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スポーツイベントの社会的効果に関する調査報告「企業とNPOそれぞれにとっての共創メリットとは」
はじめまして、沖縄大学の宮城能彦です。
私が「体験格差」をはじめて意識したのは高校生の時でした。
当時県内唯一の「進学校」に入学した私は大きなカルチャーショックを受けたのです。決して裕福ではなかった私の家庭と、会社の社長や教員や公務員があたりまえのようなクラスメイトとは明らかにいろんな面で「格差」がありました。
特に感じたのは家族旅行でした。家族でドライブにはよく行きましたが、泊りがけでかつ県外に家族全員で行くという発想すら私にはなかったのです。当然話が合いません。使っている言葉の種類もボキャブラリーの数がそもそも違うからです。高校時代の私は、私と同じような田舎出身の同級生としか友達になれませんでした。 そういうことがあったので、自分の子どもにはできるだけ多くの「体験」をさせるようにしました。家族旅行はもちろんのこと様々なイベントに連れて行ったのです。
しかし意外だったのは、一番記憶に残っているのがプロ野球の観戦だといいます。首都圏や名古屋、関西、広島、福岡の球場で行われているプロ野球の試合にはほとんど連れて行ったのですが、それが一番印象的だったと。 子どもたちが成人した後、私は学生たちの「体験格差」が気になりました。さらに、身近に多くいるシングルマザーと呼ばれる家庭の子たちが、家族旅行どころか「生活」から少しでもはみ出すような体験をしていないことが具体的にわかってきました。自分に何ができるのかと悩んでいる時に声をかけてもらったのが今回のArch to Hoopでした。
このイベントの最中に気が付いたことが2つあります。
1)ひとつは、スポーツの魅力です。自分の子どもに多くの体験をさせたはずなのに、最も印象的だったのがプロ野球観戦だったということが20年後に理解できたような気がします。
2)もうひとつは、人との出会いです。いわゆる「一般的な家庭」の子でも、生活の範囲外の人、特にプロフェッショナルとの出会いはほとんどありません。そのことに関しては親の努力には限界があります。様々な組織の協働で行われるこういったイベントだからこそできるものだと実感しました。
このイベントから何が学べたのか。「参与観察」という私の主観的な考察ではありますが、社会学を勉強している私の目からこのイベントがどのように見えたのかをレポートにまとめました。これを参考に様々な議論が行われれば幸いです。
1. 調査対象としたイベント概要
■ イベント名
Arch to Hoop 2024 in NAHA AIRPORT
■ 日程(場所)
2024年11月2日:事前交流会(那覇空港・ミーティングルーム)
2024年11月3日:バスケイベント(那覇空港・首里城復興応援広場)
2024年11月4日:振り返り会(アシタネワークス事務所)
■ 主催
一般社団法人Arch to Hoop沖縄
■ 企画・運営
株式会社モルテン
NPO法人沖縄青少年自立援助センターちゅらゆい
株式会社麻生
■ 参加企業/団体
株式会社ミツイ
沖縄県就学援助児童支援NPO法人エンカレッジ
一般社団法人みんなのももやま子ども食堂
一般社団法人URUFULL
■ 参加人数
86名(子ども40名、大人46名)
一般来場者 約100名
※その他、見学で来場された企業団体が複数あり
2. 目的の確認
【一般社団法人Arch to Hoop沖縄の目的】
① 子どもたちに非日常体験と出会いを届けて、将来の選択肢を増やすこと
② 企業が社会課題解決にかかわることができる仕組みを構築すること
【株式会社モルテンの目的】
① スポーツの価値を再定義したい(実績を残す、証明する)
② 人材育成の観点で社会課題に触れて、当事者意識をもつ機会にしたい
③ Arch to Hoopに参画した社員が自組織に伝える伝道師になってもらいたい
【NPO法人沖縄青少年自立援助センターちゅらゆいの目的】
① ちゅらゆいに通う子ども・若者たちに新たな体験と出会いを得て欲しい
