くたばれバレンタイン!
2月14日。大通りの交差点付近。
信号待ちの人混みがざわめく中、あたし達は信号が変わるのを今か今かと待ちわびていた。
信号が青になり、人混みが動き出す。今だ!
「こんにちは〜! 皆さん、ちゅうも〜く!」
「私たち、バレンタイン限定アイドルユニット『ビター・ベリーズ』でーす!」
「この日のために作ったCDです、なーんとワンコイン! たくさん聴いてください!」
何ごとかと足を止める人、目もくれず歩き続ける人、反応はさまざま。
でもそんなの構ってられない。あたし達、崖っぷち地下アイドル三人組は、ちょっとでもこっちを見た人間になりふりかまわずCDを押しつけていく。
「このあと夕方からライブやります!」
「CDにチケット入ってるから会いに来て! おねがーい!」
「初めましてでも盛り上げちゃうよ!」
表情筋を限界まで引き上げて、ライブが始まる時間ギリギリまで、シングルCD街頭弾丸即売イベントをやり遂げた。
そして――
「っはー……」
「疲れた」
いつもの地下ライブハウス。狭いステージでバカみたいに鳴り物を振りながら、メンバーと肩がぶつかりそうな距離で歌い、パフォーマンスをし、バレンタインライブを終えた。
突発のPR活動のおかげで客入りはまあまあ。でもこの日のための新曲だったのに、古い設備で音響もうるさいだけ。あたしの声もほとんどかき消されて、全然聞こえなかっただろうな。
「何がビター・ベリーズよ……」
ライブ上がりの火照った頬に当てていたペットボトルを乱暴にスタッフルームのテーブルに置く。
一番小さくて、長い黒髪を三つ編みにしてるのがいちご。
目がぱっちりと大きくて、スタイル良くて一番ファンが多いさくら。
そしてあたし、もも。
「ベリーじゃないじゃん。あたしだけ桃じゃん」
「なに今さら」
「別にいいでしょ適当で。明日からまた別の名前でユニット組むんだし」
ごくごくとペットボトルのジュースを飲んでいたいちごが、冷たく言う。
「このメンツでライブやるのも、最後かもね」
スタッフルーム内がしーんと静まり返った。
あたし達三人はデビューしてから1年ちょっと。ユニットを組んでは名を変えスタイルを変え、売り出してきた。ぶっちゃけファンの入れ替わりが激しいから、すでに3回はデビューライブをしてる。けど、ファンも関係者も誰もそんなこと気にしない。
売れるまでは。一度くらい話題になるまでは。
でも、あたし達にはまだその機会は来ていない。
重い沈黙を破ってさくらが口を開いた。
「いちご、来年ハタチだよね。でももう背伸びないしあと5年は大丈夫でしょ?」
「うるさい。あんたも来年高校卒業なんでしょ。言っとくけど1年活動してて、高校の間に売れなきゃもうチャンスないから」
「いちご先輩厳しすぎない? はーあ、バズりたいなー」
そこで初めて気づいたとでも言うように、さくらがあたしを見た。
「もも、まだ帰らないの? じゃ事務所の戸締まりお願いね」
「分かった」
「じゃーね、お疲れ〜」
「……お疲れ」
二人はあたしに目もくれず、さっさと帰り支度をして出ていった。
ひとり取り残されたあたしは、テーブルの上に散らばっている、今日のイベントで投げ売りしたCDを見た。
いつもの文化祭みたいなぺらぺらのライブ衣装じゃない。たまにしかない撮影だからって、ジャケット用の可愛い衣装をちゃんと3人別々のデザインで事務所側が用意してくれていた。
なのに。
「顔デカ……っ! なんで3人横一直線に並ばせんだよ? いちごもさくらも顔ちっちゃいのに余計目立つじゃん。ヘアアクセも一番デカいし! しかもなんで2人はミニスカ、さくらなんか生足なのにあたしだけロング? どーーーせ足太いよ分かってるよ!」
気合を入れて挑んだジャケット撮影。出来上がった写真を見て、あたしはどん底まで凹んだ。
他の二人は可愛いのに。顔もちっちゃくて細くて、あたしよりファンが多くて、別のユニットで活動してもそのままファンが支えてくれる。
それなのに、あたしは。
あたしだけが可愛くない。
今日のための新曲のフレーズが頭を駆けめぐる。
くたばれバレンタイン!
