アルバイト会計士 第二話:引越しとカイゼンとグランドピアノ
「私の名前は甲斐 圭史。将来、会計士になるものだ!」
そう自分に言い聞かせながら、今日も新しいアルバイトに向かう。前回はコンビニだったが、今回は引越し業者の手伝いだ。父がいつも言っていた。「ビジネスと会計を学ぶために、アルバイトをしろ」と。正直、まだ何のことかよく分からないが、やるしかない。これも会計士への第一歩だ。
現場に到着し、作業員の集合場所へ向かうと、見覚えのある顔が目に入った。
「えっ、おじさん!?」
そこには、あのコンビニで肉まんを食べていたおじさんがいた。おじさんは例によって無精髭で、ぼさぼさの髪。作業服もどこかくたびれている。
「おぉ、またお前か。今日は引越しか?」
「おじさん、なんでここにいるんですか?前はコンビニで働いてましたよね?」
おじさんは、肉まんを食べながら答えた。
「いやぁ、いろんな仕事をやってるんだよ。今日は引越し、明日はまた別の仕事かもしれんけどな。とにかく、なんかやってりゃ金は入るしな。」
私は驚きながらも、なんだかまた会えたことに妙な安心感を覚えた。
引越しの仕事が始まった。おじさんと私は一緒に重たい家具を運び、荷物をトラックに積み込む。仕事は単調だが、私は頭の片隅で、父の言葉がずっと気になっていた。「ビジネスと会計を学べ」。この引越し作業に、どうやって会計が絡んでくるんだろう?
「おじさん、引越し業者って、どうやって儲けてるんですか?」
おじさんはまた鼻をほじりながら、飄々と答えた。
「そりゃあ、荷物運ぶたびに金が入るからだよ。お客から料金をもらうだろ?でも、その前にかかるのがトラックのガソリン代や人件費だ。俺たちみたいなバイトにも金がかかるしな。だから、会社は売上からそういうコストを引いて、残った分が儲けだってわけさ。」
「なるほど、売上とコストの関係ですね。」
「そう、そこで大事になってくるのが、PL(損益計算書)だ。知ってるか?」
「はい、少しだけです。」
おじさんは鼻をほじりながら、さらに説明を続けた。
「PLってのは、簡単に言うと、会社がどれだけ儲かってるかを見るための表さ。売上からコストを引いて、最終的にどれだけの利益が残ってるかを計算する。ガソリン代や人件費、トラックの維持費なんかもコストに含まれる。それを全部引いて、利益がどれだけあるかを見るのがPLの役割なんだ。」
「なるほど、引越しの仕事でもコストの管理が大事なんですね。」
「そうだ。でな、ここでトヨタのカイゼンが生きてくる。お前、トヨタって名前くらいは知ってるだろ?」
「もちろんです。車の会社ですよね。」
「そうだ。トヨタはただ車を作ってるだけじゃない。**カイゼン(改善)**って言葉で世界に知られてる。どうやったら無駄を省いて、もっと効率的に作業を進められるかってことを常に考えてるんだよ。これが、トヨタが世界で成功した理由だ。」
「へぇ、そんな考え方があるんですね。」
「引越しの現場でも同じだ。たとえば、階段を何度も上がり下がりするのは時間がかかるし、労力も無駄だろ?だから、どうやってこの無駄を減らすかを考える。これが俺たちにとっての改善なんだよ。時間を節約できれば、効率が上がってコストが下がる。それが最終的にはPLに反映される。」
「なるほど、効率化することで利益も増えるってことですね。」
「そうさ。無駄を減らせば、コストが下がる。その分、会社の利益が増えるんだ。でもな、無理して危ないことをやると、かえって損失が出ることもある。安全を無視して効率化しようとしても、逆効果だってことを忘れちゃいけないんだよ。」
おじさんはさらに続けた。
「よし、お前、俺のカイゼンの知識を活かすチャンスだ。今から俺が2階の窓から荷物を投げる。お前は1階でキャッチしろ。これで時間も省けて、一気に効率が上がるはずだ!」
「えっ、それ大丈夫なんですか?」私は不安を隠せなかったが、おじさんの勢いに押され、逆らえなかった。
「大丈夫、大丈夫!これで作業効率が上がって、コストも削減されるんだ。俺を信じろ!」
おじさんは肉まんをかじりながら窓へ向かう。私もとりあえず外に出て、1階で待つことにした。
「え…安全は?」私は一人ごとのように小さくつぶやいたが、おじさんは聞こえなかったのか、既に2階の窓から身を乗り出している。
私は1階の外に出て、おじさんの指示通り窓の下で待つ。荷物が降ってくるのを準備していると、おじさんの声が響いた。
「行くぞー!」
「わかりました!」私は両手を広げて構えた。
その瞬間、空を見上げると、なんと巨大なグランドピアノが空を舞っていた。
「えっ…!?」
「キャッチだ!」おじさんの声が聞こえたが、そんなことを言われても、この大きさはどう見ても無理だ。
「そもそも、おじさん、どうやってこのピアノを投げたんだ?」そんな疑問が頭をよぎった瞬間、グランドピアノが私の後頭部にドスンとぶつかり、私はそのまま地面に倒れ込んだ。そして、グランドピアノは見事に粉々に砕け散った。
「おい、お前たち、何やってるんだ!」
怒鳴り声が聞こえ、顔を上げると、バイトリーダーが顔を真っ赤にして立っていた。
「あっ、バイトリーダー…」私はピアノの破片の中で立ち上がりながら答える。
「カ、カイゼンを、、、。」
「改善も何も、これは破壊行為だろうが!お前たち、こんなことして会社に損失を与えて何やってんだ!クビだ、クビだ!」
「とほほ…」
こうして、私は、またしてもバイト初日でクビになってしまった。未来の会計士への道は、まだまだ険しそうだ。
この話はフィクションです。実際のビジネスや会計業務では、改善やコスト削減は慎重かつ安全に行う必要があります。
効率化や改善の取り組みは、正当なプロセスとルールに基づいて実施されるべきであり、無謀な手段や自己判断による行動は、かえって損失を招く可能性があります。
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