緑山アリ

不定期で掌編小説を書いてます。現実と妄想の間隙を、どんな情景で、どんな文章で、どんな展開で書くのかと、もやもやと考えるのが楽しみ。究極Q太郎さん主宰『甦 Rebirth』に参加してます。

緑山アリ

不定期で掌編小説を書いてます。現実と妄想の間隙を、どんな情景で、どんな文章で、どんな展開で書くのかと、もやもやと考えるのが楽しみ。究極Q太郎さん主宰『甦 Rebirth』に参加してます。

最近の記事

  • 固定された記事

はい。小説はじめます。

「小説はじめます」といって、何十年も前からちょこちょこと掌編小説を書いてきました。二十歳のころは内田百閒のようなものが書いてみたくて、その後2005年に文庫本で出版された松浦寿輝の『もののたはむれ』に影響されて。どちらにしろ短い幻想小説のような形です。書き続けているうちにトラウマ成分が強く出てくるようになりました。掌編小説ばかり書いているのも芸がないので、今後はフェーズを変えるべく、試行錯誤にもたついてます。 内向的な人間で、自発的に動く、他の方たちと交流する、などは難しい

    • 三度目のお別れ

       舜介が私が働いてる美容院に髪を切りに来たのは、ほぼ当たる可能性のないくじに当選したような偶然だった。この店は、派手ではないが昔から人気の街にある。彼は予約をしていたわけでもなく、何かの用事を済ませたあとにこの店を見かけ、髪も伸びてきたし時間もあるので、ここでカットしようと気紛れに決めただけだった。チェアに座って待たされているあいだ、私がほかのお客さんの髪にドライヤーをかけていることにも、しばらく気付かなかった。  鏡に映る彼の苦々しい顔を見ながら髪をカットするのは、こちらも

      • 火炎アライグマ脱走

         スマホの画面に表示される時刻が0時を過ぎている。そろそろ行くかと、俺はリュックにペンチを忍ばせ、アパートを出る支度を始める。  足の踏み場のない五帖のこの部屋。段ボール箱が壁際に積み上げられ、パイプ製のハンガーラックの上下には、一年分の衣類が崩れかけた状態でまとめて置いてある。敷きっぱなしの布団とテーブルがかろうじて生活を維持させているが、その周囲はゴミなのか生活用品なのか、分別することをとっくに放棄したものが溢れていて、床が見えない。たとえば埃をかぶった古いコンテナを開け

        • 猫に会いに

           刈り取りが終わった田んぼの畦道で、茶色い猫が寝そべって喉を鳴らしていた。  西に落ちかけた太陽の日差しに毛皮を透明に輝かせ、カクテルグラスの欠片のような薄い舌で前足を舐めて、顔を猫に会いにぐるりぐるりと撫ぜていた。口元に微笑を浮かべているようにひげ袋を膨らませ、目を瞑って、満足そうに見えたが、日向で寛いでいる猫というのはそういうふうに見えるので、何を考えているのかよくわからなかった。  もともとは祖母の家で産まれた野良の子だった。野良の子だからヒトに懐かないよと言われたが、

        • 固定された記事

        はい。小説はじめます。

          螺旋階段と三階の住人

           わたしの住んでいた〈アンジュウハイツ〉は、駅から徒歩十五分ほどの住宅地にあった。そこは、森閑といえるほど、住民の生活の気配が感じられない、穏やかな地域だった。  〈アンジュウハイツ〉は、一般的なアパートというより、三階建の小さな一戸建て住宅を集合住宅にしてしまったような造りになっていた。一階ずつが一住戸になっていて、一階、二階、三階、と、全部で三住戸あり、わたしは真ん中の二階に住んでいた。  八畳のワンルームに、シンプルなキッチンとユニットバスがあった。ロフトもあったが、収

          螺旋階段と三階の住人

          それぞれのピリオド

          夜中のとば口、まだ電車が走っている時間に、家へ帰るマホが、駅まで送ってほしいと珍しくねだってきた。 おれのアパートを出て、駅まで行く途中でファミレスに寄り、そこでおれはふられた。 「ヨダ君とだらだらして、時間を浪費したくないの。わたしたちの関係、これからもずっと変わらないよね?」 「ヨダ君とはもう会わない。駅で別れたら、そこでわたしたちは終わり。いいよね?」 マホには、愛どころか恋でもない、まあいいか、ぐらいの気持ちしかなかったので、そのうちこうなるだろうとは予測していた。

          それぞれのピリオド

          モツの昇天

           日没前の、夕陽が差していた時分、窓から外を眺めていると、空気の色が、どんよりとした紫色になった。その冥途の空の色のような怪しい夕焼けの中を、大粒の雨が降り始め、見る間に激しいどしゃぶりになった。  雷鳴が轟いた。耳を塞ぎたくなるような、恐怖を感じるほどの大きな音だった。黒い雲の中に、青白い稲妻が走るのが見えた。  しばらくすると、雨の勢いが弱まっていった。雷鳴も遠くなっていき、それもやがて聞こえなくなった。  薄暗い黄昏に浸された町に、夏の虫たちがかぼそく鳴き始めた。  

          モツの昇天

          声と幻影

           盲目の少女がいた。  彼女が事故で失明したのは、五歳の時だった。  いつからか、少女の傍らには、ひとりの男が寄り添うようになった。男は少女の目の代わりになり、景色を眺め、美しいものや面白い出来事を彼女に伝えた。そして、彼女を危険から守った。  男の声は、慎重で、落ち着いていて、静かな楽曲を奏でる木管楽器のような声だった。美味しいお菓子を食べるように、少女はその声を聞いていた。少女は男に頼りきることで、その男に甘い思慕を募らせていた。  失明から十二年が経ち、少女の目の手術

