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目の前で絶滅する時、何が出来るかの一考察
“絶滅”は身近な存在になった
現在は第6の大量絶滅の時代に突入しているんだそうです。今の人間が引き起こしている大量絶滅は、数億年前の生物種全体の90-95%が絶滅した史上最悪の大量絶滅イベント、ペルム紀のP-T境界の時の6倍のスピードで絶滅が進んでいるのだとか。
実感がわかない規模の話ですが、それだけ多くの生き物が絶滅に瀕している、もしくは絶滅していっているということでしょう。
最近日本で絶滅したものと言えば、ヒナモロコという淡水魚がいますね。都道府県や市町村レベルだともっと多くの種が消えていっているのではないでしょうか。
昨今、絶滅危惧種をまとめたレッドデータブックの改定が進んでいますし、10年前のレッドリストと今のレッドリストを見比べてみるのも良いかもしれません。
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仮に絶滅まではしていなくても、絶滅危惧種が身近にありふれていること自体が異常事態です。身近な生き物で言えばニホンウナギやクロマグロなどの食用魚。ハマグリなんかも絶滅が危惧されています。
農道を歩けば無限にいたというトノサマガエルですら、今や準絶滅危惧種。当たり前にいた生き物たちが、当たり前じゃなくなりつつあります。
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2003年以後確認例がなかったが、2017年に筆者が再発見した。
さらに追い込まれている「最後の確認から何年も見つかっていない」といった絶滅に向けたカウントダウンを切っている種も沢山います。
そういう個別の事例というものに目を向けてみれば、確かに第6の大量絶滅に突入しているというのも実感が湧いてきます。
小さな絶滅はありふれてしまった
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有明海沿岸などに生息する固有種ヤベガワモチ。矢部川で発見された大型の殻を持たない貝の仲間です。環境省で絶滅危惧I類、福岡県では絶滅危惧IA類に指定されています。
豊かな葦原に生息し、良好な塩性湿地環境がなければ生きていけません。そのためか、福岡県や佐賀県、熊本県などの有明海周辺の県に数ヶ所ずつ、しかもどの生息地もかなり狭い範囲に極限されています。
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その極限された生息地も数年前にひとつ消えてしまいました。広大なアシ原は川幅を広くするための退き堤工事の副次的に行われた船着き場建設による影響で失われました。
また、私たちが1年かけた保全運動が実を結びなんとか再検討に持ち込んだ船着き場をずらして保全区にするはずだった場所も、事務的な引き継ぎミスによって撤去してしまい、ヤベガワモチを含めた10種類以上の絶滅危惧種が姿を消しました。
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地形の復元力は凄いもので、当初から懸念されていた通り船着き場は泥に埋没し、干潟はもとに戻りました。とはいえ、1度失われた生物種は戻りません。
あれ以後、何度も調査に入っていますが、ヤベガワモチは1度も見つかっていません。
残ったものは干潟に埋没した船着き場だけでした。
ここが失われたからといって、ヤベガワモチが絶滅するわけではありません。福岡県内にはいまも確実な生息地が2ヶ所はあります。
程度の差はあれど、生物が好きな人は多かれ少なかれそういった状況を見てきたのではないでしょうか。
昔はここにいたのにな、という経験の延長のような感じです。
私はセボシタビラ(福岡県絶滅危惧IA類)の生息地が改修されるところも、
カゼトゲタナゴ(福岡県絶滅危惧IB類)の生息していた川が改修されていくのも、
ジュンサイやミズニラ(両方鳥取県絶滅危惧II類)が生息する池が撤去されるのも、
ウミタケ(福岡県絶滅危惧II類)の生息する干潟が洪水で流されたのも、
フネドブガイが初めて九州で発見された場所が翌年にはコンクリートで潰されたのも見てきました。
消える理由は様々です。人為的なものもあれば、人為的に追い詰められて自然災害でトドメを刺された場合もあります。
保全活動を興して何とかしようとして、何とかなったものもあれば、何も出来なかったことも多くあります。
よくよく身の回りの事象を観察してみると、地域個体群の絶滅、小さな絶滅という状況は本当にありふれています。
最後のヒシモドキ
