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無為自然のアート:足元を照らす道を進む

僕の作品には一貫したコンセプトやテーマはない。制作はまるで自動書記のような感覚だ。自分で選択しているというより、次にすべきことが自然と閃いて、その流れに身を任せているだけだ。たとえば、将棋で無意識に最適な一手が浮かぶような感覚。二手三手先は見えないけど、とりあえず次の一手はわかる。そんな感じで、作品は形になっていく。

僕はこのプロセスを「道」と呼んでいる。足元とその一歩先だけが光に照らされていて、その奥は暗闇だけど、道が続いていることは感じられる。ただ足元を見つめ、照らされた道を進んでいくだけ。老子や荘子が語った「無為自然」の思想とどこか共鳴する部分があると思う。何かを作為的にコントロールするのではなく、自然の流れに従い、自分の中から湧き出るものをそのまま形にする。それが僕の制作スタイルだ。

もちろん、作品ごとに含まれるものは異なる。怒りの感情が作品に現れることもあれば、死について考えていた時期の作品は別の雰囲気を帯びている。だけど、これらはすべて自然に生まれたもので、意図して作り出したわけではない。僕が目指しているのは、頭で考えてコントロールするのではなく、内側から自然と出てきたものをそのまま作品として完成させることだ。

これは作品だけでなく、僕の生活全般に通じるものがある。人と話すときの話し方や使う言葉、目線や姿勢、さらには服装に至るまで、なるべく無為自然でいたい。自分を偽りたくないし、飾りたくもない。社会的な生き物である以上、時には役割を演じることが必要な場面もあるが、それでも僕は早く「人間をやめたい」と感じることがある。だって、猫を見てみろ。彼らはどんな場所でもどんな相手にも自分を偽ることなく、ただリアルに生きている。僕も、そうありたいと思うのだ。

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