私の考える「正義」の話
「みんなちがって、みんないい」
金子みすゞさんの詩の一文です。
noteでも、過去にこの言葉を上げて記事を書かれている人がたくさんみえましたので、多くの方が目にしたことがある言葉じゃないかなと思います。
自分の家族、身近な親しい人たちであっても、みんな自分とは違う考え方を持っている。
今回のコロナ禍での対応や考え方の違い、他人との温度差を多くの人が感じてきたと思います。
最初は「経済か?命か?」から始まり、外出自粛、マスク着用、そしてワクチン……
みんなそれぞれ正義とするところは違う。
特に最初のころは、みんな慣れない環境の中で、自分とは違う反対の立場にいる人を責めるようなことが多かったんじゃないかと私は感じています。
そんな中で……
「みんなちがって、みんないい」
この言葉と共に、自分とは違う価値観を認める動きが加速してきたとも感じています。
多分ここまで読むだけで、私が「みんなちがって、みんないい」派であることはちょっと伝わるかなと思います。
けれどそれは私の考え方がそうであるというだけで、それが正論であるとは思っていません。
例えばワクチンを例に出すと、大きく分ければワクチン賛成派、反対派、そして「みんなそれぞれが自由に選べばいい」と考える人がいる。
「それぞれ選べばいい」と言った中立的な意見は、真剣な賛成派や反対派の人にとっては「どっちつかずの卑怯者」「自分の意見がない人」として映るかもしれないし、やっぱりどの意見であっても対立は生まれてしまうと思う。
けれどここで大切なことは、たとえ意見は真逆であっても、それぞれが自分や自分の大切な人を守りたいと思って、多くの人が自分の想いを発信、訴えているということなんですよね。
意見の違いはあっても、そこはみんな一緒だと私は思っています。
戦争はいつの時代も、意見の対立から生まれるもの。
私たちは学校で様々な戦争についての歴史を勉強してきましたが、その戦争に生きる人たちがどんな想いで戦ってきたのかを学ぶ機会は少なかったように思います。
≪この夏の課題図書は『進撃の巨人』で決まりッ【マンガ感想文】≫
先日、甘川楓さんのこちらの記事を読みました。
いま、歴史の教科書を開いている諸君。
すぐに閉じましょう。
代わりに、漫画『進撃の巨人』を開きなさい。
二週間かけて書かれたという『進撃の巨人』を推すこの記事は、とてもすごい熱量で「これは何としても読まなければ!」と思わずにはいられないものでした。
沖縄にお住まいの甘川楓さん。
戦闘機や輸送機が上空を飛び交う毎日で、21時前後まで飛来する音が聞こえるのも珍しくありません。
それが私にとって“普通の景色”です。
いまある“日常”が、明日あるいは今日、突然に失われるかもしれないという危機感と常に共存しています。
迷彩服の自衛官たちを見かけることも多いそう。
この平和な日本にあって「戦争」を彷彿とさせるものが身近にあり、真剣に「戦争」に対して向き合われているこの漫画感想文は、私に一瞬で『進撃の巨人』を見るという行動を起こさせるものでした。
『進撃の巨人』はアニメがシーズン4まで公開されています。
私はamazonプライムですべて観ました。
漫画は34巻で完結。
アニメシーズン4は29巻までの内容だったため、そこからの続きはレンタルコミックで借りて先ほど読み終わり、いまこのnoteを書いています。
本当に、とても素晴らしい作品でした。
敵対する相手であっても、それぞれにみんな守りたいもの、大切なものがある。
以前のnoteで、
人はそれぞれ自分で作ったレンズ(観念や価値観)を通して世の中を見ていて、ものごとをあるがままに見ることはできない。
ということを書きました。
『進撃の巨人』は、人を食らう巨人に罪のない人々が次々に食われ殺されていくところから始まります。
その「現実」だけを見ると巨人は完全に悪者なのですが、反対側からみるとまた違った世界がある。
その両方の当事者たちの心情を細かく描かれているのが『進撃の巨人』という漫画です。
これはあくまでマンガの中の話ですが、私たちが生きているこの世界も同じように「目に見える現実」が真実のすべてではないということを知り、相手を理解しようと努めること、そして”許す”ことが大切であると改めて感じさせられる内容でした。
『進撃の巨人』と、大政奉還を成し遂げた坂本龍馬を始めとする幕末の志士たちの話が、私の中で結びつきました。
吉田松陰のココロザシを受け継ぎ、血の流れない革命を目指した坂本龍馬。
友人や家族を殺された者同士が、普通なら手を組むことはない。
けれど大きなことを成し遂げるため、私的な憎しみを封印し相手を許したからこそ実現したのが、将軍自ら政権を朝廷に返上した大政奉還。
「あるものを、そのものとしては否定しながら、さらに高い段階で生かすこと。矛盾するものをさらに高い段階で統一し解決すること」
そのことをドイツの哲学者ヘーゲルは「アウフヘーベン」といいました。
まさに龍馬がやったことです。
矛盾し合うものを、ひとつ上の次元で美しく統合させたのです。
僕らがいま、時代から求められているのも、この「アウフヘーベン」です。
日本人は「善悪」「勝ち負け」だけではない判断基準を持っていると、この本でひすいこたろうさんは教えてくれています。
それは、「美しいかどうか」「粋か野暮か」という判断基準です。
人はみんなそれぞれ、自分の考える正しさに従って生きています。
それは意見が真逆の人であっても、みんな同じだと私は思っています。
自分と対極にある人を批判しなくても、自分が正しいと信じる道を生きればいい。
自分の正しさを主張するために、わざわざ相手を貶めなくてもいい。
そして、目に見える現実だけを見るのではなく、まず相手を少しでも理解しようと努めること。
それが、誰になんと言われようと、私が考える正義です。
どうして…
失う前に気づけないものでしょうか
ただ…
損も得もなく
他者を尊ぶ気持ちに…
『進撃の巨人』のこの言葉に涙が出ました。
やっぱり私は、キレイゴトが大好きなんだな♡
何が正解なのかはわからないけれど、これからも自分が正しいと信じる生き方をしていきたい。
人生最後の日に「やりきった!」と、ガッツポーズで旅立てるように……。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
甘川楓さんのコチラの感想文。
ぜひ読んでみてください。
私は「発信が怖い」というブロックを持った人間です。
なので人から批判される恐れのある、コロナの話題に触れることはずっと避けてきました。
けれど甘川楓さんの記事を読み、『進撃の巨人』を見たことで、今回自分の気持ちを書く勇気をいただきました。
ありがとうございました。
やっぱり、多くの人が自分の想いを発信し、たくさんの人の考えに触れるということはとても素晴らしいことですね♬
noteバンザイ!!
いただいたサポートは、夢の実現のために使わせていただきます 私の夢は 日本全国の学校・図書館に、漫画『宇宙兄弟』を寄贈すること https://note.com/arigatou_happy/n/n4b0d2854718c 一歩一歩かぺる(頑張る)しかない!(2023.3.21)