平屋の研究室と秋のコガネザクラ#11
やがて、洗濯は終わった。
祐樹さんはバス型のカバンに洗濯物を放り込む。
特に機嫌を悪くした様子でもない。
「戻ろうか。暗い雰囲気になっちゃったし、帰って気分転換にモンコレでもやってみるか」
祐樹さんは言った。
「…うん。確かに暗い感じになっちゃったけど、でも、僕、なんか祐樹さんのこと、もっと好きになった」
僕は明るく振る舞った。
「自分の弱さの共感者、か」
「うん、そんな感じ」
祐樹さんの表現に僕は同意した。
僕たちはコインランドリーを後にした。
横断歩道の信号が点滅する。
「あ!祐樹さん!赤になる!渡ろ!」
「待て待て、こういう時は走らず待つんだ、次の青を」
「どうして?」
僕は問いながらも素直に、走り出そうとする姿勢を解いた。
「信号より自分の方が偉いんだよ、だから信号に振り回されちゃいけない」
「でも、誰かを待たせてて遅刻しそうな時は?」
「まあ、何事もバランスだ。信号に振り回されて時間に間に合うか、信号に振り回されずに遅刻するか、どっちの可能性を選ぶかは主体の自由だ」
「信号に振り回されたらどうなるの?」
「知らず知らずのうちに、イニシアチブ、主導権を手放す癖がついてしまうものと考えられる」
「主導権のこと、イニシアチブっていうんだっ」
僕は今度から信号の都合で横断歩道を走ることをしないようにしようと思った。
立ち止まってるうちに、青の点滅は赤に切り替わった。
「蜜季、さっきの毛虫の動画、見せてくんない?」
「いいよ!」
僕は信号待ちの合間に祐樹さんとさっきの苔の上の毛虫が前進していく動画を見た。
「うん、わかりやすく撮れてる。蜜季撮るのうまいな」
「そう?へへ」
僕は誉められて笑った。
程なくして信号が青になる。
「さあ、蜜季。悠々と歩こうぜ」
「うん!確かにこっちの方が気分いい!」
僕らは横断歩道を勇ましい気持ちで渡った。
平屋につくと、祐樹さんは僕を研究室の中に入れた。
「洗濯物干して、モンコレ持ってくるから待っててな」
「うん!」
僕は床にあぐらをかいた。
待ってる間、フィールドワーク中に撮ったスマホの中の写真たちを振り返る時間を持った。
そうしてるうちに祐樹さんは紐袋を持って研究室の中にやってきた。
「その中に!モンコレが!?」
「そうだ」
祐樹さんは僕の前に座って、袋の中のものを一つずつ取り出した。
「デックが五つ。そして、チュートリアル用のビギナーズセットが一つだ」
「わあ…これがモンコレかあ…」
六芒星の上と下に円が描かれているシンボルのデックケース。
「子供の頃からのもの?」
「いや、グループホームに入ってから逃避するように買い集めたものだ」
「ふうん…今日はどれで遊ぶの?」
「まずはビギナーズセットだな」
そう言って祐樹さんは平らな箱を開けた。
竜とエルフのそれぞれ描かれた「召喚術師の書」を祐樹さんは取り出す。
「蜜季はこっち使ってくれ」
「未開封だ。開けていいの?」
「絶好の機会だよ」
「封、切るよ?」
「いいぞ?」
僕は手渡されたカードの束のビニールを丁寧に開封した。
「見ていい?」
「いいよ、順番は変えないようにな?」
「うん」
僕はカードの束のカードを見始めた。
「そのカードデザイン、見てみてどうだ?」
「なんか!冒険が始まりそう!」
「お前もそう思うか」
祐樹さんももう一つのカードの束を開封していた。
箱の中に畳まれていた紙を展開する祐樹さん。
その展開した紙が床に敷かれると、僕と祐樹さんの間にゲームプレイのための場ができた。
「はじめるか?もう少し見てるか?」
「はじめよう!わくわくする…!」
「じゃあそのカードの山を裏向きにして、『山札』って書かれてるところに置いてくれ」
僕は両手で持っていたカードを整えて、山札の場所に置いた。
「あとは説明書見ながら、進めてくぞ。チュートリアル開始だ」
「儀式やっとこう!」
「もう言えるか?」
「逸脱を咎めない!遊びながら研究!欠落の尊重、平均を求めない!」
「完璧だ。いくぞ?いー!!」
『逸脱を咎めない!!』
