見出し画像

エツヤと父殺しのパラドックス

エツヤと父殺しのパラドックス

石言葉
アゲートの聖鍵(悦矢から業へ)
アゲート:調和と平安
トパーズの美範(業から悦矢へ)
トパーズ:友情、希望、成功

エピグラフ
海の日に 海で溺れた 同い年 彼を弔う 蒸し風呂の我

エピローグ

俺は悦矢。

少年愛者のセルフイメージとして生まれた。

名字は、あやふやなんだ。

並木なのか、常本なのか。

今日は俺が、思考実験の中で俺と同い年になった父、ナツキチと、臨場感を伴いすぎた思考実験の中で死に別れてしまった、という話を君に打ち明けたい。

俺をセルフイメージとして内包した少年愛者の心象風景としてのストーリーだ。

作り話というわけじゃない。作られる、ということ自体が、心の真実を投影したものであり、ほら、君が小さい頃にもさ、嘘を吐く子がいたろう?

彼ら彼女らは、現実と整合性が取れない心のありようを君に共有したかったんだろう。

俺は、社会が生み出した司法として未来で好ましくないと判断されるであろうレギュレーションの中で、その少年愛者に、必要とされて生まれた。

俺は生まれたことを憎んだことなどない。感謝までしてるくらいである。

感受されたから、俺は誕生することができたんだ。

第4話「接近不能性同士は最速で引き合う」

エツヤは高校生になった。

業とは高校が別になった。

中学で知り合った、ナミキも、由人も、勇気も、ミユキも、慧太も、朋記とも、そう、誰とも同じ高校には進まなかった。

昴「き、君!?博愛の空のエツヤくん!?」

入部したジャズバンド部でエツヤと昴は出会った。

エツヤがドラムを叩き、昴がウッドベースを弾き、二人は意気投合した。

昴「さっきのフォロー!神がかってた!!なんで!僕があんなミスをしたのをノータイムで埋めることができたの!?エツヤくん!」

エツヤ「小学校から中学まで一緒だった友達がジャズやってたらこんな感じだろうな、って思いながらセッションしてたんだ。あいつならこの流れで絶対ダサいって思われるミスするよなって思って、頭の中でフォローの体制を整えてたら、まんまと昴、ミスしたんだ」

