、そのまま眠ってしまった。
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