第6話 短編小説『気に食わないあの女上司』
ふーんだ。
新しく異動してきたあの女上司、嫌な感じっていうか…まあ、なんか好きじゃないのよね。
最初見たときから、私の中ではアウト。
ぜーったい、私とは合わないタイプの女。ふん。
なんか表情が硬いし、いっつも真顔なのよね。
なまじ目鼻立ちは悪くないから、能面みたい。
きっと、自分は何でもできます、
自分が一番正しいですって思って生きてきているようなタイプね。
確か…40代半ばとか言ってたっけ。
私も20年経つとあんな怖い顔になったりするのかなあ…
あー、いやだいやだ。ふん。
でもさ、もうちょっと愛想よくしてもいいんじゃない?
接客業なんだからさぁ。
まあ、ちょっと前まで彼女がヒラ店員だった時は、
私ほどではないにしても、売り上げはそこそこ作ってたそうたけど。
店先の安物じゃなくて、奥にある高い商品を買うお客様にとっては、
あのくらい真面目な顔の方が信頼が増すのかもしれないけどさ。
ほーら、思ったとおり、細かいことにうるさい。
ネイルが派手とか、休憩時間から戻るのが遅いとかさ。
ちょっとぐらい、いいじゃない。
ああいう必要最小限のことしか話さないひとって、
結局、注意かお小言しか言わないのよね。ふん。
昨日なんかも、商品の扱い方が乱暴だとかなんとか…。
ふん、いつもは私だってちゃんと扱っていますよーだ。
あの時はさ、美香ちゃんが段ボールを運ぼうとしていたけど、あの子いま5ヶ月じゃん。
安定期だからって、あんな重い荷物を持っちゃだめだって言ってんのに、
いいです、いいです、って遠慮するから、
いいから、いいから、って言って、
やっと荷物をひったくったところだったのよ。
それに昨日は、保育園のお迎え時間が迫って焦ってたのよ。
あの子、お迎えが一番最後になるとむくれちゃって、寝るまで口を利いてくれないんだもん。
女の子のくせに、気が強くて意地っ張りなのよねえ。
まあ、私に似ちゃったのかしらね。
でも他にお迎えに行ってくれる人もいないしさ。
シングルマザーの忙しさなんか、わかんないわよね、ふん!
…って、確か彼女は独身だったわね。
仕事に生きてきたってタイプかしら。
以前はわりと大きな会社で働いていたそうじゃない。
なぁによ、こんなところで販売員をやってるより、
ずぅっと条件が良かったんじゃないのぉ?
なんで辞めちゃったんだろ。
きっと、なんか訳ありね。まさか、社内で不倫とか…
ってないないない、ウケるぅ。
そんなの、あるわけ、ない。
店長、どう見てもカタブツだもんね。
あ、はいはい、すいませんねえ。
ふん、また店長からお小言をもらっちゃったわ。
だいだい、あの上から目線の、淡々とした言い方が嫌いなのよね。
偉そうにさぁ。
はい?何?
ああ、今朝私が並べた商品をもう少し下の陳列台に下げろっていうのね。
え?お客様の目の位置から見て、色と素材の美しさが一番伝わる角度で?
まったく、細かいわねえ。
ははん…きっと、あれね。
多分本店のチェックに備えてんのね。
各支店の店舗運営標準化とかって言って、
販売促進部が時々抜き打ちチェックに来るやつ。
そろそろ、うちの店に回ってくる時期だもんね。
そうね、きっとそれを気にしてるのね。
ふん、めんどくさ。
本店なんて、放っておけばいいのに。
結果さえ出してればいいのよ。
今までどの店長も、陳列についてこんな細かいことを言われたことはなかったわ。
はあ?なんですか?
すべての仕事でお客様のことを第一に考えて行動して、ですって?
やってますぅ。やっているに決まっているじゃない。
私、今期で3期連続販売成績トップなのよ。
全店舗のなかでもこれ、新記録なのよ。
この実績がお客様第一でやってる証拠じゃない。
…ははん…そうかそうか。
本店の言ってることの受け売りね。
そのセリフ、こないだ本店で受けてきた研修で全く同じことを何回も聞いたわ。
陳列から接客、閉店後の掃除まですべての仕事でお客様のことを第一に考えて行動を!ってさ。
マニュアル通りのことをもっともらしく言っちゃってさ。
いるのよねえ、こういうタイプ。ふん。
「あ、はい、こちらのお品ですか?
そうなんです、夏物ですけど上質なウールなんですよ。
今ぐらいの時期にちょうどいいですよね。
ええ、肌ざわりが柔らかくて心地よく…」
あら、商品の位置を下げたら、早速お客様が手に…。ふーん。
…ん?なに?なにその視線。
何がいいたいのよ?
自分が正しかったでしょ、っていいたいの?
いやあねえ。嫌味な女。ふん!
おっと、電話が鳴って…っと、店長が出た。
本店からみたいね。電話についてる本店ボタンにランプが付いてる。
最近よく本店から店長宛てにかかってくるわね。
あれ?店長、ちょっと感情的な声になっている…なにかあったのかな。
別にうちの店、先月も今月も売上は悪くないわよねぇ。
そういえば、この間も店長は本店に呼び出されていたし。
あ!もしかして店長、もう異動しちゃったりして⁈
悪いけど、そうだと私は正直せいせいするわ。むふふ。
あ、電話が終わった。
ふーん、めずらしい…
あの店長が、あんな深いため息をついてる…。
能面にも感情があるのねぇ。
ふーぅむ…。
あ、パート店員の大竹さんが気を遣って、どうかしましたか、って聞いてる。
うん、そうね、どうしたんだろ……。
あ、なによ、せっかく大竹さんが心配してるのに、
なんでもないわ、それよりバックヤードを片づけてきてくれる?
