井原西鶴は何故今読んでも面白いのか。『好色一代男』の現代性、先進性、世俗性
井原西鶴の本を読むきっかけとなったのは、阿満 利麿 (著)『日本人はなぜ無宗教なのか』(ちくま新書)という本で、井原西鶴こそが「浮き世」の人生観の完成者であると語られていたことだった。無常を克服する一つ目の方法は仏教に帰依すること、二つ目の方法は人生が無常であることは受け入れながら、無常を楽しむという道であるとされる。
阿満によると、西鶴の人生観の要点は二つあり、人生を計画的に楽しむ主張と浮き世での実在感覚を数量に求めたことにある。今でいうFIRE(早期退職)のような考えや、定量的に語ることが要点にあると解釈すると、まるで今の若手ビジネスマンのような現代性で面白い。
西鶴の『好色一代男』では、主人公が契りを交わした女性は3742人、男性は725人と冒頭で記されている。このあたりの事情を量的に管理する考えが江戸時代からあったということ。
『好色一代男』の面白いところ
江戸時代の当時の生活や暮らしを覗き見ることが出来るのが、現代人としては一番面白いと思う。教養豊かな方なら、伊勢物語や源氏物語へのオマージュが張り巡らされた、ハイレベルな本文の技巧も楽しめるかもしれない。光文社古典新訳文庫の注釈は丁寧で、日本の古典知識に乏しい自分でも楽しく読みやすかった。
『好色一代男』は、内容としては色欲の強い主人公が遊郭等で遊ぶことがメインの話なので、特に当時の遊郭等のシーンが多い。その中で、どのような客や太夫(今で言うなら高級風俗嬢?)が粋なのかというエピソードも出てくる。そう書くと遊郭の世界に興味がない読者にはつまらないのではないかと思われるかもしれないが、当時の食べ物の描写等もあるため、そういった描写から当時の生活を知る楽しさもあると思う。「マナガツオ」、「雉鳥」、「有平糖」、「河豚汁」等が登場していた。また、成功した商人の家では豊かな暮らしが出来ていたことがストーリーを通じて分かり、江戸時代は想像より豊かだったのではないかと感じさせられる。
印象的な個所の引用
「わしは、後家を口説き落としたことが何度もある。こうやるのだよ。葬礼の参列者に、家の様子を尋ね、夫の亡くなったあとは、こうこう、こうなっているとわかったなら、死んだ男と知り合いではなくても、袴肩衣の喪服を着て、『亡くなった御亭主と自分とは兄弟同然のつきあいでしたが』としみじみとお悔やみを言う。その後は、子供の様子を気にかけ、火事など起こればいち早く駆けつけて、万事頼もしく思わせておく、後家がうちとけてきたなら、杉原紙に思いを書きつけて女をくどく。(略)」
生々しいですね。
「我が国の遊女の始まりは、近江国朝妻と播磨国室津が起源で、今は国々に広まっている。朝妻は、いつの頃からか遊里は絶えてあばら屋の集落になってしまった。女は縞布を織り、男は地引網を引いて、その日暮らしをしている。一方、室津は今でも西国一の大港で、遊女も昔に増して美人がそろい、容姿や作法も、大阪とそれほど違わないそうだ」
室津はwikipediaの記載によると「明治以降は瀬戸内海の一漁港に過ぎないほどに零落」したらしい。過去大きく栄えていたという前知識を持ったうえで、室津を訪ねてみたい。
「階下を覗いてみると、客がいるでもなく、遊女が手枕して煎じ茶をがぶがぶ飲んでいるだけ、あくびをしては二階に上がり、下に降りては浄瑠璃本など読んでいる。何の用もないのに、座敷に出たり入ったりして、酒宴の興を冷ましているだけではないか」
これは堺のエリアの遊郭の話で、他のお客から声がかかり頻繁に席を抜けるのが人気の女郎という前提で、呼ばれてもいないのに女郎が離れてサボっているという描写。今の感覚でも理解できるような様子で面白い。あと、遊女も浄瑠璃の本を読む読解力を備えていたところから、江戸時代の庶民の基礎学力の高さを感じさせられますね。
以上、『好色一代男』の印象的な部分でした。
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