薄い皮膚と生きる、常連になりたくない私②
ありんごです
皮膚科の常連になれるけどなっていない、そんな私のお話です。初回は以下へいらしてください。
さて、悲しいかな、皮膚が薄く生まれてしまった私ですが、嘆いていてもどうしようもないので、かと言ってすぐにすべてがおさまるわけでもないので、少し考えてみました。
何事にも意味がある、と考えてみる。というか、そう考えるしかない瞬間や局面がある。あるいは、そう考えるとしっくりくる瞬間や局面がある。
じゃあ皮膚が薄く生まれたことに意味ってあるの?刺激に弱く産まれてどうしろっていうのさ。不貞腐れそうになることだってある。
病院では、体質ですからねえと言われた。医療的には満点の回答だろう。まあそうなんだろうな。私もそうですねえと答えた。聞きたかっただけだから、声が返ってきただけで良いんだ。病院ではWhatには答えてくれるけれど、厳密なWhyには答えられない。良いとか悪いとかじゃなくて、そういうものなんだって、小さい頃から知っているつもりだ。Whyに対して、こうかもね?と答えてくれることはあっても「かも」の域を出なくて、でもそれは、そういうものなんだ。
Whyの答えは、自分の中にしかないのだ。
皮膚が薄く産まれた意味。敏感な意味。炎症を起こしやすい意味。ぶり返す意味。常連になりたくないなあと思う意味。
もっともっと感じろ。考えろ。
痒い。痛い。苦しい。悲しい。寂しい。こんなの嫌だ。
ん?と思って、問いかける。
「何が嫌?」
ーこんなの嫌だ。ー
「こんなのって?」
ーもっと考えてよ。ー
「何を?」
ー私のことを。ー
「私って?」
ーバカなこと言うんじゃないよ。私はあなたであなたは私。ー
口が若干悪いのも私らしくて、あなたらしくて、私らしい。
少しずつ聞こえてくる。もっとその声を聞きたい。そう思った瞬間、痒みが少し和らぐ。
心と身体、心身は一体だなんて言葉を聞いたことがあるけれど、日々生きていると少なくとも私は一時的に切り離して過ごしてしまうことがある。その度にきっとあなたは、私は、傷ついていたのだろう。今もきっと。
自分と向き合うことがなぜ難しくなってしまったのだろう。皮膚が薄く産まれた意味は、自分の道を進みやすくするためなのかもしれないと思った。真に自分の意に沿う道を選べというメッセージが聞こえる。楽じゃない道かもしれない。でも行きたい。行ける。楽じゃないけれどきっと楽しい。楽しめる。
明日もまた、私はあなたと、私と話すんだ。
ありんご