うるさい比喩御膳・梅
〈嬉しい〉
・運動会で優勝するくらい嬉しい
・満員電車で端の席が空いて座れた時くらい嬉しい
・大切に育てたニワトリが初めて卵を産んだ朝くらい嬉しい
・料理をしようとした母がうっかり皿を割り、片づけに疲弊した結果、見かねた父親が回転寿司に連れていってくれた時くらい嬉しい
・更年期の国語教師がストレスのはけ口として生徒に長文の古語の暗唱を出題し、多くの生徒が失敗し叱責される中、完璧に暗唱をしてみせ、その顔を引きつらせてやった時くらい嬉しい
・自分の洗濯物を中学生の娘のものと一緒に回してしまい「きもい」と言い放たれ、ソファに深く沈み込んでいた際、ふと妻が隣に座り、そっと手を取って慰めてくれ、学生の頃の彼女の面影が背後の物干し台と重なった瞬間くらい嬉しい
〈多い〉
・ムカデの足くらい多い
・自称インフルエンサーくらい多い
・千と千尋の興行収入くらい多い
・急な坂道で謎におばあさんが紙袋から落とすミカンくらい多い
・お盆に帰省した実家で一週間過ごした後、車のトランクに旅行カバンを積んでいると、お袋が持って帰りなと押し付けてくる梅干しくらい多い
・読書家を目指して難解な名著に手を出し、大した理解に至らぬまま盲目的に「面白い」と言って友人に勧め、困惑させる奴くらい多い
・新興宗教にハマってしまった彼女を救うため、密会が行われる場に潜入したが、自分の作戦が彼女を経由して教祖にバレており、命懸けでその場から脱出を試みる際、血眼になって背後から追ってくる信者の数くらい多い
〈大きい〉
・大谷翔平の背中くらい大きい
・ジェットエンジンの音くらい大きい
・大学入試本番にやらかした符号ミスくらい大きい
・ヒップホップで世界を変えようとして上京し三年が経った春、初任給で両親にウナギをご馳走している同級生のインスタを見つけてしまい、心にぽっかりとできた空洞くらい大きい
・暴力団のフロント企業に潜入し、違法薬物の取引日時を押さえようとしたが、別の場所で拷問を受けていた同僚に売られて潜入捜査がバレてしまい、組の事務所に連れていかれてタコ殴りにされ意識がもうろうとする中で見た、その現場を静観する極道の妻の、凛とした瞳くらい大きい
・部活と受験勉強に打ち込みすぎてデートをする暇がなかったが、久々に時間が取れ、彼女を夏祭りへと連れてきた日、両手に持ったかき氷の片方を渡そうとした矢先に別れ話を切り出され、去っていく彼女の背中を追いかけることもできずに横目で見た、自分にとっては眩しすぎるあの花火くらい大きい