昴「ああー!なんかわかるそれ!この人の弾き方あいつっぽい!って楽器触ったことないような友達を思い浮かべること、僕もたまにある!」

エツヤ「あはは、なんかこんな風に笑って話すのいつぶりだろうって感じだよ、俺。昴と居ると楽しい」

昴「俺も、悦矢といると楽しいよ」

エツヤは沈黙した。

エツヤ「昴、俺の秘密、聞いてくれる?」

昴「ま!まさか!?君までゲイなのか!?」

エツヤ「もっと深刻なやつ」

昴「まじかよ〜!って、え?もっと?そ、それって……、どんな?」

エツヤ「俺ね?」

昴「うん…!」

エツヤは泣いた。

悦矢「俺…!父さんを殺しちゃったんだ!!」

昴「嘘だろ?ホントなわけない!」

昴は立ち上がる。

悦矢「誰にも信じてもらえないはずだから、今、初めて打ち明けた…!!」

昴「君が何歳の時の話だ!!」

悦矢「中1の時!」

昴「き、君の父さんは…どんな死に方をしたんだ…?」

悦矢「海で溺れた」

スバル「わざとなわけない!君は不可抗力を自分の責任だと思い込んでるだけだ!!」

エツヤが悦矢に戻り、昴がスバルになる。

悦矢「父ちゃんはさ…!」

スバル「とうちゃんが!?」

悦矢「父ちゃんは!生きてるんだ!!」

スバル「え?」

すっとんきょうな声をスバルはあげた。

悦矢「時空を超えた父殺しも…パラドックスになってしまうんだ…」

スバル「矛盾してるの?君は、父を殺してしまった罪悪感を抱えながら!生きてる父親と過ごしてたのか?」

悦矢「そういうこと。話が早いよ、スバル」

スバル「悦矢。僕とジャズで天下取ろう。」

悦矢「え?」

スバル「ジャズバンド甲子園で、俺と一緒にこの部活で優勝しよう」

悦矢「はは、もしできたら、俺の宝物、スバルにやるよ」

スバル「宝物?」

悦矢は学ランの襟をあけてあの日、業とトレードしたトパーズの美範を取り出した。

悦矢「友達がトパーズで作ったペンダント、トパーズの美範」

スバル「みはん?みはんって何?」

悦矢「造語だけど、美しい模範のこと」

スバル「美しい模範…。トパーズでできてるのか…石言葉はなんだろうな…」

悦矢「友情、希望、成功」

スバル「最高じゃないか。悦矢、それを僕が受け取るようなら、父殺しのパラドックスを一緒に乗り越えることができた、そう解釈してくれないか?」

悦矢「結果っていうのは、過程が種なんだ。俺は、もう、その一歩を踏み出せたらしい…」

スバル「悦矢…!」

それから悦矢とスバルはジャズバンド甲子園に向かう、友情の日々を送った。

二年後。

悦矢と中学が一緒だったオワリの率いる高校と1点の差で、ジャズバンド甲子園で優勝した、悦矢とスバルの属するジャズバンド部。

部長のスバルは、優勝のインタビューで短歌を詠んだ。

父殺し 矛盾の中で 再会す 彼の父母の 誇りの息子

第3話「海の日の思考実験」

母殺しのパラドックス。

パラドックスとして、母だけが憎まれてるようで、悦矢は不憫な思いだった。

悦矢は海の日の祝日に、温泉に出かけた。

サウナの熱砂の中にいるような温度と、水風呂を何度も出入りする悦矢。

またサウナの中でうなだれる悦矢。

サウナの中のテレビは音声が消してあった。

?「ああ、海の日に…」

悦矢は目線を上げた。

サウナの中で、同い年の男の子が、海の日に、海で死んでしまった。

そういうニュースが表示されていた。

エツヤはやがて温泉を上がり、家に帰った。

エツヤの父が将棋の対局を映すテレビの前で足つきの将棋盤を展開している。

エツヤ「父ちゃん」

夏吉「どうした?エツヤ」

エツヤ「俺、父ちゃんのこと、殺しちゃったんだ」

夏吉「バカ言え?俺がお前に殺されたんなら、今生きてる俺はなんだ?がっはっは」

エツヤは、時空を超えた父殺しも、やはりパラドックスになるんだな、と静かに悟った。

第2話「宝石の作業療法」

ピクピクコミックを発行していた出版社は燃えてしまった。そしてピクピクコミックは無期休刊となった。

悦矢「業の大好きな雑誌だったのにな」

業「俺が焼け死ぬよりはマシだろ!?悦矢!」

あいかわらずの業の発想の転換のうまさに悦矢は安心した。

悦矢は通学路の大学芋屋で業の好物の大学芋を久しぶりに業にご馳走した。

業「何かを得れば、何かを失う!何かを失えば!何かを得る!これも因果か!」

業は悦矢がご馳走した大学芋をとても美味しそうに食べていた。

大学芋屋「君ら、このチラシ、貰ってくれないかい?」

大学芋屋のおっちゃんはビラを渡してくれた。

業「なになに?宝石の、作業療法体験?おっちゃん!これ何!?」

大学芋屋「うちの甥っ子が作業療法士をやってるのは話したことがあるよな?ネットで資金を募ってそこに書いてる通り、宝石とかの高価な材料を使って作業療法、つまり、この場合は工作で精神療法を行うってんだが、参加者が思うように集まらないらしくてねえ、俺にまで助け舟を渡してきやがったんだ。まあ、俺も、通学路の大学芋屋始めようとした時のこと思い出してよ。協力しようと思った次第さ」

悦矢「参加費、30000円…これはちょっと俺らだけじゃ決められないよ、おっちゃん」

大学芋屋「俺だって、少々バツが悪いがね…。一応親御さんに見せてみてくれるかい?君ら」

業「見せるだけならタダじゃん!見せようぜ!悦矢!」

悦矢「まあ、それもそうだな」

悦矢は家に帰り、父、ナツキチに宝石の作業療法のビラを見せた。

ナツキチ「ほう?なるほどなあ。本来の作業療法ってのはビーズとかの安価な素材で工作をするもんだよなあ?しかし、売り物としては100円くらいの値しかつかないと聞いたことがある。そこから本職に行くような社会復帰のルートは無いんだろうな…」