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今回は福岡県を例に出すことが多かったのですが、それはこの記事の本題が福岡県の事例だからです。置きが1600字にもなってすみません(汗)
さて、今回の本題のヒシモドキ。
環境省RLで絶滅危惧IB類、福岡県では絶滅危惧IA類と絶滅寸前という扱いになっています。それもそのはず、福岡県のヒシモドキは残り1ヶ所にしか生息していないのです。
“なぜヒシモドキは絶滅するのか?ヒシとヒシモドキの生存戦略の違いが運命を分けた(兵庫県立大学附属高等学校自然科学部生物班)”によると、シードバンク(埋没種子)をあまり作らず翌年にはほとんど発芽してしまうこと、流されにくい果実の構造を持っていることなどの特徴を持っているようで、その結果、昨今の変化には対応しきれなかったようです。
これらの特徴は良好な湿地ではその場に留まり1年で効率的に増えていくことが出来ますが、もし一度でも激減してしまえば埋没種子を残さない性質も、分布を拡散しにくい形状もマイナスでしかありません。
その結果、一昔前の強い農薬を使用した時代とその後の水路改修の時代を経て、すっかり消えてしまいました。
そして、最後の生息地も
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水草を食い尽くすことで有名なソウギョに襲撃されたり
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えげつない増殖力を持つ特定外来生物ブラジルチドメグサが侵入したりとちょくちょく危機を迎えていました。
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仕方がないのでソウギョを投網で捕獲したり、ブラジルチドメグサを丁寧に取り除いたり。
もうこの生息地が消えてしまえば福岡県から消えてしまう……、最後の生息地というのはヒヤヒヤさせられます。
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そこで2021年5月、以前から交友があった筑後川防災施設くるめウスの館長にお願いして、プラ舟を用いた域外保全、系統保存を始めました。
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その後は久留米市に出した提言書も無事受け入れられ、宮の陣クリーンセンターのビオトープで系統保存が行われる流れとなりました。
宮の陣クリーンセンターのビオトープは失敗してしまったようですが、筑後川防災施設くるめウスのヒシモドキは丁寧に管理してくださる職員さんの努力もあり、旺盛に繁茂しています。
最後の生息地の最期
そんなこんなで、私の活動が鳥取メインになっても、ことある事に福岡県のヒシモドキ生息地を見に行っていました。
ブラジルチドメグサやソウギョのような外来種、あとは浚渫工事辺りのリスクが考えられます。そこらを警戒すると、やっぱり気になってしまって(汗)
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そして今年の7月初旬、福岡県レッドデータブック改定のため有明海の調査に向かった帰りに、ふらっとヒシモドキの生息地を見に行ってみました。
いつもなら黄緑色の葉が見えるのに、この日はひとつも見えません。
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何か様子がおかしい、いつもと違います。
というか、ヒシモドキがありません。
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「まさか」とは思いつつも、川に降りて見てみたら、どうやらこの黒く腐った物体がヒシモドキのようです。
いやいやいや、何が起きているんすか。川の様子が確実におかしい。
ブラジルチドメグサに追いやられるでもなく、ソウギョに食われるでもなく、浚渫工事で底ごとかっさらわれるでもなく、そこに立ちながら腐り落ちる。そんなこと初めてです。
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理由はすぐに分かりました。
しばらく川を下ったとこに、油の流出を防ぐためのオイルフェンスが設置してあったのです。何かしらのよくない液体が流出したことが容易に想像つきます。
鳥取への帰路の中、知人に連絡を飛ばして情報収集。翌日には自治体の環境課にも確認。
どうやら先日、流出元不明の鉱物油がこの川に流出したそうです。当時の水位が高くヒシモドキが水没していたこともあり、油流出の被害拡大を防ぐためにオイルフェンスを設置してくれたそうです。
その時点ではヒシモドキは健在だったそう。