「あー!!」
『遊びながら研究!!』
「けー!!」
『欠落の尊重!!平均を求めない!!』
「はい儀式終了〜!!」
「イエーイ!」
僕は拍手する。
「よし!始めるか!」
「うん!えーと」
僕は召喚術師の書を読み進めた。
「山札は置いたんだ。次は自軍山札の一番上のカードを自軍本陣にする、本陣って何?」
「召喚の拠点だと思ってくれりゃいい」
「モンコレは何をして戦うゲームなの?」
「陣取りだ。自分の召喚したユニットを進軍させていって、相手の本陣を攻め落とした方の勝ち、ってのが基本的な勝利条件だ」
「なるほど!じゃあ本陣セット!」
「俺も、本陣配置」
「次は手札を6枚引くんだね?」
「そうだ、6枚の手札、6属性、6面ダイス。モンコレは何かと6に因んでるのさ」
「お互いに『よろしくお願いします』と挨拶をする」
僕は次にすることを読み上げた。
「儀式やったからこれは省略」
「なるほど、挨拶も儀式なのかも」
「そうだな」
「えーと、ダイスを振るって書いてる!」
「チュートリアルでは、説明書に書いてある出目が出たものとしてゲームを進めるんだ」
「僕が『5』で祐樹さんが『3』」
「蜜季の先攻だ」
僕は声に出しながら第1ターンの流れを読んだ。
実際にそれをゲーム上でやってみる。
「グレート・グリフォン、サーベル・タイガー、オーク長槍隊、ドラゴン・フライを自軍本陣に、普通召喚」
4枚の『ユニット』と書かれたカードを本陣の上に僕は重ねた。
「これでいいの?」
「うん、合ってる」
「ユニット、ってどういう意味?」
「この場合は『駒』だな」
「なるほど」
僕は説明書通りに手札のコメットを捨て山に捨てて、手札を5枚引いた。
「そこまでやったらターン終了を宣言して相手のターンだ」
「わかった!ターン終了!」
僕は宣言する。
「俺のターン。第1手札調整は何もせずに、っと。本陣の前に、地形、妖精の輪を配置」
「おお、ユニットの進める場所も自分で作っていくのか」
「そういうこと。本陣に、マンモス、スピキュール、パンチパンチを召喚」
祐樹さんは、本陣に3枚のユニットカードを置いた。
「第2手札調整で手札を4枚補充してターン終了」
それから、8ターンが経過した。
「と、チュートリアルはここまで。どちらにも勝ち目がある状況だ。こっからはここまで覚えたことを活かして思い通りにプレイしていいぞ?蜜季」
「よおし!妖精の輪のハリケーン・イーグルと!代理地形のファイア・ドラゴンで祐樹さんの支配してる妖精の輪に進軍する!」
「いいぞっ。よし、ダイス振るぞ!」
「うん!同時に?」
「そうだ。せー」
『の!』
二つのダイスが転がる。
戦闘が始まり、僕は祐樹さんのパーティを全滅させ、進軍に成功した。
その後、僕はファイア・ドラゴンで祐樹さんの本陣に進軍を仕掛けるのだけど、防御力の高いゴールデン・バウムを倒せずに何ターンかが過ぎた。
僕は第1手札調整で山札を引き切った。
「あ!このカード!」
僕はさっき使ってみて強力だと思ったカードが回ってきたので声を上げた。
「ファイア・ドラゴンで本陣に進軍!即時召喚!オーク長槍隊!」
「よし、戦闘だ」
ダイスが転がる。
僕の先攻。
「普通タイミングでファイア・ドラゴンのスペル:火から!フレイム・ストライク!ユニット1体を【火炎】で死亡させる!対象はゴールデン・バウム!!」
「対抗!ゴールデン・バウムのスペル:聖からリジェネレーション!手札1枚を破棄することが代償!対象はゴールデン・バウム!対象の下にこのカードを置き!対象が死亡した時、このカードを破棄して対象を死亡しなかったことにする!」
「ええー!!そんなあ!!ゴールデン・バウムもう倒せないないよ!!山札切れたし!!」
「投了するか?」
「しない!」
「いいね。なら、判定勝ちを狙ってみろ」
「判定勝ち!どうなったら判定勝ち!?」
「両者の山札が切れたターンの次のターン終了時に、敵軍領土に存在する自軍ユニットの多い方の勝ち」
「なるほど!」
僕は敵軍本陣の陥落を諦め、判定勝ちのための作戦を練り始めた!
