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タイサル!第15話「タンブン行為で私が心配していること」

みなさんこんにちは。来週は第37回日本霊長類学会ですよーってことで、更新のタイミングをどうしようか考えている下っ端研究員の豊田です。

さて、前回の回で仏教文化とサルたちの関係の話を書きました。

今回は、タンブン行為がもたらす研究への影響以上に私が心配していることを書きます。


危険なタンブン行為

私の調査地のサルたちの遊動域のど真ん中を、2車線の道路が横切っています。この道は、バンコクや市街地から、王室プロジェクト系列の農業公園に通じる道なので、特に週末は車通りが多いのです。

そこで、無秩序な餌付けがおこなわれ、サルたちが危険にさらされているのです。

危険な餌付け①走行中の車からの餌撒き

野菜を市場に卸した後と思われる大型トラックが走行中に道路脇にサルを見つけると、荷台に乗っている人が適当に野菜を道路上にばら撒きます。あるいは通りがかりの観光客らしき人が、手持ちの食べ物を窓から投げ捨てるようにして与えます。こうした場面では撒かれる量はごく少量です。そうすると、サルたちが我先にと道路上に飛び出してきて争奪戦になります。後続車がいる場合、飛び出しにより事故に遭う非常に危険な場面です。

危険な餌付け②道路脇での餌撒き

大量の野菜を持ってきた人が、お寺や山の麓まで行くのが面倒なために、道路脇にエサを撒いていきます。そうすると、サルたちは道路脇で餌待ちするようになってしまいます。餌待ち中や、もらった野菜を食べている時にケンカが起きると、道路に逃げる子がいます。残念なことに、こうした飛び出しや、運転者の不注意により、道路上で轢かれて死んでしまうサルが少なからずいます。

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路上での餌撒き。とても危険。


そもそも論的に、餌付けがなくてもタイの路上は十分に危険です。特に調査地がある田舎のような地域では、走っている車は大半が見るからに整備不良車だし、飲酒運転は当たり前だし、警察もいないのでスピードは出し放題です。免許を持っているかどうかすら怪しいレベルです。国道沿いで犬の轢死体を見かけるのは日常茶飯事です。バンコクと調査地の往復時に犬の死体を見ずに済めば、その日は運がいいと言っていいくらいです。

そんな道路でサルたちが餌付けされたら、どうなってしまうでしょうか。

私は調査中、こうしたマナーの悪い車にサルたちが轢かれかけるのを毎日のように見かけ、ハラハラしていました。追跡中のサルたちが路上にいる際は、私も道路に出て、事故が起きないように接近してくる車に合図を送ったりしていました。多くはちゃんと減速してくれ、中には「何してるの?日本人?カメラマン?」と話しかけられることもあるので、拙いタイ語で「サルがいて危ないから気をつけてね」と伝えます。

しかし、合図を送るとわざと加速する車も少なくないのです。「警察でもないくせに偉そうに指示すんな!」と言わんかのごとく、中指を立てて通過していく人もいました。こういう車はほとんどが壊れかけのピックアップトラックで、どう見ても整備不良なので危険です。路上にサルがいようが、犬がいようが、人間がいようが、相手が避ける前提で平気で100km/h以上の速度で走り抜けていく人たちです。

残念ながら、すでに何頭ものサルたちやこの近辺に住んでいた犬たちが犠牲になっています。道路脇に横たわる亡骸を見るのは本当に辛く、ただただ申し訳ないと思うばかりです。何度見ても慣れるものではありません。

とにかく道路にサルが長時間とどまり、そこで餌付けを受けることはとても危険なので、なんとかしなければなりませんでした。


役人へ直訴

私は、保護区を管理する職員に、道路上での餌付けは危険だと何度も訴えました。サルが車に轢かれてしまうからなんとかして欲しいと、役所のお偉いさんにも伝え、役所に提出する報告書にも書きました。

そうした私の訴えが聞き入れられ、路上での餌付けの制限が始まりました。

まずは看板の設置からでした。道路上に何本も、餌付けを禁止する看板が立ちました。

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通りすがりの旅行者などは、この看板を見て餌付けをやめるようになりました。


しかしながら、地元民には効果薄で...

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看板の真横で堂々と餌をまく人も。こういう人、どこの国にもいますよね。

でも、看板が設置されたおかげで、私は路上で餌付けをする人に堂々と注意ができるようになりました。「うぜーなこの外人カメラマンめ」みたいな態度で暴言を吐いて立ち去る人や、無視して無言で去っていく人もいますが、理由を説明すると納得してお寺に向かってくれる人もいました。

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NHKのロケ時には、路上監視体制も導入されていました。道路にコーンが立てられ、役人が常駐し、車に注意を促します。

まぁこれは正直あまり信用していません。ロケの際に、道路沿いで轢かれかけるサルの映像を撮られたくないという役所側の事情から導入したものです。万一にも轢かれたサルの映像が撮られてしまっては、保護区の管理責任になってしまいかねないからです。

ただ、ロケの時だけ特別にやっていると私に露骨にバレるのは気まずいので、以後私が調査に入っている時にだけ形式的にやっているパフォーマンスっぽいなと思っています。実際に、調査期間を終えて帰ったと見せかけて翌日こっそり見に戻ったら、案の定、コーンはありませんでした。やっぱりな…って感じでした。こういうところ、まさにタイ人っぽいなと思うわけです。

でもこのコーンが立っていると、車はサルを避けることができなくなるし余計危ないと思うので、普段やってなくて逆に安心したくらいです。

肝心なのは、誰かがサルのことを気にしているということを通行人に見せることです。役人がたまにしかいなくても、それは大した問題ではないと思うことにしています。

こうした様々な対策と役人さんの協力のおかげで、2019年に調査に入った時には、サルたちは道路で餌待ちをすることはなくなっていました。路上での餌付けも劇的に減少しました。代わりに森の中を常に遊動するようになって、私にとってはサルの発見頻度が落ちてしまったのですが、サルたちの事故の危険性が少しでも減ったならそれで十分です。


サルたちにしてあげられること

路上での餌付けの禁止は、私がサルたちのためにしてあげられた唯一の具体的な取り組みです。長いことタイにいて、毎日サルたちとともに過ごしていたのに、たったこれだけしか、彼らの役には立つことをしてあげられなかったのです...

