【連載小説①】チョコレート・ボックス
夢を見ていた。
つい、さっき。
どんな夢だって?
そういうの、僕はすぐに忘れちゃう。
あ、でもなんとなく思い出した。どこにもない場所にたどり着く夢だった気がする。
どこにもないのにちゃんと行き着く、ってなんか変。
☆
大学に行かなくなってから二週間が経っている。先生とか友達とか、色んな人からたくさんメールがきて、いまでも僕はそれを返せないでいる。
だから心の中で返事をした。
「大丈夫、僕、ちゃんと元気です。ただ、なんとなく、一人になりたくて」
僕には一人になりたい時期がある。
そんなことをこぼすと、よく言われるんだ。見た目からは全く想像できないって。
「えっ、おまえ太陽みたいなのに。なぎさって根暗なのか?」って、よく言われる。
別に根暗ではないと思う。
ぜんぜん話変わるけど、そういや、何かの映画で「チョコレートボックスは開けるまで中身が分からない」みたいな、そんな言葉があった。
簡単に言っちゃえば、つまるところ人生はチョコレートボックスみたいだよってこと。
僕のいま、って何味のチョコレートなんだろう。
☆
「お、久し振りだ。なぎさは元気してたか?」
「僕は元気なんですが、最近学校に行ってません」
「おお、そうか、それは良かった」
「良いんですかね」
マスターはなんともない顔をして、当たり前のように返事をする。
僕の方が驚いちゃう。
だって、学校に行かなくなってから、僕は一度も染めたことのない黒い髪の毛を金に染め、服装だってがらっと変えてしまったのだから。
時々思う。マスターはたとえ今日僕が女の子の格好をしてお店に遊びに来ても、なんにも言わないんだろうなって。
「僕、なんだか一人になりたくて。友達とか先生とか、一体何なんだ、って思えてきちゃって、しばらく一人になろうと思います」
「いいじゃないか。一人はいいぞ」
マスターは適当に返事をしながら、グラスにマッカランの水割りを作っている。
夏の夕陽みたいな色をして、波打つ。
「はいよ」
「ありがとう」
僕はどちらかというと普通よりもおしゃべりだ。
それだけに、時々一人になるのが好きだと言うと、周りの人たちは驚く。
でもマスターだけは違っていた。
マスターは僕の長いおしゃべりに、いつも適当な返事を返す。
思い切り、短く。
だいたい「そうだな」とか「いいじゃないか」とか「なるほどな」とか、そんなことを言っている。新聞紙をまるめたような顔をして、弾んだ声で。
ちゃんと聞いてないんじゃないかなって思うけれど、僕にはそのくらいが、ちょうどいい。
「僕これからどうしよっかなって思ってて。こういう時ってみんなふらっと旅に出るけど、僕はしません。それだけは決めています」
マスターが突然、顔をくしゃくしゃにした。
ひとこと言って、笑う。
「なぎさらしいな」
この店にはじめて立ち寄ったのは去年の夏だった。
そんなことを思い出しながら、しばらく沈黙しながら、なんとなく物思いに耽りながら、僕はマッカランを飲み干した。
「マスターありがと。また突撃する」
「またな」
そう言って僕は手を振り、マスターもこっちを見て右手でグーサインを出す。
外に出るとすっかり日が暮れていて、月の光で夜道が白く光っていた。
月へと続く道みたいだと、そんなことを想像した。
夜の道を歩いていると、なんだかちゃんと一人になれている感じがした。僕は夜が好きだ。
そんな道すがら、ふと思った。
ところで僕はどこに向かって歩いているんだろう、と。朝が来たらどこにたどり着くんだろう。というか、僕のもとに朝なんてやって来るんだろうか。
(続く)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?