② 企業との共創を通して、NPOとしての社会的意義を高めていきたい
【株式会社麻生の目的】
① 自身が体験することで事業の理解を深めること
② 他社との交流を通じて自社とのギャップを知り、自分発信してもらうこと
3. 調査方法
イベント運営メンバーによるアンケート調査とは別に、宮城が「参与観察」(質的調査)を行う。
観察期間:3ヶ月間(2024年10月~12月)
※1 参与観察とは
定性的な社会調査法のひとつ。対象とするコミュニティの一員としてイベントに参加し、役割を演じながら、そこでの事象を多角的な側面で観察およびヒアリングなどを行う観察法。
※2 参与観察者の立場
イベントの当事者ではなく第三者的な立場とする。ただし、ちゅらゆいのスタッフや子ども若者何人かとは顔なじみである。スポーツに関しては全くの素人で経験なし。
4. レポート
4-1. イベント前の子ども若者への聞き取り
特に印象的であったのは「勝田さんというかっこいい大人に出会えた事が一番大きかった。なんとなく目標ができたみたい」という高校生の言葉であった。別の若者は「『一流企業の会社員』のイメージが真面目で硬い人から親しみが持てる人に変わった」と何度も話していた。
「素敵な大人との出会い」「目標にしたい大人との出会い」という非常に大きな経験をしている。
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4-2. 事前交流会
第一印象としては、ちゅらゆいとエンカレッジの子たちでかなり雰囲気が違う。ちゅらゆいはスタッフ意識(当事者意識)が強く緊張気味だが、エンカレッジは気軽に参加している自由な雰囲気である。
エンカレッジの子どもたちは積極的参加とは言えないが、強制的あるいは空気による参加でもない。多くの子が「おもしろそうだから来た」と答えていた。ただし、去年の様子を誰かから直接を聞いて参加することを決めた子はほとんどいない。今年のイベントについて話を聞いての判断である。
最初、明るいけれど少し緊張気味だった子ども達も、グループに別れた後に次第に顔が緩み楽しそうに話すようになっていった。スタッフの熱心さが子どもたちに伝わった感があると同時にスタッフの説明の仕方、子どもたちにわかるように説明する方法が上手であった。最初から子どもたちを惹きつけうまくリードしているスタッフは日頃から子どもたちと関わるイベントやボランティアを行っているということであったが、そうではないスタッフも次第に(子どもたちに聞いてもらい盛り上げる)要領を掴んでいった。元気な子どもたちがつくる「少し砕けた感じで話せる雰囲気」が大人たちの気持ちを楽にさせた効果もあったと思われる。
業界用語が使えない、カタカナビジネス語も使えない、難しい熟語や言葉も使えない中でどうやって伝えるか?どうやって子どもたちの気持ちを惹きつけることができるのか?という訓練として最適だと思われる。
積極的に知らない人と関わろうとする中学生(男の子ふたり)。積極的ではないけど楽しそうに会話する女の子数人。かなり引いていて暗い雰囲気な女の子もいたが、スタッフのリードで次第に打ち解けてきた。最初は「私に話しかけないで」というオーラ出していた子が変化していった。最初、当事者意識にかなり差があるように見えたちゅらゆいと他団体との交流にも自然になっていく。目的や目標が明確なので、「これから何のために何をやるのか」「自分に求められている『役割』は何か」が短時間である程度理解できた。そして「おもしろそう」という気持ちも高まっていった。
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4-3. イベント当日
前日には来ていない子も多数参加。準備作業やイベント実施に積極的な子から流れに身を任せて来てみた子まで様々。準備の段階からその違いが見えて面白い。最後まで、バスケットをするわけでもなく、見学するわけでもなく、お手伝いするわけでもなく、スマホを持って空港内をウロチョロしている女の子2人もそれなりに楽しそうにやっている。このイベントが、「バスケットをする」「バスケットイベントを実施する」こと自体が目的ではなく「手段」であることの象徴だと思われる。また、学校のように「役割を与え」「責任を持たせ」「きちんと行動させる」というイベントではないことが子どもたちを安心させている。