サルたちの大切な竹林の伐採も阻止できませんでした。竹林はサルたちにとって、涼しい休息場と、実を食べる採食場でもあり、使用頻度の高いエリアでした。その広大なエリアを綺麗サッパリ更地にされ、そこには中国企業と思しき会社が大規模な太陽光発電所をこしらえています。この発電所のせいでサルたちは遊動域北部を失い、保護区外の随分と遠いエリアまで出かけるようになってしまいました。私有地に入ればサルたちは保護されません。急に出てくるようになったサルたちを見た住人がサルを傷つけるのではないかと心配になります。

パイナップル畑の拡大も、お寺の領域拡大も、僕にはただ眺めていることしかできませんでした。

仕方がありませんね、そこは保護区外の私有地です。外人の、しかもヒヨッコで無名研究者の私に、なにかしてあげられる権限なんてありません。私が億万長者だったら、保護区周辺の土地を全部買い上げて森に戻し、人間の立ち入りを禁止するのに、といつも思います。

他に私にできることといえば、サルたちのそばにいることくらいです。私が調査に入っていると、役所としても配慮しないわけにもいかず、パフォーマンスであってもなにかしてくれます。それで少しでも事故のリスクが下がるなら、と思います。

また、私が毎日カメラを持ってサルたちと歩いていれば、地域住民の意識も変わります。調査開始初期、私は地元ではカメラマンだと思われていました。しかし、サルたちの研究をしていると知れ渡り始めると、通りがかりに挨拶をするようになった人、お水やジュースをくれる人、夕立が来るから早く帰りな!と教えてくれる人、向こうでサルを見たよ!と教えてくれる人など、いろんな知り合いができました。

その人達に、「かわいいでしょ」と撮ったサルの写真を見せると、多少の興味を持ってくれます。中には「サルは厄介者で嫌いだったけど、あなたが毎日追いかけてるから気になるようになった」といってくれる人もいました。

今ではすっかり地元の人や市場の人達にも顔を覚えてもらって、「ドクター!」と呼ばれるようになった私なのですが、それと同時に、「サルの研究をしている日本人がいる」ということも認知されるようになりました。

私が毎日サルを追いかけてニヤニヤしている様子を地元民に見せ続けることが、結果的にサルたちへの関心を高めることにもつながるようです。

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のちに、この保護区の各所にサルを紹介する看板が設置されるようになりました。私が撮影した写真を提供したので、左下にはコピーライトを入れてくれました。文章についてはタイ語で書かれているので内容は不明なのですが、ざっと翻訳してもらったところ、Wikipediaかどこかからサルの紹介文をもってきたようです。一応、群れの名前や頭数も書かれているみたいですが、めちゃくちゃで何一つ正しい情報はありませんでした。

THE・タイクオリティ!まさにアメージング!マイペンライ!!

でもそんなのは些細なことです。この看板を見て、少しでもサルのことを知って、道路上で見かけた時に気をつけてくれれば、それだけで十分です。


生息地をどんどん破壊され、サルたちの今後が心配です。でも私にできることは本当に限定的です。私は保護や保全の専門家ではありません。有名な研究者でもなければ、権限のある立場にいるわけでもありません。サルたちが道路脇にいるのに減速しない車にビーム砲を撃ち込む能力もなく、実に無力です。


研究している姿を見せることで、サルたちへの関心を持ってもらうこと。

写真を通じて、彼らが確かにそこに暮らしていた記録を残すこと。

自分の使命を常に意識しながら、サルたちの研究を続けていけたらと思っています。


さて、次回は仏教つながりで、「タイ仏教のお守り」のお話です。

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タイサル!シリーズ過去の配信アーカイブはこちらから↓

連載コラム「タイでサル調査!研究奮闘記」配信開始のお知らせ
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n28a1dc0c9402
第1話「海外調査の生活拠点」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n985accf6fef3
第2話「調査地で楽しむタイ料理!食事編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n5444528ab0bb
第3話「シャワーも命がけ!?お水事情その①」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nf5bcd9a17bc1
第4話「シャワーも命がけ!?お水事情その②」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n7c4f68bf12d1
第5話「シャワーも命がけ!?お水事情その③」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n56d26d529251
第6話「泥水との激戦を終えて」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n375ca4ab7be2
第7話「調査生活のオトモ!タイの犬たち」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n7968f75aea75
第8話「その日のことはその日のうちに!調査の1日のルーティンワーク」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nfdac8fac1ec6
第9話「忘れ物確認ヨシ!調査時の装備について」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n4fef7eb2e320
第10話「写真へのこだわり」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/na4da37e13e8d
第11話「誰だ誰だかわからない!個体識別の話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n1648bde20bab
第12話「ゲシュタルト崩壊!全頭識別への道」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n24c3478ea661
第13話「サルたちの名前の付け方の話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nb6a8e6119ced
第14話「タイの仏教文化とサルたちの関係について」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n9a7a6814730d

番外編の過去の配信アーカイブはこちらから↓
私論:「ココナッツモンキー」は動物虐待なのか?
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ne6add28fc064
遺跡の街ロッブリーに住むカニクイザルの歴史
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n1679cb4029b2

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