くたばれバレンタイン!
くたばレンタイン!!
ちょっと前まで力の限りシャウトしていたのがすごく昔のことみたいで、なんだか泣けてきた。スタッフルーム内唯一のぺしゃんこに凹んだソファの上で膝を抱えて、しばらくじっとしていた。
「……帰ろ」
落ち込んでても誰も慰めてなんかくれない。
可愛くない、売れない地下ドルなんて、誰も気にかけてくれない。
ため息を連発しながら着替えて、スタッフルームの明かりを消す。入口のカギを事務所の金庫から取り、もう誰も残ってないのを確認して雑居ビルの裏手から外に出た。
「あ、のっ!」
「ぎゃっ!?」
外付けのポストの奥にカギを隠そうとしていると、急に声をかけられた。
やばい。めんどくさいファンとかだったらどうしよう。
「ももさん? ですか?」
「はははははいそうですももです、いちごでもさくらでもないです!」
知らない男の声だった。見た感じは普通だけど、まともそうに見えて面倒なファンなんてごろごろ居る。
ファンは少ないけど、あたしだってそんな連中に困らせられたのは一度や二度じゃない。
「良かった。あのごめんなさい、出待ちなんてして。えっと、俺今日がここ初めてで、他の客の話聞いてたら、このユニット今日限りだって言うから、どうしても伝えたくて」
「え?え?え?」
なんだこの人。地下ドル初めてか?
ユニット名や芸名が変わっても、本人が辞めない限り居なくなるわけじゃない。そんなことすら知らないんだ。
「ももさんのシャウト、すごく格好よかった。ダンスも他の二人よりパワフルで。でも邪魔しないように気をつけてたでしょ。何ていうか……プロだなあって」
「……嘘でしょ?」
あたしは信じられなくてただそう呟いた。あんなに狭いステージなのに、あんなにやかましい場所なのに。
いちごとさくらじゃなくて、あたしの声とパフォーマンスを見てくれてたって言うの?
「今日だけなのもったいないと思ったけど、本当にそうなんだね。すごく残念で……うん、残念です」
「あ、えっと」
「CDも大事にします。今日のライブ見られてよかった。あと」
「な、何?」
「ももさんを知れてよかった」
周りに明かりもなくて、真っ暗で。向こうもあたしもお互いほとんど顔も見えないくらいだったのに。
なぜか、そいつの後ろから光が差してるように見えた。
「じゃあ、さよなら。急に声かけてごめん」
「え、ええ?」
そいつはあたしに背を向けて去っていく。
やばい、普段ファンからそんなまともなこと言われ慣れてなくて、どんな風に返せばいいのか分からない。
考えろ、考えろ、考えろ!!
「く、くっ、くたばれ!!」
「え!?」
自慢のシャウトで去りゆく背中をガンと殴りつけた。驚いて振り向く顔に、あたしは指を突きつけた。
「あ、あたしのファン辞めんなよ! あたしも辞めねーから!」
「そ、そうなの?」
「辞めない! だからあんたも辞めんな! ずーっとあたしのファンでいろ!!」
めちゃくちゃすぎんだろ、あたし。
良い思い出にしてやればいいじゃん。今日一日限りのアイドルユニット、初めてのライブ。もう会えないけどこいつの記憶には残った。あたしみたいなザコドルには十分すぎるご褒美じゃん。
でも、しょうがない。なんか、なんか!
なんかまた頑張りたくなっちゃったんだもん。
結局あたしはいつもの狭いステージで相変わらず地下ドルを続けてる。
他に可愛い子や、売れてる子はたくさんいるけど。
あたしに向かってペンラ振ったり声援を送ってくれるファンがいるわけだし。
格差に凹むことはあるし、もう無理立ち直れんって夜も何度もあるけど、その度にあたしは何度でも叫ぶんだ。
くたばれバレンタイン!
くたばれバレンタイン!
くたばレンタイン!!
終
バレンタインに生成したイラストが、ほどよくストーリーを感じさせる出来になったので、物語をつけてみました。
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