一方で大人スタッフは、緩い雰囲気だけど結果をきちんと出さなければならないという経験をしたことになる。様々な行動をする子どもたちと接することによって、日常業務とは異なるスキルが求められることが実感できたと思われる。
受付、呼び込みグループが工夫をこらして掲示物を作成している姿が頼もしかった。準備や片付けを積極的に行う子、バスケットを楽しんでいる子、負けて悔しそうな子、その子たちが、個人的家族的に様々な問題を抱えているとは思えない光景であった。すなわち、貧困の問題、特に体験格差の問題が見えにくいということがよく理解できる。
イベントの合間などに、大人スタッフが積極的に子どもたちに関わっていた。会話の内容は聞き取れなかったが、お互い自然体で話している姿が印象的だった。
最初の頃は消極的であったが一度コートにあがると積極的になっていく子が何人もいた。自分で仲間を集めたり、仕方なくチームに参加したけどいざボールを持つと積極的になってプレイする子など、様々なパターンがみられたが、共通しているのは、ボールをもって身体を動かすと子どもが変化する(積極的になる)ということであった。大人たちがバスケットをする姿を見て「カッコいい」と呟いていた子も数人いた。実際、私も「かっこいいな」と思った。スポーツの持つ力が現実的に現れたと思われる。
大人同士でも、特にモルテンと麻生の間で次第に会社の垣根を越えていくように見えた。第三者的には誰が同じ会社の社員なのかがわからない程になっていった。
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5. イベントの効果まとめ
このイベントは異文化体験・異文化理解の試みである。大人と子ども、企業とNPO、異種企業、支援者と(いわゆる)要支援者、そして沖縄と「本土」のそれぞれの「文化」を超えてひとつのイベントを企画し実施することによって、夫々が自らの文化を意識し相対化する契機となった。
例えば、一般的に合理性と能率の追求が求められる企業人においては、社会福祉事業系NPOに流れる時間の緩さが「異文化」だったと思われる。目標が見えにくく、「そもそも目標があるのか?」と思わされる場面も多かったと推測される。
その一方でNPO側からすると、企業人のスピードや合理性は早送りでドラマを見ている感じだっただろう。具体的な目標の設定が困難であり、目標設定があまり意味をもたないことも多い子どもたちとの関わりが日常であるNPO職員にとっては、企業人の合理的な段取りでスピード感ある行動力には戸惑いもあったであろう。しかし、その「漠然さ」だけでは事業は行えないこと、合理性を追求すべき場面もあることを学んだと思う。
同様なことは、沖縄の文化と日本(本土)の違いや、大人と参加した子どもたちとの違いにも言える。新しい文化が異文化との接触によって生まれるように、今回の事業に関わったスタッフが異文化体験をすることによって大きく成長した、あるいは成長の契機になったことは間違いない。現在の段階においてはスタッフ個人の成長のレベルだが、今後職場内でその「異文化体験」が共有できれば、今後のイノベーションに大きく寄与できると予想される。
また、NPO職員にとっても、仕事の合理化や個々のスキルアップの必要性を感じるよい機会であった。子どもたちと関わるには強い忍耐力が必要であり時間をかけて見守るということが必要であるが、事務等の仕事もその時間の流れに影響を受けがちである。全く異なる世界に生きる者たちが同じイベントを実施することによって、ある種の緊張感が生まれ、現在の自分あるいは組織の在り方を問い直す契機になっている。
そして、その異文化体験を通して大きく成長する契機を得たのが参加した子どもたちである。バスケットボールというスポーツを楽しみながら、全く異なった世界に住んでいる大人たちに出会ったことこそが体験格差を乗り越えるひとつのきっかけになったと思われる。
