世界奴隷化計画 第6話 スナック「ふつう屋」
マスクをすることが
義務づけられた世界で
ふつうであることの喜びを噛みしめる
天下り男の小さな挑戦。
<人物>
石田忍(60)元警察官・警備会社社員
エリカ(55)スナックママ
佐倉博(58)警備会社社長・石田上司
大島美優(21)女子大生
○都内某所ビル群・全景
街の街路樹は紅葉が始まっている。
歩いている人々は冬の装いに
全員マスクをしている。
○サクラ警備会社全景
○同社長室中
昭和を感じさせる
黒い革張りの応接セットがあり、
その向かいある立派なデスクに
座っている佐倉博(58)。
その前には神妙な面持ちで
下を向き立っている石田忍(60)。
佐倉「まあ、石田さんも、
警察官時代に
バリバリやっておられたのは
わかりますが、
いい加減そのノリやめて、
得意先にはちゃんと頭を下げて
もらわないと困りますねぇ。
もう公務員じゃないんですから」
石田「ハッ!」
勢いよく気をつけの姿勢をし、
軍隊のような姿勢でお辞儀をする石田。
○浅草寺前・夕
人影もまばらな浅草寺前。
透明マウスシールドをした
人力車夫の若者たちが
客引きをしている。
その横をトレンチコート姿で
肩を落としたような姿勢で歩く石田。
○浅草交番前
マスク姿の若い警察官が
二人で立って談笑をしている。
そこへ通りかかる石田。
石田を見るなり、
突然敬礼をする警察官二人。
警察官①「い、石田本部長、
お疲れさまです!」
石田「まぁまぁ、
もうそんなに気を遣うな、
俺はもう本部長でも
なんでもないんだからさ」
警察官二人、敬礼をしたままの姿勢。
石田、警察官①の肩を優しく叩く。
警察官二人、敬礼の姿勢をやめる。
石田「天下り先もさ、
なかなか大変なんだよ」
石田、大きくため息をつく。
石田「組織の中に居た時は
わからなかったけど、
こうして見ると、お前たち、
ホントにかっこいいぞ」
警察官①②「ありがとうございます!」
また敬礼をする。
石田「うん、じゃあな!」
石田、悲しそうに笑い、
警察官②の肩を軽く叩き、
立ち去ろうとする。
警察官①「あ、あの、石田本部長!」
石田「ん?」
警察官①「もし、お疲れでしたら、
こちらのお店へぜひ、
行ってみてください」
そう言って一枚の名刺を石田に渡す。
石田「スナック“ふつう屋”?」
紫色の名刺には
スナック“ふつう屋”とだけ、
書かれている。
石田「住所も何も書いてないじゃないか」
警察官①小声で
警察官①「秘密の隠れ家なんです」
交番にある地図を使い、場所を
説明する警察官①。
警察官①「ここが花やしきで
その奥の道をまっすぐ・・」
○遊園地・花やしき前・夜
名刺を片手にきょろきょろしている
石田。
昭和の香り漂う、
小さな旅館や小料理屋が
まばらに並ぶ路地を歩く石田。
石田「本当にあるのかよ」
首をかしげながらも探し続ける石田。
石田「あれか?」
路地の突き当たりの右側に
ほんのり明かりが灯っている
“ふつう屋”の看板。
温かい電球色で、
チカチカと消えそうに光っている。
昭和の旅館を彷彿とさせる
木枠のガラス引き戸を開けると
石畳の三和土で、
靴を脱ぐようになっており、
その先には鹿鳴館を彷彿とさせる
赤い絨毯が引かれている。」
石田「す、すいませーん」
返事はない。石田、小声で、
石田「ほんとに店なのかよ・・」
するといきなり横の部屋から
着物姿のエリカ(55)が飛び出してくる。
マスクはしていない。
エリカ「ごめんなさいね、
仕込みに夢中になてって
聞こえなかったわ、
寒かったでしょう、
どうぞ、入って入って」
○スナック“ふつう屋”中
石田が中に入ると
8人ぐらいが座れる
カウンター席があり、
既に数人が座って飲んでいる。
誰もマスクはしていない。
カウンターには
大皿料理が並んでいる。
エリカ「ちょっと混んで来たわね~、
そうだ、美優ちゃん、
手伝ってくれない?」
カウンターで、
客として飲んでいた大島美優(21)、
唐揚げをほおばりながら
美優「いいよ」
美優、唐揚げをもぐもぐしながら
カウンターの中に入る。
エリカ「外、寒かったでしょう?
