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待ち遠しいのは、春


毎日、何かしらに追われながら生きている。

「何かしら」は仕事や資格試験だけではない。
買ったら意外と大きかった白菜の消費方法や、お風呂の排水溝掃除の頻度など、日々頭を悩ませることばかりである。

最近は専ら仕事ばかり。
所属している部署の繁忙期が始まったこともあり、帰宅するのは毎日21時頃になってしまう。
帰宅して風呂、夕飯を済ませたら何もできなくなってしまう。本当は洗濯機を回したいが、時間帯も遅いのでなかなか難しい。観たいドラマや映画も溜まる一方だ。

2月11日。久しぶりに予定が無い休日だった。

資格試験を週末に控えているため、勉強に朝から追われていた。24歳にもなって、テキストを読み、模擬試験を解くような勉強をすると思っていなかった。今まで生きてきた時間の80%は勉強をしてきたが、しばらく勉強から離れたせいで、集中力は壊滅的だった。

朝8時から始めた勉強だったが、10時頃には完全に集中の糸が切れてしまった。テキストの文字は水面のようにゆらゆらしていて、内容なんてこれっぽっちも理解できない。同じ箇所を幾度も読み返しているが、ループしているのは私の行動だけであり、時間だけは無慈悲に経過していた。

こんなときは、気分転換に散歩に出かけることにしている。スマホなんて見始めたら本当に際限が無い。いつもの散歩コースに古びた商店街があり、そこへ向かう。商店街近くのコーヒー屋さんが開いていればコーヒーを飲もうという算段だ。

しかしながら、コーヒー屋さんは空いておらず、泣く泣く諦めた。どうして。祝日なのに。

代わりと言えるか分からないが、生花を買って帰ることにした。今日は春っぽい天気だし、チューリップにしよう。
店頭のバケツに活けてあった黄色いチューリップを手に取り、店主らしきおばちゃんに声をかける。

お花屋さんのおばちゃんはとても派手で、ジブリ作品に出てくる魔法使いのようだった。
おばちゃんは私をつま先から頭のてっぺんまでじっくり眺めたあと、「今日のあなたにぴったりなお花ね」と言ってくれた。とても穏やかな話し方だった。その後は、最近あてたばかりのパーマから順に、アウター、スラックス、最後は靴を褒めてくれた。マシンガンのように賞賛を浴びせられ、怯んでしまった。でも嬉しかった。人に褒められて嫌な気分になったことなんてない。嫌味ひとつ感じさせないおばちゃんの褒言葉で気分が良くなってしまった。

帰り道、古ぼけた商店街の中で、私だけスポットライトを浴びている気分だった。たった一輪の花を持っているだけだが、今日という日の主役になった気分。足取りも軽かった。重力が普段の半分くらいだった。

「今日のあなたにぴったりね」
もらった言葉を何度も頭の中で反芻して帰る。
おばちゃんがマシンガンのように放った褒言葉は、私の体に空いていた穴をコルクのようにすっぽりと埋めてしまった。たった250円で満たされた。

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