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変わらないものに感謝を。変わりゆくものに敬愛を。

会社を卒業した。
理由はいくつかあるが、卒業しようと思って、卒業できる時がたまたま今だった。
それなのであれば、今、辞めなければならないと思った。

最終出社日は、とても清々しい秋晴れだった。
別れを惜しんでオフィスを後にし、外に出ると、なぜか急にゆっくりと歩き回ってみたい気持ちになった。
あまり電車に乗りたくなかった。あまりすぐに帰路につきたくもなかった。
次の日常に入る前に、私には少し心を落ち着かせる余韻が必要だったのだ。

ゆっくりと坂道を下る。
奇しくも、勤めたオフィスは私が少女期に過ごした町と隣り合わせだった。

そうだ、通っていた小学校に行ってみよう。

ゆっくりと足を運んだ。ここから20分も歩けば着くだろうか。
風がひやりと冷たい。風に乗って微かに銀杏の香りが漂ってくる。
そうだった、校舎前に銀杏並木がずっと続く、秋が一番綺麗な道だった。
当時は、銀杏を踏んだら罰ゲームだとか言いながら同級生たちとふざけ合ってこの道を歩いたっけ。

小中合わせると9年も通ったよく知っている道のはずなのに、どことなく知らない道のような雰囲気がした。
目線が変わったからか、全てが昔よりも小さく見える。
怖かったはずの大型犬も犬小屋があるばかりで姿が見えない。もう死んでしまったのだろうか。
ゆっくりと歩いたつもりだったのに、もう着いてしまった。
おかしいな、もう少し、この道は長かったはずなのに。


ちょうど登下校の時間だった。
子どもたちの賑やかな声が聞こえてくる。紺色の上級生帽子に混ざって、黄色い帽子がひょこひょこしている。

不審者だと思われないように、こっそりと玄関を覗きながら歩を進めた。
もう誰も私を知る先生も用務員さんもいない。
玄関の風貌は少し変わっていた。時計だけが変わらず元の位置にあり、変わらず壊れているようだった。

危なっかしく歩く子どもたちの後をゆっくり歩く。
変な人に思われないかなという、今まで感じたことのない恥ずかしさを少し感じながら。
中心にいる子。構わず1人で歩く子。無駄に銀杏をわざと踏みつけながら歩く子。寄り添いあって歩きすぎてどんどん友達を道端に寄らせてしまう子。いろんな子がいた。
私はどんな子だったっけ。
いつも坂の上に住むけいちゃんと帰っていたな。高学年になってからは、ふみかとよく帰っていたっけ。学校の隣に住んでいたくーちゃんは風邪ひいた時に「先生に休みって言っといてー」ってマンションの上から校庭に叫んで「叫べるなら来い」って怒られてたな。
いつもは思い出すことの少ない名前と顔がどんどん出てくる。
でももう、みんな引っ越してしまった。彼らは今、どこで何をしているのだろうか。

坂道を下りる。
嫌だな、もうすぐ最寄り駅に着いてしまう。
赤煉瓦色のマンションの下に急に人影が見えた。ドキッとした。知っている人がいた。毎朝挨拶を交わしていたマンションの掃除のおばさんだ。
思わず凝視してしまった。
でもあの時からもう15年経っている。流石に昔すぎて私のことなんて覚えてもいないだろう。おばさんもだいぶおばあさんになってしまった。腰もかなり曲がっている。
こちらの視線に気づいたのか、おばあさんが顔を上げた。

「……?」
「!!」

少し両者睨み合いの状態が続いたのち、おばあさんがはっとした顔をした。

「あれ?あなた…もしかして…昔〇〇小に通っていた…?」
「え、あ、はい、そうです。お久しぶりです」
「あら!やっぱり!そう、まあ…大きくなって…ねえ…」

その後の言葉はなかなか続かなかった。
ねーとか、うんとか、あらーとか、意味のない言葉を発しながら照れ笑いをして顔を見合わせ、それじゃあと小さく会釈をして別れた。

角を曲がるところでもう一度振り返るとおばあさんはまだこっちを見ていた。
小さく手を振って踵を返した。

随分と昔のことだけれど、私を覚えていてくれた人がいた。
名前を教えたことはない。でも毎日挨拶をしていて、卒業の時もおめかしをして母と歩く私におめでとうと涙ぐんでくれたのを思い出した。何か熱いものが胸に広がる感じがした。
先ほどまで感じていた寂しさや所在なさが嘘のようだった。私はそこにいたんだという確かさが急に手のひらに落ちてきたようで、足はさっきよりも地面をちゃんと踏みしめられている感じがあった。

私はもう大人になっていて、いろいろなことが変わったけれど、歳を取れば取るほど思い出の尊さを感じる。思い出こそ、自分の帰り道だと思うからだ。でもそれは、変わらないものがあってくれてこそ、思い出の引き出しの鍵を無くさないでいられる。自分の幻想ではなかったと、夢ではなかったと、その人やものがあって初めて実感を得られるのだ。


日はもう既に傾き始めていた。
私が落とす影が遠く長く伸びる。この影も昔の私よりも、もう随分大きい。
明日の私は、もう昨日までの私とまるで違う。
会社を卒業し、次の進路も決めず、ただの無になる。なんの肩書きもないこんな状態ははじめてだが、不思議と心は焦りもなく落ち着いている。
自分も含め、変わりゆくものには、楽しみさがある。
そして、同時にその楽しみさを抱けるのは、変わらないものがどこかに確かに存在してくれているからなのだと私は思う。


変わらないものに感謝を。変わりゆくものに敬愛を。


※20201108 天狼院書店ライティングゼミ投稿エッセイ

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