熱燗にしますか?」
石田「あ、はい」
唖然としている石田。
エリカ「その雰囲気からすると、
刑事さん?」
石田「あ、いや、もう天下りでして」
石田、照れたように笑う。
エリカ「まぁ、色々大変でしょう?
ま、飲んで飲んで!」
石田のおちょこにお酌するエリカ。
石田、マスクをあごにずらす。
エリカ「あら、お客さん、風邪?」
石田「は?」
エリカ「だって、マスク」
石田「・・・」
エリカ「まあ季節の変わり目だからね」
エリカ、そう言って
他の客の方へ料理を
出したりしている。
石田、周り見渡しながら、
そっとマスクを外す。
×××
酔っ払った様子の石田。
石田「ったく、Excelだかなんだか
知らねーけどよ、
パソコン面倒くせっつーんだよ!」
エリカ、
隣で石田の背中を優しくさする。
美優「おじさん、
もう会社辞めちゃいなよ!」
石田「俺が辞めたら今の若い奴らが
定年した時に天下り先が
なくなっちまうんだよ、
だから俺が頑張んねーと!」
美優「そっか、おじさん、偉いね!
…なんか、実家のお父さんに
会いたくなってきたな…」
石田「エリカママ、
美優ちゃんの全部オレの伝票に
つけといて!
」
美優とそっと乾杯する石田。
×××
客①「エリカママ、カラオケやりたい」
エリカ「いいわよ!」
カラオケを始める他の客たち。
楽しそうにみんなで大声で歌ったり、
大笑いしたりしている。
石田「エリカママ、俺もやりたい」
エリカ「じゃ、”居酒屋”でも
デュエットする?」
石田「おおおお!エリカママ、
なんで俺の好きな曲
わかるんだよぉ!」
石田、泣いている。
泥酔した石田と寄り添い
デュエットするエリカ。
×××
○“ふつう屋”・玄関前
帰ってゆく客を見送るエリカ。
店内に戻り、
カウンターに
うつぶせになっている石田に
声をかける。
エリカ「もう帰らないと、
奥さま、心配しますよ」
石田「俺なんか帰らない方がいいんだ。
その方がアイツだって
嬉しいんだよ!」
エリカ、優しく笑い、
エリカ「じゃあ、二人で
夜の浅草、お散歩しましょうか?」
○ふつう屋店先・前
外気に触れ、
酔いが覚めたような面持ちで
ぶるぶるっと震える石田。
ふと我に帰ったように
トレンチコートのポケットから
マスクを取り出し、つける。
その手をさっと掴み、
無言で首を横に振るエリカ。
石田、エリカの顔を見ると、
にっこり笑っている。
石田、照れたような顔をし、
そのままマスクをポケットに
おずおずと戻す。
○浅草寺境内・中
人影がまばらな境内に
ライトアップされた
五重塔と浅草寺が
赤く、ぼんやりと、
幻想的に浮かび上がっている。
江戸情緒あふれる風景を背景に、
背筋を伸ばし
楽しそうに談笑しながら歩く
着物姿のエリカと
トレンチコートに中折れ帽姿の石田。
通りすがりの
マスク姿の若いカップルが
二人を羨望の眼差しで見る。
カップル女子「やば、めっちゃ、
カッコイイんだけど」
カップル男子「なんか、こう、
映画のワンシーン
みたいだな」
カップル女子、見とれて立ち止まり、
マスクを外す。
カップルの男子、それを見て
慌てて自分もマスクを外す。
カップルの男女、
お互いの顔を見つめ合い、
涙ぐんで抱きあう。
○浅草寺・境内上からのアングル全景
エリカと石田の周りを歩く人々が
次々とマスクを外し、ハグしている。
終わり