愛妻弁当
別に愛妻弁当が羨ましいわけじゃなかった。
俺はコンビニの弁当でも満足できる40歳独身男だ。
ただ新婚の勝浦がいつも手づくり弁当を持ってきていて、みんなに羨ましがられたり、からかわれたりするのを遠くから見てただけだった。
ある日、俺は見てしまったんだ。
勝浦が愛妻弁当をゴミ箱に捨てようとしているところを。
俺は目を疑ったがあいつは確かに弁当の中身を捨てていた。
そして他の同僚達と一緒に何食わぬ顔でオフィスから出て行った。
俺はそのあとコンビニのおにぎりを頬張りながら、何てもったいないことするんだって思ってた。
そして次の日。
また昼休みに勝浦は弁当箱を持ってゴミ箱の方に歩き出したんだ。
おい、また捨てるのかよ。と思って見ていたら勝浦と目があった。
勝浦は見られてたか〜とでも言うような表情をして、弁当を捨てるのを躊躇った。
そして数秒弁当をじーっと見た後、こっちに向かって歩いてきたんだ。
そして「これ、食べますか?」って言って弁当を俺に差し出してきた。
「何で俺がお前の愛妻弁当食べるんだよ。」
俺は笑いながらそう言った。
「悪いとは思ってるんだけど。みんなと外に食べに行きたいんですよ。」
勝浦の同僚達(勝浦以外はまだ結婚していない)が、ドアの前で勝浦のことを待っているようだった。
「なら弁当いらないって言ってやれよ。」
「それが、なんか手作り弁当のブログやってるみたくて。作らなくてもいいって言っても、好きでやってることだからって言われて。」
「だからって、せっかく作ってくれたの捨てることないだろ。」
「だから、よかったら食べてください。」
勝浦は俺のデスクに置いてある菓子パンをチラッと見て言った。
「これは、後から食べるおやつだ。」
咄嗟に今日の昼飯となるその菓子パンについてそう言った瞬間、俺は急に虚しくなった。
仕方なく、捨てられるよりはましか。と思いながら弁当を受け取った。
黒い四角の弁当箱は2段になっていた。
上の段の蓋開けると彩り豊かなおかずが綺麗に並べられていた。
下の段は小さめのおにぎりが3種類だった。
写真を撮ってブログに載せたくもなるな、と納得した。
食べるのが勿体無いくらいの弁当だったが、俺は迷わず食べ始めた。
揚げたてではない唐揚げがこんなに味わい深いものだとは。
嫌いだったとろろ昆布のおにぎりにこんなに旨みがあり、絶妙なしいお加減だったとは。
一口一口が今まで味わったことのない驚きの連続だった。
飾りのようなハート型の人参や花のようになっているきゅうりも全てが美味しかった。
俺は早起きして一生懸命作っただろう妻の愛情を感じた。
まあ、俺に向けられた愛情ではないのだけど。
その日から俺は毎日勝浦の愛妻弁当を食べることになった。
弁当の中身は毎日違っていた。
何が入っているかわからない弁当を開けるのは楽しみだった。
気づいたら休憩時間に勝浦が弁当を届けてくれるのを待っている自分がいた。
ある日お弁当を開けたら白いご飯にノリで「大好き❤」と書いてあった。
自分に向けられたもののようで胸が熱くなった。
勝浦が今日の弁当どうだった?って聞かれることがあるから、弁当のの感想を聞かせて欲しいと言ってきた。
俺は正直に、今日の卵焼きは少し甘かっただとかおにぎりは二つの方が食べやすいとか言ってやった。
ある日紙切れに
「新しい下着買ったから、今夜、待ってる。どう?Yes/No(丸をつけてね。)」
と書いてあった。
俺は迷わずYes、Yes!と思ってYesに丸をつけてしまった。
でも、その時に俺は思った。
これはおかしいだろ!
だから、次の日俺は勝浦に言った。
「もうこの弁当、今日で最後にしてくれないか。」
「わかりました。」
勝浦はそう言ってその日の弁当を俺に渡した。
俺はこれが最後かと思いながらその日の弁当を開けたら、また紙が入ってた。
四つ折りになってたその紙を開くと
「いつも食べてくれてありがとうございます。かな」
って書いてあったんだ。
そうか。バレてたか。
「勝浦〜。」
俺は「食べ放題の満腹太郎」に行くという勝浦を呼び止めた。
「かなさんのこと、大事にするんだぞ。」