見出し画像

今夜

8/16
今日は星に向かって歩く日だ。夜の10時から朝の5時まで、ひたすら星に向かって歩き続ける。長い夜に備えてお昼からしっかり睡眠を取る。7時半に起きてご飯を食べて、支度をして9時頃に家を出る。

夜の9時。こんな時間にコンビニでも散歩でもなく、しっかりと支度をして家を出るのはいつぶりだろうか。妙に高揚感がある。その高揚感は、懐かしいもののような心地がする。夜には、夜にしかない空気の色と、夜にしかない風の温度と、夜にしかない心の落ち着きがある。

どうして懐かしいのだろうと考えて、思い出した。小さい頃、ーーに旅行したとき、夜は川辺に蛍が見えると聞いて、家族で夜、ちょうどこれくらいの時間に、宿を出て川辺に向かったのだった。そう、あのときの空気の冷たさ、風の手触り。あれは夏休みだったけれど、妙に涼しい夜だった。実際は、暑かったのかもしれない。けれど、とにかく涼しくて、心地良い記憶だった。

蛍はたくさんいた。小さい光がたくさんあった。光は自由に動いて、ときどき、消えたりした。
私達以外にも、多くの人が蛍の光を見に来ていた。だから、色んな人が光を見ていた。たぶん、私しか見ていない光もあった。

翌朝、宿を出て歩き出すと、川辺を通った。昨日のところだ、と思った。ずいぶん、違っていた。ふいに足元に虫が落ちているのを見つけて、わっと身を引いた。隣にいた母親が、蛍だ、と言った。それは確かに、死んだ蛍だった。光は消えていた。

夜にしか見えないものがある。
少なくとも今夜のあの星は、今しか見えないような気がしていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?