子どもたちにそういう機会を作ることができた、すなわち、子どもたちがたとえ積極的ではなくても「参加してみよう」と思うことができたのは、やはりスポーツの持つ魅力である。スポーツ以外の体験、例えば実験や自然観察や社会見学等ではここまで子どもたちを集めることができなかったと考えられる。「一歩を踏み出す」時の一歩目のハードルが低いこともスポーツイベントの特長である。
その際に重要なことは、このイベントに積極的に関った子も、積極的でなかった子も、会場に来たもののほとんど参加しなかった子も、直接的間接的にそういった大人たち行動を直に見て何かを感じたということである。
人の行動や考え方あるいは価値観は、生死に関わるレベルの経験でなければ一夜にして変わることはない。
したがって、一度のイベントによって子どもやスタッフの行動や価値観の目に見える変化を求めるのは一般的には困難である。変化そのものより、変化の契機となった可能性の有無を判断した方がよい。そういう意味では今回のイベントが十分に目的を果たしたと言える。それは、大人においては、事後の振り返り反省会のそれぞれの発言やアンケートに見ることができるし、子どもたちのアンケートからも十分に知ることができる。
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6. イベントの課題
「あえて人に任せる」という経験が重要だという意見があったが、今後はスタッフ間だけでなく「子どもたちに任せる」という部分を増やしていくことが重要だと思われる。また、そのための仕組みづくりを議論していく必要がある。
参加する子どもたちとの事前の顔合わせ・自己紹介・交流の場を如何につくるかも課題である。
7. 各社の目的とその達成状況
【一般社団法人Arch to Hoop沖縄の目的】
① 子どもたちに非日常体験と出会いを届けて、将来の選択肢を増やすこと
② 企業が社会課題解決にかかわることができる仕組みを構築すること
■ 目的①に対する達成状況
スポーツイベントを一緒に実施したこと、参加してバスケットを楽しんだこと、これまで出会ったことのない(素敵な)大人たちと同じ時間と場を共有することによって参加した子どもたちの「将来の選択肢」の幅が広がったと考えられる。
■ 目的②に対する達成状況
社会課題は複雑かつ混沌としており、例えば商品開発を行う際の思考とはまた別の側面が求められる。人間関係の構築においても「一般常識」「社会常識」的なマナーが通じない場面も多い。このような非合理的な社会や人間関係に接しNPOや子どもたちと協働することによって社会問題解決のための仕組みの基本が言語化され構築されていく。今回はその階段を確実に一歩登ったと判断できる。
【株式会社モルテンの目的】
① スポーツの価値を再定義したい(実績を残す、証明する)
② 人材育成の観点で社会課題に触れて、当事者意識をもつ機会にしたい
③ Arch to Hoopに参画した社員が自組織に伝える伝道師になってもらいたい
■ 目的①に対する達成状況
スポーツ:「身体を動かすという人間の本源的な欲求に応え、精神的充足をもたらすもの」「一部の競技選手や運動に自信がある人だけのものではなく、それぞれの適性や志向に応じて、自由に楽しむことができる『みんなのもの』」(スポーツ庁「第二期スポーツ基本計画」)。
スポーツ(語源):deportare(運ぶ・移す・転換する)
「気分を転じさせる・気を晴らす」⇒「義務からの気分転換・元気の回復」
「一部の競技選手のもの」とは対極にあるのがこのイベントであり、継続していくことによってスポーツ基本法およびそのスポーツの定義を社会に伝え広めていくことができる。そのためには現在以上にメディアの取り上げられる必要もある。
■ 目的②に対する達成状況
イベント実施過程における様々な意味での「異文化体験」がかなり高度な人材育成であり、社会問題を自らの働き方・生き方に繋げて考えるようになる絶好の機会となっている。
■ 目的③に対する達成状況
オンライン会議、イベント実施、交流会などを通してNPOスタッフや他社の社員と意見交換や交流することによって、伝道師になるだけのモチベーションは十分に涵養されていると思われる。また、様々な問題を抱えた子どもたちにわかるように説明する。興味を持ってもらうようなパフォーマンスを行う努力をすることによって、異なる価値観・ポリシーをもった大人への伝え方等を考える基礎が培われている。
