訪問備忘録
年の瀬、数年に一度の寒波が早くもやって来た。
ここ2年積雪のない暖かい冬とは打って変わって、寒い冬となりそうである。
訪問マッサージの仕事に着いて3度目の冬。オートバイで風を切るのにも慣れたのか、まだハンドルカバー、カイロは使っていない。とは言え、空気の冷たさのレベルは一番に感じている。
「庭で成ったミカンだから、美味しくないかもよ」と、
笑いながら下さったとみさん(仮)。
仕事に着いた時から訪問しているご婦人だ。
「来年90だよ、こんなに生きるとは思わなかった。90って、体がこんなにも参っちゃうのかねえ。」が口癖。
6月に突然歩けなくなったとみさん。
特殊なトレーニングの電気療法を勧め、わたしの治療と両輪で回復を目指した。
最初は、電気も感じない程筋肉が無反応、
「こんなに高い治療は初めてだよ、良くなるかねぇ」と疑心暗鬼。
9月、突然「最近電気が凄いんだよ」
おお、手応えあり。
「これは、必ず歩けるようになるサインだから」と励ます。
11月、手押し車で歩けるまで回復、
「もう少しですね」。そんな話をしていた。長いトンネルを抜けて、光明が見えてきた。
師走、「去年は年末、体が辛くて正月診てくれないかなんて話してましたね。今年は良い新年を迎えられそうですね」なんて笑いながら施術。
ああ、結果が出て、良かったと胸を撫で下ろす。テレビでは、「来週は、この冬初めての、この時期には珍しい強い寒気がやってきます」と言っていた。
今年も残すところ13日、いつも通り訪問。
とみさんの表情が暗い。
様子が一変していた。
「膝に力が入らないよ、やっぱり90ってこういうことかねぇ、もう楽になりたいよ」
「何言っているんですか、寒波が来てるからじゃないですか。滅多なことは言うもんじゃないですよ」
こんな時はどんな言葉をかけたらよいのかわからない。
「では、また来週。」と玄関を出た。
「今日は風が冷たくなったなぁ」
背中を丸めてバイクを走らせた。
月曜日、いつも通りとみさんのお宅へ。
庭先にセレモニーホールの車が停めてあった。
直ぐに察した。
チャイムを鳴らすと息子さんが、
「ああ、連絡行って無かったですか、昨日の朝、起きてくるのが遅いので見に行くと…」
帰宅して、頂いたミカンを食べた。
「すっぱいなぁ」