宗教の起源
宗教の起源〜私たちにはなぜ神が必要だったのか〜(ロビン・ダンバー 著)
はじめに
宗教はどんな社会にも存在する。人間ははるか昔から、死後に生きる世界を信じ、副葬品を墓に入れる習慣が4万年前から定着していた。
キリスト教やイスラム教:単一の神がすべてを支配する
ヒンドゥー教:多くの神がおりそれぞれが人生の異なる局面(出産、幸福、戦争、収穫など)を司る
儒教と道教(古代中国):神という形ではなく調和の感覚を重んじる宗教
ゾロアスター教(ペルシャ):世界最古の宗教。紀元前千年前。
日本の宗教
日本では、日本古来の神道と1500年前にインドから伝来した仏教という、かなり異なる二つの宗教の両方に属している(そして、仏教の中でも浄土宗や禅宗は日本の生活にあった独自の宗派)。
1838年、農家の娘の中山みきに月日と呼ばれる神が乗り移り、この体験をきっかけに中山は治療師として信者を増やし、天理教(200万人)となった。
宗教の定義についての議論
道徳的共同体(同じ一連の信念を共有する集団)の中で2つの考え方
1:儀式など実用的な役割を重視するもの(行うもの)
2:哲学的心理的な面から包括的な世界観として捉えるもの(信じるもの)
2つの疑問
1普遍性:なぜ人は宗教を信じようとするのか。弾圧されても生き残る。
2多様性:なぜ宗教はこれほど多くの種類があるのか。なぜ別の宗教を立ち上げようとするのか(キリスト教やイスラム教はユダヤ教から独自に発展したもの)
第1章:宗教をどう研究するか(宗教の歴史から)
原始宗教(アニミズム、没入型宗教)
部族の多くが人間以外の生物、河、山、森などに霊(アニマ)が宿ると信じていたことに由来。一般信者と仲介者となる専門職が儀式を執り行う種類ではなく、個人が音楽や舞踏などの没入体験による宗教。
教義宗教
より形式的な宗教へと発展し、神の存在を拝む。専門職である祭事(神との橋渡し役)が登場。イスラム教の預言者ムハンマドは神からコーランを聞き取った。仏教は釈迦(シッダールタ)、キリスト教はイエスキリストがそれにあたる。
認知人類学から宗教認知学へ
1980年代、人間の世界観の根底にある心理を探る試みが登場。宗教は文化的進化の一例だとする考えもある。宗教を単なる信念の集合とする見方から、実践の集合と捉える原始宗教へと再び立ち返る。
第2章:神秘志向
主要な宗教は例外なく、神秘体験が重要な構成要素となっている。神秘志向には3つの特徴(トランス状態に入れる感受性、霊的世界への信仰、隠れた力が味方になる信念)がある。
人間の生活における霊的な存在を信じたいという欲求。生命がそこで終わらないと信じたい感情。霊魂が生き続けるという考え。
トランス状態
高度に洗練されたトランスはヨガや仏教など瞑想。シャーマニズム宗教では、薬物や激しい舞踏などが使われる。トランスから戻ると雑事が肩から落ちて穏やかな心境になるとされる。
シャーマン(未来予測と治療)
予言と治療が主な役割であるが、社会のさまざまな側面で助言や介入を求められる。儀式を行ったり、時にはカリスマ指導者の役割を担う。
今も昔も人類の課題である未来予測。病気や天気など。アポロン神殿の巫女は月に一度公開でトランスに入り、助言を求める人に予言を与えた。(紀元前1400年から始まり、キリスト教の異教徒対策の紀元370年まで)。
降りかかってきた災難を誰かのせいにしたいのは人間的である。儀式による治療では、トランス状態に入り病気の原因となる霊と面会する。
第3章:信じるものは救われるのか
宗教がもたらすものは何か、主な議論のテーマ
1:個人レベルで利益をもたらすもの(健康や満足度)
宗教を通じて世界を理解することでその不安定さを制御しうまく暮らしていける。気候変動、自然災害、流行病。プラシボ効果や薬草などで、健康に与える影響もある。ただ、願掛けはいつも叶わうわけではない。それでも一般的に宗教を信仰する人たちの人生の満足度は高い。
2:社会レベルで利益をもたらすもの(大衆の抑圧)
一般的に人間の利他的行動は身内や近い親族にしかとらない。そのため社会的に協力していくことは大きな課題となる。高みから道徳を説く神を設定することで、警官のような役目を果たす(裏切りや悪事を減らす)。漠然とした超自然よりも人間化した神の存在の方が、現世での道徳違反に効果。
また人身供犠や生贄など、大衆に恐怖を与えることは支配層にとって都合が良かった。
3 共同体結束の仕組み(協力)
支配層から大衆を押さえつけるのではなく、自らが共同体として自発的に関わる場合は長く存在する傾向がある。日常的に顔を合わせ儀式や礼拝に出席するほどつながりは強くなる。
第4章:共同体と信者集団
信者集団に最適人数はあるのか