【NPO法人沖縄青少年自立援助センターちゅらゆいの目的】
① ちゅらゆいに通う子ども・若者たちに新たな体験と出会いを得て欲しい
② 企業との共創を通して、NPOとしての社会的意義を高めていきたい
■ 目的①に対する達成状況
新たな体験と日常生活においては起こりえない出会いがあったことは確かである。出会いという意味ではむしろ「普通」の子たち以上の経験をしている。
■ 目的②に対する達成状況
企業との共創でNPOとの文化の違いを感じて学ぶべきことが多いと多くのスタッフが感じており、NPOの社会的意義を高める方法のヒントが得られたと思われる。
【株式会社麻生の目的】
① 自身が体験することで事業の理解を深めること
② 他社との交流を通じて自社とのギャップを知り、自分発信してもらうこと
■ 目的①に対する達成状況
今回のイベントでは多くの大きな役割を担うことによって、自己反省も含めより積極的な提案もでており、より深い理解ができたと判断できる。
■ 目的②に対する達成状況
何度も耳にしたのが「うちとは違う」という言葉であった。同じ事業を協働することによって、自社の思考方法その他を相対化できる環境がつくられていた。
8. 総括
8-1. NPOの特質と一般企業におけるNPOとの共創のメリット
NPOの特質は、当然のことながら「非営利」ということである。すなわち、得た利益や資産を構成員に分配せず、社会的な使命を達成することこそを第一の目的とする。そのために、メンバー各々が社会課題を解決するという意欲に満ちておりモチベーションが高い。その意識および意欲の高さとそれに基づく人間関係構築のスキルこそがNPOの大きな強みである。
また組織そのものや運営に柔軟性があり、いわゆるクライエントの立場を尊重し臨機応変に対応できることもその特長だと言えよう。
アンケート結果にも、NPO職員の「多角的に物事をとらえる点と思考の深さ。子どもに関わる皆様からは人と物事に対する考え方や深さを学び、刺激を受けました」といったコメントがあったように、NPO職員の物事の進め方や人間関係の作り方、「役割つくる」という発想やその方法、あくまでも子どもや若者たちを主体するために自らは黒子に徹するという基本に一般企業は学ぶべきことが多い。
一般的な企業においては、企業の社会貢献の必要性と重要性を理解しつつも、具体的に何をどのように行うかという方法論やノウハウが豊富とは言い難い。それらを蓄積していくためにNPOと共創して学んでいくことはかなり重要であり、今後ますます必要となっていくだろう。
一方で、NPOの強みはNPO自身にとっては諸刃の剣ということもできる。
すなわち、合理性や能率性あるいは採算性を極端に度外視してしまう場合もあり、職員の意欲の高さゆえに、あるいはNPOという同じ価値観をもつ者だけの世間にいることで、スタッフが自らの行動を世間一般的な価値観で客観視することが難しいという場合もあるからである。
そういったNPOの強みと弱点を補完し、よりよい事業を行うためのパートナーとして一般的な企業は最適だと考えられる。
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(室伏/ちゅらゆい、宮城/沖縄大、増田/モルテン、五ノ谷/麻生)
8-2. 事業成長・拡大にあたっての課題
いわゆる「子どもの貧困」「体験格差」の問題等、様々な社会問題をかかえる沖縄ではあるが、実は沖縄特有の社会問題というわけではない。日本の様々な地域が抱えている社会問題が沖縄で顕在化しているだけなのである。すなわち、沖縄は日本が抱える本質的・潜在的問題が沖縄では「見えやすい」のだ。子どもの体験格差についても、全国どこにでもある社会問題というだけでなく、地域間格差、職業間格差などもあり、これからの日本社会を考えていく上で避けては通れない深刻な問題と言える。