だってさ。
てか、ほんと、あの人何を考えているかわかんない人だわねえ。
逆に気になっちゃうじゃない。
あ、電話だ。また本店からだわ。
今日はよくかかってくるわね。
そうだ、こっそり立ち聞きしちゃえ。
…ん?うちの店はうちの店のやり方をします…?
店内に聞こえないようにひそめた低い声だけど
店長がちょっと怒ってるのがわかる。
なに、もしかして本店に楯突いちゃってるの?
へえ、この店長、思ったより腹くくって仕事してるじゃないの。
…おっと、また声を荒げた。
ちょっとちょっと、店に聞こえちゃいそうな声よ、店長らしくない。
そのやり方ではお客様のお気持ちを考える余裕を店員たちが失ってしまいます…?
一体なんのことだろう。
えーっと、なになに…
結果は、必ず、ええ、結果は必ずだしますから…って…
「結果は出します」、かあ!
くぅ〜、言うわね、店長。
私、こういう挑戦的なセリフ、妙に燃えちゃうのよね。
ああ、もう、なになに??何が起きているのよっ?
あ、電話が切れた。
店長ってば、またあんな深いため息をついて、考え込んでる。
全く、この人、自分ひとりでなんとかしようと思っているんじゃないの。
じれったいわねえ。
まあいいわ、ひとりでそうやって悩んでいればいいじゃない……
って…
うーん……もうっ!
私、ほっとけないタイプなのよねえっ!
「店長、なんかあったんです?」
「あら…。聞こえていたのね。なんでもないわ、それよりさっきの接客…」
「あのですねえ、店長。どう見ても、なんでもない、じゃないですよねっ。
声を荒げちゃって、やばい感じがダダ漏れでしたよ」
「ごめんなさい。不安にさせてはいけないわね。なんでもないわ、しっかりするわ」
「しっかり…ってか、だからぁ。
店長、なんかあるなら言ったほうがいいですよ。
そうやって抱え込んでたら、こっちは何も手を出せないじゃないですか。
そりゃまあ…、そのぉ…、いろいろとぉ、お気に召さないところとかぁ、あるかもしれませんけどっ。
もう少し、信じません?私のこと。てか、みんなのことも」
「信用しているわよ、みんなのことは。本当によくやってくれいるわ」
「え〜?ほんとにぃ~?
てか、信じてってそういう意味じゃないと思うんだけど…
えーっと…ま、いいや。
じゃ、もう少し自分がそれほど完璧な人間じゃないって、思ってみません?
なんでも自分で解決できる、私は大丈夫、みたいな顔しちゃって。
私、そういうのイラっとしちゃうんですよねえ。
って、おっとと、すいません、つい」
「ふふふっ。イラっと、ね。あなたって、本当に…うふふ」
うふふ…って。
なによ、笑うとちょっとかわいいじゃない。
「そうね。たしかに、自分でなんとかしようとしていたわ。
自分一人の力じゃ大したことなんてできないくせに、傲慢よね」
あらま、自分で自分を傲慢って。
まあ、わかったなら許してあげてもいいけどさ…うん。
そんなことより…
「で、店長。何があったんです?一体、なんの結果を出せばいいんです?」
そう、なんの結果を出せばいいのよ。
ねえ、ほら、言ってよ。
面白そうじゃない。
なにかわからないけど、その結果とやらを出して、
本店をびっくりさせてやろうじゃない。
「あら、そこまで聞いていたの。
仕方がないわね…じゃ、話しましょう。
あなたの意見も聞いてみたい。実はね…」
え?なになに?ふむふむ。
本店の最近の営業方針がお客さんをないがしろにしている気がするって?
あー、わーかーるーぅ!
私も思ってた思ってた!
で、本店主導の今度の新しい販売イベントがどうしても納得いかなくて、断ろうとしている?
あ、あの展示会イベントね。
私も最初あれのことを聞いたとき、
正直、ないわーって思ったのよ。
ま、私はいいわよ。絶対うまくやるけどさ、
あまり売るのが上手じゃない子たちは、ノルマに焦ってお客さんのことをちゃんと考えずに、無理に売っちゃうかもって、思ってた。
ふむふむ?
でも、そのイベントに乗らずにうちの店が年間目標販売額に到達できるかどうか、さすがの能面店長も不安になっちゃったって?
もうっ!
だぁからさあ…!
まかせておきなさいって!!
私を誰だと思ってんのよ。
こんな面白い話、もっと早く言ってくれればいいのに。
ああ、腕がなるわ…!店長、ちょっと待っててね。
えーっと、売り場の様子は…っと。
あ、ちょうど客足が途切れてる。
よし。
「ねえ、みんな、ちょっと集まって。
今から作戦会議、するよ!
ほらほら、大竹さんもバックヤードから出てきて、はいはいはい。
さて、あのね、本店が企画してたイベント、あれ、うちは参加するのをやめちゃおうかって、店長が考えてるんだって。
あれよ、あれ。なんか問屋のゴリ押し企画っぽい、イマイチ品揃えも期待できない感じのやつ。
そうそう、美香ちゃんも大竹さんも、あんまり乗り気じゃなかった『江戸小紋と博多帯展示会』のイベントよ。
だからさ、その代わりに他の店ができないような販売作戦をみんなで考えるのよ。その前に、まずは店長が何を考えているかを聞こうってわけよ。
ほら、なにきょとんとしてるんですか。
ちゃんと店長が考えていることを全部話してくださいよっ。
だいたい何を考えているかわかりにくいんだから、
西園寺店長は!
はい、じゃ、どうぞ」
-fin-
#「リーダーシップに出会う瞬間」スピンオフ