メディアには絶対に載らない、“アナザーサーフパラダイス”
“サーフパラダイス”と言われれば、多くの人は「サイズが上がればバレルも出現する極上のロングウォール」、みたいなポイントを想像するだろう。
大抵のサーファーは、せっかくサーフトリップに行くなら、そんな波が立つデスティネーションを目指すはずだ。
しかし、そんな波とは無縁、あらゆるサーフィンメディアは絶対に見向きもしない。それでも紛れもなく“サーフパラダイス”と呼べる場所が、この地球上には存在するのである。
育休を取得しシンガポールへ
僕はかつて1年弱シンガポールに住んでいたことがある。妻が仕事でシンガポール勤務となり、そのタイミングで次女が生まれたため、僕が育児休業を取得したのだ。
赤道直下の常夏で、四方を海で囲まれたロケーションであるにも拘らず、シンガポールには波が立たない。
バリが近いとはいえ、車で気軽に行けるわけでもない。僕は、1年間サーフィンができないかも知れないと覚悟した。
幸い、住んでいたコンドにはプールがあったため、僕はフィンを外したサーフボードをプールに持ち込み、毎日30往復ほどパドルすることで自分を慰めていた(おかげでパドルはめちゃくちゃ速くなった)。
シンガポール在住のサーファーはどこで波乗りをするのか
そんなある日のこと。妻の同僚経由で、シンガポールの日本人サーファーコミュニティと繋がることができた。
彼らの話を聞くと、比較的裕福で独身のサーファーは、やはり週末ごとにバリへショートトリップに繰り出しているようだった。育休を取得している身としては、そんなことは不可能である。
どうやら育休中のサーフィンは無理か、と諦めかけていた時に、コミュニティのリーダー的存在、Tさんが声をかけてきた。
「今度マレーシアにサーフィン行くから、来る?」
雨季のみ波が立つマレーシア
マ、マレーシア!?
……で、波乗りができるなんて、初耳である。
Tさん曰く、南シナ海に面したマレーシアの東海岸には、10月〜3月の雨季にのみ、サーフィン可能な波が立つビーチが点在しているという。ただし、あくまで風波なのでクオリティが特別高い訳ではないらしい。
もとより僕はサーフィンそのものに飢えていたから、波のクオリティは問題ではなかった。
こうして僕は、育休中に3、4回ほど、マレーシアへのトリップに同行させてもらえたのである。
車なのにパスポート必須のショートトリップ
マレーシアへのトリップは車で行く。ポイントまでは約2時間〜2時間半の範疇だから、都内から茨城の大洗あたり、あるいは千葉南の平砂浦あたりへ向かうぐらいの感覚だろうか。もちろんパスポートは必携だ。
国境を越え、ジョホールからひたすら北東方面を目指す。信号も交差点もない一本道で、左右は何かの畑が延々と続くだけだから、ドライバーにとっては過酷なトリップに違いない。
ポイントとしては、セディリという場所を中心に、似たようなビーチブレイクが点在している。そもそもポイント名など持っていないビーチばかりだから、シンガポールサーファー達は、それぞれのビーチに仲間内だけに通じる名前を付けて呼んでいた。例えば、マレーシア軍が常駐している場所を通ってビーチへ抜ける場所なら「軍人ポイント」といった具合だ。
マレーシアが“サーフパラダイス”である理由
それらのポイントは概ね風波のビーチブレイクだから、波質としては日本の平均的なビーチブレイクとほとんど変わらない。確かに極上の波と言えるものではないだろう。それでもマレーシアは“サーフパラダイス”だと断言できる。
水温が高い
夏でも南風が吹けばあっという間に水温が下がりウェットスーツが必要となる一宮と違い、常に30度前後のぬるま湯のような海水。いついっても安心して海パンいっちょで楽しめる。
目立てる
時間帯によってはビーチでハングアウトするためにノンサーファーのギャラリーが集まってくるから、もしあなたがそこそこ腕に自身があるサーファーなら、かなり目立てる。
アップスンダウンズで横に駆け抜けるだけでも拍手喝采、一発当て込もうものなら、もはやプロサーファー級の扱いを受ける。
僕程度の実力でも「You're a great surfer!」と絶賛され、いっときのヒーロー気分を味わえてホクホクしたものである。
ギャラリーの中には、得体の知れない駄菓子とかジュースを売っている人たちもいて、束の間のコミュニケーションが楽しめたりもする。
貸切が当たり前
そして、これが最大の理由だ。
風波とはいえ、沿岸部が無風もしくはゆるいオフショアなら「面ツル、ムネカタ」なんていう垂涎もののコンディションに遭遇することはある(実際、僕は一度だけ運よくそんな日にサーフィンできた)。そして、そんなコンディションの時にも、ほぼ貸切でのサーフィンが約束されているのだ。
日本で無人のいい波を当てようと思ったら、夜中のうちからポイントで待機しておいて、夜明けと同時にパドルアウトする以外方法がない。サーフトリップ先にどれだけ極上のブレイクがあっても、そこにガツガツしたサーファーが100人集結していたら、なかなか波を取れずにストレスが溜まるのがオチだ。
ここならそんな心配は皆無である。人間贅沢なもので、あまりにもいい波なのに、分かち合えるサーファーが仲間しかいないとなると、むしろ「誰か入ってこないかな」と思うほどだ。
マレーシアにもかろうじてサーフショップが一軒だけある(※2011年当時)のだが、マレーシアにおけるサーフィンカルチャーはまだ創始期であり、ローカルサーファーがいたとしてもほんの数名、しかも上級者という感じのサーファーもいない(加えて、総じて彼らはフレンドリーだ)から、波の取り合いに気持ちを削られることもない。
温水プールのような海で、日がな一日仲間とのんびり波をシェアできるマレーシア。海上りにロティプラタと「コピ(練乳を入れた甘ーいアイスコーヒー)」で疲れた身体を癒せば最高のトリップ締めくくりになる。
メディアでは絶対に取り上げられることはないけれど、そこは紛れもなくアナザーサーフパラダイスなのである。
↓↓↓マガジン『サーフトリップ』↓↓↓
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?