          声と幻影

          クラリネットと静かな抵抗

           正午に目が覚めた。昼の食事は隣町のハンバーガーショップで買おうと決め、自転車に跨ってその店へ向かった。  テイクアウトでハンバーガーのセットを買い、ちょっと寄り道して氷の入ったコーラを飲んでしまおうと、K公園に向けてペダルを漕いだ。  開放感のある広い公園だった。いつもあまり人がいない。公園の周囲にはそれほど高い建物もなく、趣向を凝らした植栽もつつじぐらいの背丈の灌木が多く、コンクリートで舗装された面積が広かった。要は、金をかけたわりには人気のない公園なのだ。  自転車置

          クラリネットと静かな抵抗

          夕涼み

           新宿のゴールデン街の外側あたりを歩いていたら、気づくと目の前に知ってるような男女の後姿があった。幼馴染とその父親によく似ていた。  しかし、わたしが彼らを最後に見たのは、十五年ほど前にわたしが東京の大学に進学するために故郷を離れる時で、わたしの前を行く二人は、その十五年前の二人のような容姿と雰囲気だった。だから、別人だ。あの二人だったら、外見がそれなりに歳を経ていないとおかしい。  男性の方は、短くしているが柔らかい癖のある髪で、毛先がふわふわと踊っていた。しゃっきりと背筋

          まなざし

           今日の昼の献立は、マッサマンカレーとブロッコリーと海老のサラダだった。 ブロッコリーと海老のサラダは、おれたちの間では定番だが、マッサマンカレーは初めてだった。  有名なカレーなので名前は聞いたことがあったが、美紀が食材とレシピを調べて作るまで、食べる機会がなかった。こういうものなのかと舌を納得させながら食べた。わりとおれの好きな味だった。  食後に煙草を吸おうと、セブンスターのパッケージを振ったが、一本も残っていなかった。  水音をたてながら皿洗いをしている美紀に、 「

          まなざし

          梅雨時の天使

           大粒の雨が降りしきる中、遠方の友人に宅急便を送ろうと、普段行かないエリアのコンビニへ行った。  先端恐怖症のわたしは、尖ったところの多い傘がたくさん集まっている光景が苦手だった。できれば、人通りの少ない道路を通りたかった。賑やかな駅周辺から逆方向で、墓地の真横にあるというロケーションの、お客のあまり来ない、いつ訪れても閑散としたコンビニへ向かっていた。  墓地の入り口に差し掛かった。墓地の敷地内は砂利が敷かれた地面に飛び石が埋め込まれていて、砂利とアスファルトの境があるとこ

          梅雨時の天使

          北の丸公園の子犬

           よく晴れた初夏の休日、わたしと彰人は北の丸公園の池のほとりを散策していた。  青空には鰐の大群が重なり合っているような雲が浮かび、乾いた土と新緑の香りを運ぶそよ風が吹いていた。  わたしたちは手を繋いだり離したりしながら、蘆のような鋭い雑草をよけて水の中を覗き込み、のびのびした気分で歩いていた。彰人も心地よさそうに、生い茂る木々のさらに遠くを眺めていた。  すると、遊歩道の方から、白くてころころとした子犬が駆けてきた。  楽しさや喜びをめいいっぱい振り撒くように、足を縺れさ

          北の丸公園の子犬

          眉のしらが

           仕事帰りの電車に乗り、吊革につかまって前の座席に座っている人を見下ろしていたら、黒々とした眉毛から、太い白髪が一本、眉毛の生える方向に逆らって飛び出していることに気づいた。  太目と筋肉質の中間のような、恰幅のいい四十代ぐらいの男の人で、百貨店で買ったようないいスーツを着ている。しかし、喉元のボタンをはずし、ネクタイを緩めていて、生活に倦んでいるというか、脂っぽくてだらしない。ガラの悪い街の不動産屋に十五年務めた男、という雰囲気を感じた。  ごわごわした立派な眉に白いものを

          眉のしらが

          桜並木と母の消失

           二階の窓から、家の前の通りの桜並木を眺めていたら、買い物袋をさげ、リュックを背負った母が帰ってくるのが見えた。昼下がり、いつも母が仕事から帰ってくる時間だ。  母はわたしに気づくと、足を止め、ニコニコ笑って手を振った。わたしも手を振り返して、玄関に向かった。  家の前に続く桜並木は五分咲きで、この陽気では、明日か明後日には満開になるかもしれない。  この桜の木は、何年たってもまったく大きくならない。  だいたい、わたしが家から出なくなってから、何年ぐらい経つのだろう。わた

          桜並木と母の消失

          わたしは神になりたいらしい。《4》

           日差しが、じりじりと照り付ける。夏ではないのに。年々、太陽の光が強くなる。  わたしたちは、萌子の家からそう遠くない大きな公園に来た。春にお花見をした場所だ。桜並木に花は咲いてないが、鬱陶しいほど葉が茂っている。直射日光にあまり当たらないように、桜の木の下にレジャーシートを敷く。  萌子が大きな荷物を持っていると思ってたら、彼女はそのトートバッグから、次々と料理の入ったタッパーを取り出した。タッパーの色が、オレンジとか紫とかカーキ色とかで、萌子らしい。萌子は生活の細かい

          わたしは神になりたいらしい。《4》