ウィスコンシン州の調査で、毎週の礼拝の出席率と教会への寄付額は、集団が大きくなるほど減少する結果となった。
個人の社会ネットワークの大きさは様々な研究において(SNSの友人、電話、結婚式の招待、メールアドレスなど)いずれも100〜200に収まり、狩猟採集社会の典型的な大きさ150と近しい。社会集団の大きさは脳の大きさが決定要素となる。
しかし、時間と努力を惜しめば(会う努力をしなければ)1年後には親近感が15%減少し、3年経つと友人はただの知り合いに格下げとなる。
人類は小規模社会で暮らしてきた
狩猟採集部族は5〜10家族(30〜50人)で暮らしていた。これらは血縁関係がある。共同体を作っている場合、100〜200人規模。部族としては1500人
→ 人の自然な共同体の人数は150人程度
宗教の集団規模
地域の人口規模に限らず、礼拝者は約170人だった。150人を超えると信者集団は減少する傾向が見られた。200人ほどで頭打ちになり、離脱を防がないとその人数を行ったり来たりするだけとなる。120人程度が理想的という意見も多い。
継続する団体は、共同体を支配する宗教的精神が、小さな集団に起こりがちな面倒や衝突に蓋をして、決裂を未然に防いでいるからではないかとみられ、アメリカで最も長く続いた宗教共同体のひとつであるシェーカー派は、単純で高度に同期させた踊りを多用しており共同体の結束を強くしていた。
150人
250の信者集団(信者総数は5万人以上)を、小集団(信者数約40人)、平均集団(約150人)、大集団(約500人)、メガチャーチ(2000人超)の、規模の異なる四つのカテゴリーに分類した最近のデータ分析によると、大規模な教会ほど合計では多額の寄付が集まるし、比較的人数も多いから共同体が大きくなっても内部の人間に充分手を差しのべられるはずなのだが、そのわりに信者は集団になじめない傾向にあることがわかった。また信者数が150人を超えるあたりで、内向きな共同体から、内部に分裂を抱えながらも、一般の市民生活により開かれた共同体へと切りかわる傾向であった。
第5章:社会的な脳と宗教的な心
祖先は社会集団を拡大するときに直接触れることなく同時にグルーミング(撫でたり、抱きしめたり)する方法を考えた。これらが親密性と結束を強めている。
社会的結束力の二重のメカニズム
一つは上記の笑ったり踊ったり(グルーミング)であり、2つ目は友情の7つの柱である(言語、出身地、学歴、趣味と興味、世界観(宗教、道徳、政治の立場)、音楽の好み、ユーモアのセンス)。これらの共通点が多いほど結束力が強固となり相手のために行動する気持ちが強くなる。
メンタライジング
私たちが直接経験する世界から一歩引いて、そこには別のパラレルワールド(相手の心)が存在すると想像する能力。人智を超えた世界を想像する宗教では、このような高度なメンタライジングが必要となる。
宗教がどんなものであれ、私たちの心の中で起きていることは間違いがない。
第6章:儀式と同調
ほとんどの宗教は儀式を基盤にしている。儀式には二つの重要な特徴がある
低労力型は、特定の場所や時間に短い行動をとるだけで終了する(教会に入るときひざを折って身をかがめる、聖人の像や墓に口づけするなど)。中労力型は歌を歌ったり、ひざまずいて祈ったりと礼拝に出席して行なうものが多いが、ヨガの瞑想もこちらに分類されるだろう。究極型は激しい身体的苦痛をともなう(代表的なものに火渡り)。
儀式を手順どおりに進められれば、共同体の一員であることを示せるという解釈。また別の考え方として、不便や苦痛に耐え、時間と費用をかける覚悟があればあるだけ、その共同体に属したい欲求が強くなるというもの。禁止事項が多い団体の方が長続きする傾向がある。
動きの同期
礼拝の出席者は身を寄せあい、立つ、ひざまずく、座る、ひれふすといった動作をいっせいに行なう。十字を切る動作はもちろん、歌うときも、祈りを唱えるときも声がそろっている。もちろん踊りも同じだ。同期した動作には催眠的な効果があって、仲間意識を高める。
第7章:先史時代の宗教
旧人類はたしかに言語を持っていたかもしれないが、それは現生人類の言語ではなかった。暗い洞窟でトランス状態に入って経験したことを表現することはできても、高次元の宗教的信念を伝えあうことはできなかった。霊的な存在や、自然のなかにいる見えない何かを恐れる感情はあったが、そこから意味を紡ぎだして何らかの理論を構築することは不可能だった。
トランス状態に入れるだけでは、現生人類が考えるような宗教にはならない。もっとほかの要素が必要であり、私たちが知っているような宗教は、解剖学的現生人類が出現した20万年前より以前にはなかったと考えられる。宗教とは、人類を大きく分かつ何かなのかである。
