世界はあなたを発見しない
日曜日は夫、(川内イオ)の新刊「農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦」(文藝春秋新書)のトークイベントへいってきた。私は、受付や本の販売など裏方担当しつつ、トークを聞いていた。
たくさんの美しいハーブと共に広島からさっそうとやってきたのはハーブ農家の梶谷ユズルさん。梶谷さんは自他共に認める「スーパースターファーマー」だ。
現在、梶谷さんは三ッ星レストランを中心にハーブを取り引きをしている。そしてウェイティングリストには300軒のレストランが名を連ねる。「仕事するのはお昼まで。週末もきっちり休み、年収は1500万円」という飾らないぶっちゃけトークが清々しい。
今や一部界隈では誰もが名を知る梶谷さんだが、お父さんのハーブ農園をひきついだばかりのころは、「安くて、きれいなものを安定して作ればそれでいい。香りなんていらない」と市場の担当者に言われ、愕然としたという。その言葉に奮起した梶谷さんは、市場に下ろすことをやめようと決意。レストランとの直接取引を始めた。
しかし、その時は誰ひとりとしてお客さんがいない状態だ。
そこで彼は、いきなりパリに飛ぶ。
三ッ星レストラン「アストランス」に営業に行くためだ。アストランスは、私の本「パリでメシを食う。」にも出てくる世界で一番小さな三つ星レストランである。
シェフのパスカル・バルボは、梶谷さんのハーブを大いに気に入った。そして、「こんなおいしいハーブは食べたことない」という彼のコメントをゲットすると、二人でとった写真とコメントをポストカードにして、日本全国のシェフに送った。それがスーパースターファーマーが生まれるきっかけになったという。
このエピソードを聞きながら、私は改めて一つのことを思った。
それは、世界はあなたを発見しない、ということだ。
何かを望むなら、まずは「自分はここにいるよ!」と全力で叫ばないといけない。気づいて欲しいと願うその人のドアをノックして。
いくらいいものを作っているとしても、全力で叫ばない限り、世界があなたを発見するすべはない。ひっそりとしていてはダメだ。誰かの影にいてもダメだ。内輪で叫んでもダメだ。もちろん、現代では、ひっそりと自宅からアップした動画が突然何万回も再生されたり、noteをインフルエンサーが紹介してくれたり、そういうミラクルなシンデレラストーリーは多く存在する。でも、スマホを手にしてそういうミラクルをただ静かに待っていても、何もおこらない可能性のほうがずっとずっと高い。
当たり前すぎるこんなことをわざわざ書くのには理由がある。世の中には叫ばないままに、奇跡を待っている人が多すぎると思うのだ。この間も、あるイベントで「本を出すのが夢なので、アドバイスが欲しい」と言うライターの人がいた。
どんなものを書いてるんですか?と聞くと、「日々の原稿が忙しくて、まだ、本としてまとめられるほどの文章は書いていない」という。「アイディアはあるんです」とその人は続けて言う。
私は不思議だった。まだアイディアを形にしていないのに、どうやって編集者はあなたを発見できるのかと。
「アイディアはいいかもしれませんが、このまま待ってても100%本にはならないですよ」と私は言った。「まず何かを書いて、それをとにかく周囲の人でも、出版社の人にでも見てもらうといいですよ。ほら、そこに私の担当編集者がいます。まずは彼女の名刺をもらってきたらどうでしょうか」と私はアドバイスした。しかし、その人は編集者に話しかけることはせず、帰っていった。
どうして、アプローチしないのだろうか。ただ、待っているの?誰かがあなたを発見してくれる日を。
私はたびたび言われる。国連に採用されたなんてすごいですね。本を出せたなんてすごいですね。賞をとれてラッキーですね。
そんなとき、すごく戸惑ってしまうのだ。別にすごいわけでも、ラッキーなわけでもないし、世界の誰かかが、私の原稿を奇跡的に見出してくれたわけじゃない。そういう順番じゃなく、私は自分から世界に向かって手を振り回した。ダメ元で国連に応募したし、一冊分の原稿を書きおろしたし、出版社も回ったし、賞にも応募した。世界が私を発見したわけではなく、私が手を挙げて「あなたが求めているかもしれない人間がここにいますよー!」と全力で叫んだのだ。毎回成功するわけじゃない。でもね、ごくたまに「イエス!」と言って、その手を掴んでもらえる。
みんなそうやって始まる。スーパースターファーマーも最初はパリに行き、レストランのドアを叩いた。「おーい、あなたが求めるハーブはここにあるよ!」って。
長い前置きになってしまった。
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