ナツキチはブツブツとビラを見て悦矢によくわからないことを言う。

ナツキチ「悦矢。業くんの分も出してやるから二人でこれ、体験してこい」

悦矢「別に、俺も業も参加したいとは言ってないよ。ただビラを見せただけ」

ナツキチ「見せてくれたことが嬉しいんだよ。このくらいの額で縮み上がってるのを気づかないで一緒に暮らしてちゃ、何かがうまくいかなくなるもんだ」

悦矢「そうなの?父ちゃん?」

悦矢にはやはり父の言うことがよくわからない。

ナツキチ「業くんの口からまず若山さんちに話をつけてもらおう、まだビラに書いてある日程までしばらくあるし、予約は間に合うだろう」

悦矢「わかったよ、父ちゃん」

それからしばらくして、宝石の作業療法体験展の実施日が来た。

悦矢と業は会場で、今日の材料の選択肢を見ていた。

業「うひゃー!宝石がいっぱいだ!俺には綺麗さがよくわからない!」

悦矢「正直、俺もだ」

参加者は悦矢と業の二人きりだった。

企画者の指導員は懇切丁寧に悦矢と業がモチベーションを上げそうな情報を展開する。

業「あ!石言葉!これ!おもしろそう!」

悦矢「花言葉みたいなもんか?」

悦矢と業が食いついた石言葉にも、企画者の指導員は最低限ではあるが、ちゃんと材料の宝石から参照できるだけの意味を書き連ねた図表を用意していた。

結果、悦矢はアゲートの石を材料に選んだ。

業はトパーズを選んだ。

企画者の指導員「何か作りたいモチーフはあるかな?」

悦矢「鍵がいいっ。俺アゲートで聖なる鍵を作りたい」

業「聖なるだなんて!ははっ!でも今日はそんな言葉が似合う日かもな!豪華な宝石を使うことだし!」

悦矢「業はトパーズで何を作るんだ?」

業「男物のペンダント!」

そうして、作業療法体験は進み、やがて二人の宝石を使った作品が出来上がった。

企画者の指導員は、ほろっと涙をこぼす。

企画者の指導員「よかった!君たちが参加してくれて…!」

若そうではあるが、大きな大人が涙を流す様子の意味を悦矢と業は、さほどずれてない意味に解釈していた。

業「俺らが来なかったら、何も出来上がらなかった、ってこと?お兄さん」

企画者の指導員「そう、そう!自分の思い描いてるビジョンを、わかってくれた君らと君らの親御さんに僕は感謝したい!」

悦矢と業は、(この人いい人だ、でも世の中厳しいんだな?)と目で同意し合った。

企画者の指導員は二人の作品を何枚にも渡って撮影した。

企画者の指導員「美しい模範のような作品だ…」

悦矢と業「美しい模範…?」

企画者の指導員「略して美範、なんてね…」

業「それ気に入った!俺のこのペンダントの名前!『トパーズの美範』にする!そんで!このペンダント!悦矢にプレゼントする!」

悦矢「じゃあ俺はアゲートの聖鍵、業にあげる!」

企画者の指導員は二人が作品をトレードする様子も撮影した。

そうして、宝石の作業療法体験展は、参加者二名ながらも、成功に終わった。

業とトレードして手に入れた、トパーズの美範は、悦矢の高校生活まで大切に悦矢の宝箱で保管された。

第1話「ピクピクコミック、炎上。」

業「イヒヒッ、く、くふふ!ぎゃーっはっは!!」

悦矢「また業がピクピクコミック読んで爆笑してる。水曜日はいつもこれだ」

業「こ、この俺にしかわからない感じ!マイナー出版社最高ーーっ!!」

そうして昼休みも、5時間目も、6時間目も終わった。

帰り道で悦矢と業は通学路の大学芋屋の前を通りかかる。

悦矢「どれ業!今日は大学芋一緒に食うか!」

業「俺、ピクピクコミック買ったから今週はもう金使えないよ…。来週のピクピクコミックのために保険をかけておかないと…」

悦矢「ご馳走するって言ってんの!昨日将棋で父ちゃんを追い詰めたからご褒美に追加の小遣いを報酬としてもらえたんだ!」

業「…ありがと、悦矢。それなら!今日は甘えさせてもらう!」

ピクピクコミックを発行する出版社が火事で炎上したのは、業が少しピクピクコミックの展開に行き詰まりを感じてた頃と重なった。

ピクピクコミックは無期休刊となった。

悦矢は水曜日に爆笑する業をもう見れないのか、と因果な思いでいた。

プロローグ「通学路の大学芋屋」

ナツキチ「いくのか?悦矢」

悦矢「うん!父ちゃん!いってくる!母ちゃんにも!いってきまーす!」

悦矢は仏間の母の遺影に向かって元気な声を出し、学校への登校を開始した!

まっすぐな通学路を悦矢は駆け抜けていく!

若山家から業の弟であり、10歳でこの世を去ることになる遊がランドセルをしょって玄関から出てきた。

遊「あ!悦矢!業兄ちゃん3分くらい前に家を出たよ!」

悦矢「なら今頃、大学芋屋が開店するの待ってるかもな!」

悦矢は遊を置いて尚も走る!

通学路の大学芋屋が見えてきた!

業が大学芋が入ってるはずの茶色い紙袋を受け取って走り出す!

後ろから猛ダッシュで業に追いつく悦矢!

悦矢「おはよう!業!」

業「おはよう!悦矢!あっ!!」

悦矢「変容の刑だああああ!!」

業「うわあああっ!!」

悦矢「嘘だよ、業」

業「なーんだ!嘘か!ははっ!変容!悦矢!」

悦矢「てにおは?」

業「へ、ん、よ、お!!」

悦矢「変容〜っ!あわっ!」

業と悦矢「おっは変容〜!!はははっ!!」

おはようには、変容で返し、変容にはおはようで返す。悦矢の幼少期に流行ったちょっとした朝のゲーム性。

悦矢の幼少期には、何の不自由も無かった。

悦矢の母が遺影の中にいることを、悦矢は物心ついた頃から、当たり前のこととして受け入れていた。

いいなと思ったら応援しよう!