第8章:新石器時代に起きた危機
定住化が始まり、人間がより大きな集落で暮らしていくには、その規模の拡大にあわせてストレスや集団内の暴力を減らす方法を見つけていくことが必須だった。大きな集落をつくる部族社会は、分裂を食いとめるために踊りや宴会など、共同体の結束を維持する活動多様な戦略を実行した(他にも結婚に際して男性側が出す婚資など、婚礼に関する正式な取りきめを増やすなど)そして、より明確な儀式と正式な礼拝所、専門職を擁する教義宗教への移行が起きた。
狩猟採集社会には見られないこれらの要素(聖職者階級、神の存在など)は、新石器時代が進むとともに急速に見られるようになった。
高みから道徳を説く神は、いつ、どんな理由で出現したのか
財産所有社会(牧畜あるいは農業を営む部族に限られる傾向)の主張は十分ではなく、なぜなら牧畜は家族関係の範囲で管理できるため、共同体内部の窃盗を防ぐ目的にはならない。
社交構造の複雑さが頂点に達して300年後に高みから道徳を説く神の存在が増えた(社会の複雑さの判断材料は、人口規模、階層構造および司法構造、インフラストラクチャー(運河や道路など)、暦、文字、硬貨と多岐にわたる)主に紀元前1000年。集団生活のストレスが増し、暴力や窃盗などが増加し対処が困難となった。
宗教専門職の登場は、社会が豊かで食糧を専門職者に行き渡る状態のとき。主要な教義宗教が出現したのは、世界のなかでも人口の増加が著しく、大きな国家が出現していた地域。
亜熱帯で生まれた主要宗教
熱帯地方が病原体進化の温床であることは昔から知られていた(気候が一定で暖かく、極端な季節の変化がないため)。それにより、熱帯地域中心によそものとの交流を極力避け、部族内での小さい共同体で過ごした。
人類の祖先はさらに大きな社会集団をめざし、それに必要だった新たな結束強化の手段が、歌や踊りや宴会であり、言語ができてからは宗教も加わった。ただ、それでは100~200人の共同体しかつくれない。この壁を越えて共同体の規模を大きくするには、社会の構造化と、組織的で形式の確立した宗教の導入が不可欠だった。つまり教義宗教は、おたがいが顔を突きあわせる小さな社会を脱却して、私たちがいま暮らしているような巨大国家を実現する最終段階だった。
第9章:カルト、セクト、カリスマ
なぜカルトが生まれるのか
どんな宗教も始まりはカリスマ指導者を中心とするカルト。既存宗教内の派閥争いの結果もあれば、新たな着想を得た者に感化された人たちによってカルトができあがる。しかし、多くのカリスマ指導者は、存命中と死去直後までしか影響力を持てない。
カリスマ指導者
何が人をカリスマにするのか。その答えははっきりしない。なぜならカリスマ性は本人の特性というより、信奉者によって与えられることが多いため。
また、シャーマンを筆頭に、神秘主義者は一般に定型からはずれた者が多い。精神疾患を抱えていることが多く、それがトランス状態に入りやすい素因になっている。見た目や挙動が奇妙で、周囲からは狂人扱いされるが、それでも人びとは彼らのことを信じる。なぜ信じるのかといえば、ひとつにはその他大勢に埋没しない、突出した存在を頼みにしたいと思う気持ちがあるからと考えられる。
宗教の心理学では、女性のほうが男性より宗教心が強く、カルトの信者になりやすい。
第10章:対立と分裂
なぜ宗教は分裂するのか
すべての主要な宗教は規模が大きくなるにつれて内部のストレスが増していく(儀式のやりかたや道徳的禁止事項の解釈の変更をめぐって激しい論争になったりもする)。地理的な拡大も含め、規模の問題により意思疎通は取りづらくなる。
16世紀の宗教改革では特に多くの分裂によるカルトが生まれた。教団を拡大していくには、生まれた子どもを信者にすることが唯一にして最も重要な戦略となる。
2種類の宗教(没入型宗教から教義宗教へ)
初めは100~200人の小さな狩猟採集共同体を結束させるための宗教。神は存在しなかったが、自然の特徴と結びついた霊的存在や、トランス状態を経由して入れる霊界は信じていた。治療師、占い師の登場により、それらのシャーマンの信者も発生。
その後、定住生活に移行すると300〜400人規模に増えると内部のストレスが増加し、より形式的な儀式や専門役職の登場につながる。気候が温暖な亜熱帯で人口が増加したことで、宗教も増加。
なぜ現代では宗教心が薄れていっているのか
・経済状態が良好で、富の格差が小さいと宗教への関心が低下する(貧困と抑圧の苦しみから逃れるのに、宗教に癒しを求める必要がないため)
・宗教は後退しているわけではなく、世界のかなりの部分では今も盛んであり、後退がささやかれる西洋の先進諸国でも、低調なのは一部だけという見方もある