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地域の挑戦者インタビュー Vo.4 株式会社守安建設 代表取締役 守安儀浩さん

今回お話を伺ったのは、守安建設の社長である守安儀浩さん。工業高校卒業後、建設会社に入社された後、24歳で独立し、2018年に株式会社守安建設を設立されました。更に、2020年には『ふるさと兼業』も受け入れ、DIYイベントや広報をするなど、ものづくり以外のことにも挑戦されています。
 大工という職業についたきっかけや、『ふるさと兼業』を受け入れるにあたって大変だったこと、良かったこと、今後の目標までお話していただきました(インタビューアー インターン生 高木 天音)。

守安 儀浩さん 1981年岡山県倉敷市生まれ。水島工業高等学校(建築科)を卒業後、現在の取引先でもある大手住宅メーカーに就職し、24歳で独立。メーカーから「守安の所に入れておけば、間違いない」と、若手大工の育成を任される。親方として一緒に仕事をしていた若手大工から、「守安さん、会社をつくってくれませんか?」という声を受け、株式会社守安建設を設立。「職人を守る!」が口癖。

原点は、ものづくりが好き!
しかし、「家族のために仕事をしているのに家族との時間が全然取れない」


〇大工という職業に就いたきっかけをお聞かせください。

ものづくりが好きだったからです。プラモデルや図工の授業が好きでした。「友達が行くから」という理由で工業高校の建築家に入学し、その後も流れるままに建設会社に入社しました。しかし、大工さんと一緒に仕事をする内に「かっこいい」という想いが段々と芽生えるようになりました。「0から1」を作ることへの憧れや、働き方が自由である点に魅力を感じていました。


〇24歳で独立後、2018年に法人化されたとのことですが、その時の経緯について詳しくお聞かせください。

入社した会社が独立を推奨する会社でした。また、個人事業主で大工をやることに限界が見えている時期でした。「チームでやりたい」という自分の想いに、後輩や弟子が賛同してくれ、個人事業主の大工さんが何人か集まってくれました。更に、税理士からのアドバイスもあり、法人化するという決断に至りました。


〇この時の目標をお聞かせください。

初めの頃は、若かったということもあり、「儲けたい」という強い想いがありました。結婚したばかりだったのでお金が必要でした。

考え方が変わってきたのは、弟子を育てるようになった時です。大工という仕事はとても忙しく、休日出勤もよくありました。彼も結婚していましたが、家族もいるのに、こんなブラックな働き方をさせなければいけないことにショックを覚えました。「家族のために仕事をしているのに家族との時間が全然取れない」という状況にさせていたんです。自分の時には気づかず、弟子を育成している時に気が付きました。そこで、「儲けたい」という想いに加えて、「働き方を変えたい」という想いも生まれました。これは2018年に法人化した経緯にもなります。

技術面ではプロだけど、それ以外は全くの素人


〇ふるさと兼業を受け入れるに至った経緯をお聞かせください。

藤井さん(NPOエリア・イノベーション代表)の提案です。兼業者を受け入れることに抵抗はなく、すんなり受け入れました。
理由としては、法人化をしたものの、自社で仕事を取ってくるような営業力はなく、大手住宅メーカーからの下請けの仕事がメインだったからです。施工業者でしかないこの状況が続けば、若い人も魅力を感じず、入社しないと考えました。また、弊社は技術者の集団であり、広報や集客が全くの素人でした。


〇ふるさと兼業で行ったことについて詳しくお聞かせください。

2人の兼業者が手伝ってくれました。一人がマーケティング関係の方、もう一人がデザイン・企画関係の方です。
主に、自社分析、『Moriyasu Base』、広報の3つを手伝ってもらいました。
自社分析では、会社の強み・弱みを分析したり、会社の方向性を考えたりして、「本当にうちの会社がやりたいことは何なのか」を引き出してもらいました。

やりたいことはやっぱりものづくりで、「下請けを脱却し、自社でお客さんと直接話をして仕事をしたい」という考えが固まりました。

新たな企画としては、自社の倉庫を改修し、くらしきDIY基地『Moriyasu Base』とし、DIY体験教室を開催しました。親子で参加してもらうイベントであり、地域の方に「ものづくりの楽しさを味わってもらいたい!」という想いで設置しました。「ものづくりを楽しんでやっている会社」という会社のイメージを広めるとともに、「将来の大工さんを育成したい」という想いもありました。定期的に行うイベントであり、現在までに4回ほど行いました。


〇『Moriyasu Base』でのイベントについて最初はどのようにお考えでしたか。

今まで大工としての仕事しかしたことがなかったため、「本当にできるのかな」という気持ちでした。しかし、初回から12組の方が参加してくれ、多くの人に楽しんでもらえました。
 実はチラシを作ったのもこの時が初めてです。

『Moriyasu Base』でのDIYイベントの様子

〇外部の人材を受け入れるにあたって大変だったことをお聞かせください。

物理的な点で負荷がかかりました。メインである住宅施工をしながら、兼業者とのプロジェクトを進めていたため、私自身、メインにかける時間が減ったり、大工にも(住宅施工がある中)DIYイベントに時間を割いてもらったことなどが大変でしたね。
 また、『Moriyasu Base』や広報の仕事は、いわゆる「種まき」の仕事であったため、すぐに成果に表れないことも大変でした。

〇反対に、外部の人材を受け入れるにあたって良かったことをお聞かせください。

まず、マーケティングの重要性を学べました。受け入れるまでは建設業という広い世界でしか見ていなかったため、「下請け」・「元受け」など細かい業界についての理解を進めるきっかけとなりました。業界の見え方、考え方が変わりました。
 また、「種まき」の仕事の重要性も実感しました。自社を発信することによって、営業をしていなくても取引業者が仕事をくれるようになりました。弊社の事を詳しく知ってもらうことで、信頼度を上げられたんです。そして、発信することで採用にもつながりました。

挑戦をするのはありたい姿になるため


〇会社立ち上げ、兼業者受け入れなど、様々なことに挑戦する際のモチベーションには何がありますか。

挑戦をしないと、なりたい会社やありたい姿になれないと思っています。ゴールが見えない状況であるため、ゴールを見るために様々なことに挑戦し続けます。

〇最後に、現在の目標についてお聞かせください。

まだまだ個人の力が強く、企業ではないので組織化していきたいと思っています。若い人の採用にも力を入れようと思います。特に、『Moriyasu Base』では未来の大工さんを育成し、欲を言えば守安建設に入社し、家を作って欲しいと考えています。
 会社としては、ものづくりが楽しい会社、小規模だからこそ何でも言い合える会社であり、「一生幸せに暮らせる家づくり」をしたいです。

「『一生幸せに暮らせる家づくり』をしたい」と語る守安さん


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