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しかしながら、その直後にヒシモドキたちはこんな状況に。
福岡県の行政の方も、今年には系統保存のためにヒシモドキを確保しようとしていた矢先の出来事でした。
幸いにもくるめウスに残っている分があるため全滅ではないですが、野生下最後の個体群の消滅、要は野生絶滅です。
よりにもよって、ここに鉱物油が流出するのか……全く考えもしなかったイレギュラーな事態。最後の生息地の脆弱性、そして自分の認識の甘さを痛感しました。
なぜ、もっとどうにか出来なかったのかと悔やまれます。
眼前で絶滅させるくらいなら、やるだけやってみろ
鳥取に帰って数日。先の話の情報収集に努めました。とはいえ、関係者各位には悲観的な空気が漂っています。
なんせ、あの状況。
もうどうしようもないんじゃないか、むしろくるめウスにて系統保存していたことが不幸中の幸いだったのだといった様子です。
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私も大分精神的なダメージを負いましたがそうも言ってられません。週末はキタノタガイ(鳥取県絶滅危惧II類)の保全プロジェクト。それに、別の水草の保全計画も考えなければなりません。
ただの在野の一個人だとしても、ヤベガワモチやセボシタビラ、そしてヒシモドキの危機を知りながらも守りきれなかった責任を果たすために、前向きに進み続けりゃならんのです。
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しかし7月16日、とある変化が訪れます。
キタノタガイ保全のための現場視察を終えて戻ってきたら、持ち帰った真っ黒のヒシモドキ、黒いノロノロを削ぎ落としてプラ舟に入れていたら劇的に元気になったように思えました。
もしかしたら、全ての個体から黒いノロノロを丁寧に取り除いたら復活するのではないか。
いやいや、プラ舟内という環境だったから上手くいっただけかもしれない。本当に勝算はあるのだろうか。
というか、どうやって、誰がやるんだ。生息地と今いる場所は600kmも離れているのに。
とまぁ、様々な思考と憶測が飛び交う16日夜。キタノタガイ保全のための打ち合わせが終わったあと、ヒシモドキ保全のために動くべきかどうかといった話に突入。なんなら15日夜のオンライン勉強会後から引きずるこの話題が再び蒸し返しました。
私たちは全員が有志で、なんなら保全活動については自費でやるボランティアです。かといって現地で人を動かすなら誰に頼むべきなのか。会議は踊ります。
「俺は今行けんから、これで頼むわ!」
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そんな中、ひとりの男が切り出しました。
「俺は今行けんから、これで頼むわ。1万はいつか返してな?」
彼はそういってポンと机上に2万円を出したのです。
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毎回2時間かけて鳥取での保全活動に来てくれる盟友てつ氏。水抜かれる池からキタノタガイを救出するために週末やってきて、こういう粋なことをしてくれる。カッコ良すぎじゃないですか。
後輩諸氏からも愛される先輩てっちゃんは、やはりひと味違います。
そうなるともう、私も悩んでも入れません。
「オッケー!何とかしてくるわ!」
それぞれが最大限出来ることをしよう。
彼の一手のおかげで、私含め誰もが吹っ切れました。後悔しないためにもやるしかないんだ。
彼が託してくれたお金を即夜行バスにかえて、いざあのドブへ。
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最後のヒシモドキは筑後川水系に残っている
7月20日、福岡県。
最初の状況把握が7月12日。その後保全活動に移動手段や日程調整などなどをしていたら遅れに遅れてしまいました。この遅れが後に響かないか心配です。
この時も夜行バスで行って、夜行バスで帰る弾丸遠征。この程度の時間を開けるのが精一杯。前日の雨の影響が心配でしたが、筑後大堰の流量計とライブカメラの様子を見る限りでは何とかなるか……行ってみなければ分からない、そんな状況です。
初手から懸念材料だらけです(汗)
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さて、早朝には目的地に到着。川は入れそうな水位。
ヒシモドキは相変わらずヤバそうですが、とやかく言っても仕方がないので、とりあえずやってみるしかありません。
昨日の大雨で水中えぐれてたり、知らない深みができている可能性を考え、胴長は危険と判断。足袋と作業着で入ります。雨の後の冷水が体温を容赦なく奪ってきました。これは寒い……!
