哲学対話とポッドキャスト
これは人工芝アドベントカレンダー2022 4日目の記事です。10分で何かをポストします。
ポッドキャストで哲学関係の話題を扱った2022年
じぶんは あらBfm というポッドキャストをホストしており、定期的に音声コンテンツをリリースしている。特にポッドキャストとしての分野・ジャンルは定めておらず、トーク内容は基本ゲストによって色んな内容が話される。
たまたまだと思うが、2022年は哲学や思想に関連した話題を扱っている回が何個か出てきた。これはひとえにゲストのそらさんやもふふさん、ピジェさんが哲学の素養があり、自然とそうした話題をポッドキャストに持ち寄ってくれたためである。
じぶんがホストとして少し心苦しいのが、ホスト自身は学生時代は理系であり学問として哲学を学んだことがないため、哲学の話題の聞き手としてそもそもどういった聞き方をすることが望ましいのかであったり、どの哲学者がどういった考えをしていたのかを知識としてすら知らなかったりとゲストから受け取れきれずにこぼれ落ちている内容も多かったであろうと感じていることである。
哲学対話エッセイを読んでみた
とあるところでオススメされていた「水中の哲学者たち」という本を読んでみた。これは著者の永井さんが小学校や地方のコミュニティの場で哲学対話をされた際の経験をエッセイにまとめた本である。
本書は、哲学対話の現場の空気感がよく伝わる形で表現されていて、色んな場所で色んな人たちが色んなテーマを考えたり悩んだり話したりしている様子がまるでその場の息づかいが聞こえてくるように書かれてる良書である。
本で紹介されていた哲学対話とは、いくつかのルールを決めた上で5-20人程度で問いを決めてそれについて対話をしていくことらしい。
哲学対話のルールとして挙げられていたのは下記3点
よくきく
自分の言葉で話す
<結局ひとそれぞれ>にしない
オプションとして次のルールが追加されることもあるらしい。
理由を挙げて話す
変わることをおそれない
ゆっくり考える
上記の「よくきく」「自分の言葉で話す」「理由を挙げて話す」などはじぶんもポッドキャストで話す際に意識するようにしているポイントである(ただそれらを実践するのもそれなりに難しかったりする)。
その上で哲学対話らしい?ルールだと感じるのは「<結局ひとそれぞれ>にしない」や「変わることをおそれない」という点である。
普段の日常会話や雑談の場でじぶんと明らかに考えが違うなぁと思うときについつい言ってしまう言葉として「結局ひとそれぞれなので……(この会話は終わりにしましょう)」がある。
個人的な例としては、職場の同僚から何かしらの信条でコロナのワクチンを打っていないという話を聞いたときに、じぶんはそれ以上その話題を話しても益はないと思い「まぁひとそれぞれなので……✋」と言ってその会話を終わらせたことがある。
しかし、哲学対話においてはそれは許されないのである。おそらく<結局ひとそれぞれ>ということを言い出したらもちろんそれは当然そうであるし相手と対話する意味がなくなるからではないかと推察される。
哲学対話では<結局ひとそれぞれ>という前提を知った上でそれでもなお対話することを求めるものらしい。
おわり
ちょうど本日ポッドキャストで哲学対話?をしてみようという収録がある。
初の参加者5人の回なのでオンラインで音声通話だけでどこまで話せるものなの分からないが、上記の哲学対話エッセイで挙がっていたルールは参考になるかもしれない(しならないかもしれない汗)。
なんとなく「<結局ひとそれぞれ>にしない」「変わることをおそれない」ような対話ができるといいなと思う。
後日…
哲学対話回、無事リリースしました!