そして、祐樹さんの山札が切れた。
僕のターン。
「このターンの終了時に、判定になるんだよね?」
「そうだ」
僕は戦場に存在する自軍ユニットと敵軍ユニットの数を確認する。
自軍領土で戦闘を起こせば、即時召喚で祐樹さんのユニットを増やす起点を作ってしまうことになる。
敵軍領土の、敵軍支配地形、魔法陣「渦」。
あそこを狙おう!
「ハリケーン・イーグル!オーク独立騎兵隊!オーク禿鷲騎士団の3体で魔法陣「渦」に進軍!」
モンコレでは素早さを意味するイニシアチブ。
ハリケーン・イーグルのイニシアチブ:+2が功を奏し、僕は先攻を取れた。
「チャージ発動!攻撃!11点!」
「対抗無し!」
僕は進軍に成功した。
魔法陣「渦」と隣接する敵軍本陣横に、地形、燃えあがる炎を僕は配置する。
「むむ!」
祐樹さんが唸る!
「赤蠍のウォームライダーズで燃えあがる炎に進軍!ターン終了!」
「判定〜!!」
祐樹さんがゲーム終了を告げた。
「どう見ても俺の領土の蜜季のユニットの方が多いな」
「僕の勝ち!?」
「ああ、おめでとう」
「やったあああ!」
「ゲームセンスあるな、蜜季」
「うん!モンコレ!僕に合ってる!」
「今の戦いも見事だったが、俺の用意してる五つのデック、全てを撃破したら俺を祐樹と呼ぶようにする。どうだ?」
「うん!いいね!ちょうどいい難易度!」
「お、いつのまにか昼飯時だ」
祐樹さんはスマホで時刻を確認する。
僕もスマホを見ると11時45分といったところだった。
「祐樹さん、今日の昼ごはんは?」
「今日も買いに行くよ。蜜季は弁当だったな。俺はスーパー行くけどどうする?」
「僕も行く!戻ったら一緒に食べよう!」
「そうしようか」
僕の初めてのモンコレ対戦の盤面を僕と祐樹さんは写真に収めて、スーパーへと向かった。
「楽しかったか?」
祐樹さんが僕に尋ねる。
「うん!」
歩きながら僕は祐樹さんと手を繋いだ。
「まあ、今くらいならいいよ。俺も楽しかったよ」
向こうから通行人がやってくるのが見えたので、僕は繋いでた手を離す。
祐樹さんはなんともなさそうに通行人とすれ違った。
「夏前に、冷蔵庫も買わないとな」
「祐樹さんってお金どうしてるの?」
「おいおい教える」
「またおいおい〜?」
僕は不満げに笑った。
「長い付き合いにしたいからな」
「どのくらい?」
「俺が80になった時、蜜季は、いくつだ?」
「そんなこと考えたくない!」
「まあ、今の俺より年上になってることは確かだ」
「…」
僕は沈黙した。
「その時も僕ら、仲いいかな?」
「そうしたいもんだ」
「そうだねっ祐樹さんっ」
僕はまた祐樹さんと手を繋いだ。
子供のうちにしかこんなことはできない。
僕は今あるものを尊いものだと認識し始めた。
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