一方で、最近の日本は「超高齢問題」「少子化問題」「過疎問題」など、世界的には「課題先進国」と呼ばれ(あるいは自称し)、その問題の解決の糸口をつかむことができれば世界各地の社会問題のモデルになれるとされている。実際に隣の韓国や中国、台湾は、戦後日本の社会福祉制度等から多くのことを学び発展させている。その日本の中における「課題先進地」が沖縄であり、沖縄での成功事例を基本にすることで、全国各地、あるいは世界各地での応用の可能性が高いといえよう。
ところで、なぜ沖縄においては社会問題が顕在化しやすいのだろうか。
様々な要因が考えられるが、それは単純に沖縄戦や戦後の米軍統治の影響「だけ」ではない。根本的には、伝統的な家族制度や共同体の特質の違いからくることも多い。
例えば、沖縄の離婚率の高さは近代化や都市化あるいはアメリカの影響ではなく、伝統的に沖縄では結婚というハードルの低さと同時に離婚というハードルも低いからである。そこが「家と家の結婚」と言われた日本の伝統的な「イエ制度」(結婚に社会的重きをもたせることによって離婚が困難になる)と異なる。その「家(イエ)制度」は沖縄には伝統的にも現在も存在しない。要するに、日本における沖縄は「異文化」なのである。
そういった意味でも、日本本土の企業が沖縄においてArch to Hoopを成功させることは、海外展開にも可能性があることを示唆している。
では、Arch to Hoopを沖縄で始動し、自走できている要因については既述したが、その根底に流れていたのは企業側のスタッフの謙虚さと相手に対するリスペクトであった。
<リスペクト4点>
① 子どもたちに対するリスペクト
② 企業の制度や文化とは異なるNPO団体や職員に対するリスペクト
③ 沖縄の歴史や文化や社会に対するリスペクト
④ 他企業の社員に対するリスペクト
この謙虚さとモチベーションさえあれば、全国のみならず外国でも十分に実施可能である。逆にいえば、それらがなければ成功は不可能であり、また、企業内における個人の広い意味での資質向上に対してこのようなスポーツイベントは十分な効果があるといえる。
最初に、このイベントは「異文化体験である」と記したが、異文化体験こそ個人にとってのみならず、企業にも社会にもそして子ども若者たちにとっても大きな成長のチャンスである。様々な意味で今後拡充していくべき取り組みといえよう。
《編集後記》
スポーツができる人に対してある種のコンプレックスが私にはありました。それは、中学生の時の体験からです。私は吹奏楽部だったのですが、当時の吹奏楽部は女の子ばかりだったので、体育系の部活の男子同級生からはずいぶんと見下されていたのです。おまけに、彼らは女子からとてもモテていました。 アニメ「巨人の星」に代表される、いわゆる「スポーツ根性」で育った私たちの世代は、「根性さえあれば何でもできる」という精神論が絶対的でしたが、それも嫌いでした。特に後輩や学生・生徒に精神論を押し付ける大人が嫌いでしたが、それは今でも変わりません。そのために、社会人になってからはスポーツからは遠ざかるようになっていきました。オリンピックもワールドカップも甲子園もBリーグも後からニュースで見る程度です。 しかし、今回のイベントを通して強く感じたのは、子どもたちがスポーツを通してそれぞれが持っている「壁」を少し打ち破っていく姿でした。「体験格差」問題解決の糸口のひとつとしてのスポーツは大きな可能性をもっているということです。
もうひとつは、特にモルテンの若い人たちを見ていると、私の「スポーツをやる人」に対する偏見が解消されていくのを具体的に実感できたと言う事です。私がもっているスポーツをやる人に対する偏見やコンプレックスが間違っていることは、もちろん理屈では最初からわかっていることです。しかし、思春期に持ってしまったコンプレックスをなくすのはそう簡単ではありません。
そういった意味で、今回のイベントは私にとっても貴重な「体験」だったと思います。私がこれまで接することがなかった人たちに出会えたことに感謝です。そして、この事業が継続されるだけでなく広がっていくことを楽しみにしつつ、今後も関わっていけたらと思います。
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