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水中のヒシモドキはこんな様子。どう見ても調子は良くありません。この状態の茎や葉から指で一つ一つ汚れを削ぎ落としていきます。
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すると、中からまだ緑色の茎や葉が見えてきます。やはりまだ何とか生きているみたいです。
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川の中を歩き回って、何時間もかけて群落を片っ端から洗っていく。ただひたすら地味な作業です。
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しばらく洗っていたら種も見つかりました。真っ黒でしたが、洗い落とせばどうやらまだ生きているらしい。今年の繁殖は何とか出来そうです。
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中には手遅れで、完全に腐ってカビだらけになり、オオマリコケムシまで引っ付いている株とかもありました。
特にカビは周りの株に伝播するので、こういう株は除去。少しでも生き残りそうな株を優先します。
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半日かけて洗い終わり、いよいよ帰路に着きます。
ここから先は旧友に託します。
「近いんやからせめてこれくらいはなw」
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ここから先の経過観察は高校時代の旧友(愛称ぐっさん)が請け負ってくれました。
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彼は別に生物屋ではありませんが、野食会に参加したり、捕って食べることには興味がある友人です。そんなこんなで有明海に行った際は調査後のお土産を持って彼の家で料理会をよくやります。
なんならブラジルチドメグサやソウギョがこの場所を襲撃した際も「俺はなんも出来んから」とかいいつつ、毎週のように偵察に出て近況報告してくれた良いヤツです。
鉱物油流出のタイミングで彼に連絡を取り、29日には動けるということで、洗浄作業後の経過観察に行ってもらいました。
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29日午前10時、仕事中の小休憩。ぐっさんからのLINEが入りました。
めっちゃ元気になってるやん!!!!
その場にいた大学生バイト達そっちのけで即電話を掛けます。
「大丈夫そうよ〜」
「めっちゃ調子よさそうやん!何とかなってる感じやん!スゲェ!」
みたいな話をしたはずです。
あとは種が育ってるか探してくれ的な内容も。詳細な内容の記憶はすっかり飛びましたが、とにかく、嬉しかったのだけは間違いありません。
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写真の角度は違いますが、それでも分かる再生の仕方。これは本当に難曲を乗り越えたと言って良いでしょう。
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本人は見つけきれなかったが、機転を効かせて植物体の動画を取ってくれたので無事確認できた。
自分は行けないからと交通費を託してくれたてっちゃん、休日のWiFi工事の合間を縫って見に行ってくれたぐっさん。
本当に突発的な危機でしたが、この2週間の間にそれぞれが出来ることをやりきった結果、絶滅を避けることが出来ました。
本当に良かった。
今回の活動は人知れず、給料も評価もありません。
ただひたすらに「私らの目の前で絶滅させてたまるか」という自己満足だったのかもしれません。
それでも私たちは今後も活動を続けていくのだと思います。
人間の影響である種がその生物史を閉じようとしているときに、もしも自分の行動次第で生き残らせることが出来るかもしれないと思ったなら、私らは何だかんだいいつつも躊躇することなく状況に飛び込むことでしょう。
今回登場した2人だけではありません。もう何年も地道に保全活動をやり続けてる友人たちはそういうヤツらです。彼らがそうだからこそ、私も頑張れます。
多くの種が絶えていくのを見てきたからこそ、次こそは防ぎたい。
基本的に負け戦で辛いことばかりだけれども、たまにはこうやって上手くいくこともあったりします。
そうやって紡いでいった先に、少しはより良い未来というものがあるのではないかと思います。
これからを見据えて
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今日も福岡県のとある川にはヒシモドキが揺蕩んでいます。
今はすっかり見られなくなってしまいましたが、数万年前から日本の平野部で普通に見ることが出来たはずの光景です。
どこかにある箱舟のような豊かな場所。
そういう場所さえ守ればいいという考え方が招いた危機。ギリギリ耐えている箱舟を守るだけではなく、これからはより良好な環境の再生にも取り組んでいかなければならないと思っています。
人生を環境保全に全振りしてるだけで、なんの権限もない一個人にどこまで出来るかと問われれば難しいところもあるかもしれません。しかし、筑後川水系にてヒシモドキが生息できるような環境を整え、増えていってくれるような状況を作っていかないといけないと思っています。
良くも悪くも今回の鉱物油流出は、県にとっても最後の生息地の脆弱性を示す結果となったように感じます。
ということで、川の関係者や地元の学生、そして今関わってくれてる生物屋たちとどうにか出来ないか画策中です。
いつまでもヒシモドキが揺蕩う水面がありますように。そんなところで今回の記事は結ぼうと思います。
例に漏れず、こんな長文を読んでくださりありがとうございました。