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第15話 エッセイ『ペトリコールの後悔』

 ビキニの水着の上に、ワンピースのレインコートを着て、レインハットを被り、長靴で大雨の街を歩く。さぞや楽しいだろう。全身で雨音を楽しみながら、土砂降りの中を闊歩する。中は水着だから、コートの中に雨が入り込み、ずぶ濡れになっても平気だ。何ともいえぬ解放感を味わえる。私には、そんな密かな夢がある。
 実はこれは、学生時代に読んだ、ある小説の主人公の若い女性の行動だ。若かった私は、自由でキュートな彼女に憧れ、何度も読み返した。

 灼熱の太陽が容赦なく地面に照りつく夏の日。アスファルトは、目玉焼きが作れそうなほど、カンカンに焼けている。そこに、大粒の雨が打ち付ける。生暖かい水蒸気が、サンダル履きの素足に絡みつく。やがて、アスファルトから、埃っぽい独特の匂いが漂い出すと、あっという間に土砂降りに変わる。熱った体に、雨が気持ちいい。カバンの中に傘はあるが、このまま濡れていようか、と迷う。
 夏の夕立と、ペトリコールと名付けられているあの匂いが大好きなのは、彼女の影響もあるかもしれない。

近年、夏の大雨のたびに、こんな考えがよぎる。レインハットはないが、登山用のレインキャップならある。大学生の息子の、スキー用ポンチョもあるぞ。主人公は長靴だったが、私はゴム草履で水たまりの上をバシャン、がいいな!

が、ここで、いつも空想は止まる。ビキニの水着問題だ。解放感は、まさにこのビキニにあるのだ。しかし…無邪気にそれを着込み、雨の街に繰り出すには、少々、分別のある年齢になってしまったわよね。

ペトリコールの匂いを吸い込み、私は小さく、ため息をつく。

fin

(600文字エッセイシリーズ  テーマ「季節を感じる文章」)


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ありのり
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